第2話 疑惑
「今日さ、仕事で遅くなるから」
「……そうなんだ」
なにを言われても疑うようになってしまった。
本当は誰と何処へ行くの?
つい喉の奥から出てきそうになった言葉を飲みこんだ。
寂しくて抱きつくと、そっと髪をなでてくれた。
「どしたの」
「……なんでもない」
「なんだよ」
私の髪を優しく撫でると、フッと笑った。
「最近、なんだか遅いね」
「そうなんだよ。繁忙期でさ。いやーまいったよ」
毎日帰りが遅いことをそれとなく聞き出したかったけれど、仕事が忙しいことを理由に、新は普段通りだった。
なんだか胸が苦しい。心の奥底がモヤモヤする。
「じゃあ、行ってきます」
「……いってらっしゃい」
いつものように玄関先で彼を見送った。
◇ ◇ ◇
久々に恭花とシフトが被った。
なんだか以前より痩せ細った気がして少し気になった。
その後の彼氏とのことも気になっていたけれど、踏み込んでいいものなのか、なんとなく聞けずにいた。
「このあと、飯でも行かない?」
「え?」
「俺、腹減ってるんだよね。付き合ってよ」
そう言って半ば強引に彼女との約束を取り付けた。
*
「つーか、時間平気?」
俺が一方的に誘ったけれど、家で彼氏が待っているんじゃないかと心配になった。
「平気、平気。仕事で遅くなるって言ってたし。どうせ帰ったって一人だし……ん」
呂律の回っていない口調で話す恭花は酒のせいで酔っ払っている様子だった。
「お前飲み過ぎじゃね?」
「だって新、飲ませてくれないんだもん」
完全に酒が回った状態で今にもテーブルに伏せてしまいそうだ。
……新、か。
「それに、今日は靖の奢りでしょ?」と、嬉しそうに話す彼女。
「……俺、奢るって言ったっけ?」
そんな恭花は、まるで聞く耳を持たず、お代わりを注文した。
「やめとけって」
言うことを聞かず、まだ飲む彼女が心配になった。
一緒に水も追加したけれど、飲み続ける彼女の姿は半ばやけくそにも見えた。
「新、今日も仕事で遅くなるって」
「だったら帰って待っとかなきゃ」
「寂しいの。一人家で新の帰りを待ってるのが」
涙目でそんなこと言われたら理性吹っ飛ぶっつーの。
こっちの気持ちもちょっとは考えろよ、バカ。
案の定、酔いつぶれた恭花は完全に突っ伏した。
「おい」
肩を叩いた。
「帰るぞ」
会計を済ませて店の外に出ると、彼女をおぶってタクシーを拾った。
*
「お前家どこだっけ?住所は?」
「んーー」
このままお持ち帰りしちゃおうかな……。いや、だめだ。恭花にだって相手いるし。
理性を保って、なんとか持ちこたえた。
「大丈夫か?」
酔いながらも、彼女の住所と部屋番号まで聞くことができたので、行き先をタクシーの運転手に告げた。
「恭花、着いたぞ」
車に揺られながらマンションに着くまでの間、ずっと俺の肩にもたれ掛かりながら眠っていた彼女を起こした。しかし、一向に目を覚ます気配はない。
俺は仕方なく彼女を部屋までおぶっていくことにした。
運転手に料金を払ってタクシーを降りる。
鞄の中からキーケースを取り出し、聞き出した部屋の扉に挿し込んで鍵を開けた。
真っ暗な部屋の照明を手探りで点けて、彼女をベッドまで運ぼうと部屋を上がって少し進んだ、その時。奥の部屋から足音が近づいてきた。
「……誰?」
警戒した様子の低い声。眉間に皺を寄せながら立っていたのは、あの日、街で見掛けた男だった。
ちょ、気まず……。彼氏、帰ってきてんじゃん。
「恭花?」
彼女に気付いたらしく、俺はしゃがんで背中に預けていた彼女を差し出した。
「あー、バイト終わりにみんなで飲んでたんですけど、ちょっと酔っ払っちゃったみたいで……」
「……マジかよ」
男は呆れた顔をしていた。
「あー、すみません。あと俺やっとくんで」
そう言うと、男は俺の背中から軽々と恭花を持ち上げた。
「わざわざありがとうございました」
男は恭花を抱えてベッドへと向かった。
「彼女、あんまり悲しませんなよ」
思わず言葉を発さずにはいられなかった。
「はあ?それどういう……」
それだけ言い残して、俺は部屋を出た。
……なにやってんだ、俺。
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