恋愛至上主義

藤井

第1話 浮気現場

 目の前に映る光景を、できることなら信じたくなかった。



「……嘘、しん?」



 それは、本当に偶然の出来事だった。

 居酒屋で働く仕事帰り、同じバイト仲間のやすと一緒に歩いている時、目にした。


 彼の隣には、私の知らない女のヒト。

 一緒に歩いているのは紛れもなく見馴れた彼の姿だった。

 そんな光景を見て、隣の靖が口を開いた。



「……恭花」



 向こうはなにも知らない。なにも気付いていない。まさかこんなところで、なんて想像もしないだろう。

 それでも、肩を並べて歩く二人を私は呆然と目で追った。

 それだけでも衝撃だったのに、二人が唇を交わす瞬間が、さらに私に追い討ちを掛けた。


 ……時間が止まった気がした。


 いっそのこと逃げ出してしまいたかったのに。突然のことで思考がついていかない。足がすくんでしまい、その場に立ち尽くして動けなくなってしまった。



「……行くぞ」



 隣の靖に半ば強引に腕を掴まれると、私は重い足取りを持ち上げてゆっくりと歩いてその場を去った。手を引かれるがまま。人混みを掻き分けながら、黙って靖の後に着いて行った。



「恭花。大丈夫?」



 一軒のカフェに入って向かい合わせに席に着いた。靖に話し掛けられ、ハッとして顔を上げた。



「……な訳ねぇよな」

「大丈夫だよ、なんかごめんね」

「なんで恭花が謝んの」

「ほんっと公共の場で何やってんだよって話だよね」



 無理矢理つくった笑顔は、精一杯の強がりだったのかもしれない。



「……恭花のさ、そういう顔。見てるこっちがつらい」



 靖は少し、顔を歪めた。



「……え、」

「あんま無理すんなよ。少なくとも俺の前ではさ」



 その言葉に、小さく頷いた。



「……なっ!」



 手を伸ばして、髪をぐしゃぐしゃにされた。



「……ちょっと!」

「はは」



 ありがとう。靖が隣に居てくれたおかげでちょっとだけ救われた気がする。あの場所に一人だったら私はきっと、あのまま立ちすくんでいたままだったよ。



 ◇ ◇ ◇



「浮気」この二文字が大きく頭を過ぎる。


 ……嫌だよ、信じたくない。

 だけど私は新には他にも女が居ることを知ってしまったんだ。



「………」



 あのヒトが浮気相手だったのか、それとも私が浮気相手なのか。


 ……私は新のいちばんじゃなかったの?


 様々な考えが頭の中をぐるぐると回る。そんな時。玄関の扉が開いた。



「ただいま」



 いつもの様に、変わりなく玄関には彼の姿が現れる。問い詰めたら貴方は一体なんて答えるのだろう。しらばくれるのかな?素直にごめんって認める?

 ……それとも私は簡単に捨てられる?



「……恭花?」

「おかえり、」

「ただいま」



 ニッコリと微笑む貴方。

 私がいちばんだって言ってくれる?ねぇ言ってよ。貴方がそう言ってくれるなら、浮気だってなんだって許せる気がするから。



「ねぇ、新」

「ん?」

「私のこと……好き?」



 だけど貴方は優しいから、きっと優しい言葉をくれるんだよね。



「なにそれ。当たり前じゃん」



 ……だけどね、優しいって時に残酷だよ。言葉だけじゃなんとでも言えるわ。そこに心がなければ意味がないの。



「どうしたの。珍しくね?恭花からそんなこと聞くの」



 問い詰めようと思えば、いくらでも問い詰められたはずなのに。


 ……そんなのできなかった。私さえなにも言わなければ、何もなかったことと同じ。


 私さえ知らない振りをしていれば、今までどおり貴方は傍に居てくれるでしょう?


 新が居なくなるなんて考えられなかった。別れるなんて想像も出来なかった。



 知ってしまった以上、元には戻れない。


 一緒に居てもこの先幾つものを嘘を重ねていくだろう。

 傷付くことなんて目に見えているし、貴方のことなんて信じられないかもしれない。


 それでも、新の傍に居られるならなんだっていい。


 例え、私がいちばんじゃなくても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る