鈴音

恋話

 学校の裏の桜の樹、何百年も咲き続けているという樹には、そこで告白をすれば必ず成就するという伝承があった。


 実際、過去に文化祭や卒業式などのイベントの度にそこに人が訪れ、何組ものカップルが出来たという。


 特に、三月の桜が痛いほど綺麗なピンクに染まる時は、その後の恋愛生活も上手く行き、そのまま結婚まで行ったという話もある。


 そんな桜は、どうしてみんなから恋愛成就の聖樹として扱われるようになったのか、新聞部に入った私は調べることにした。


 最初は長く務めている先生に話を聞き、次に図書室。その後、可能性を潰すために街の図書館に足を運んだ。


 が、いまいち確証を持てない。この噂の真偽を確かめて、私も叶えたい願いがある。そう思うと、少し焦った気持ちになった。


 それからしばらくして、先生の許可が降り、桜の樹の下を掘り起こして良いことになった。


 私は、桜の根を傷つけないように慎重にシャベルを土に差し込む。それを何度か繰り返すと、硬い感触があった。


 何かある!そう思って、手で掘り返してみた。


 そこには、小さなブリキのカンカンが埋まっていた。


 開けると、ペアリングと手紙が入っており、また、少し別の所を掘ると、小さな白い欠片と、縄が入っていた。


 …少し、嫌な予感がした。昔話で、桜は人の血を吸って、綺麗に染まると聞いた事がある。


 私は、少し深呼吸をしてから、意を決して手紙を読んでみることにした。


 手紙は、たった一言の、愛の言葉が紡がれていた。


(お慕いしておりました。)


 涙で僅かに染みのあった手紙は、その歴史を語るように変色し、少し触れただけで破けてしまった。


 …それからしばらくして、昔ここで心中したカップルがいたことを知った。


 それから、彼らだけでなく、多くの人がここで恋を叶え、別のところで現実からの逃避行を果たしたという話を見つけた。


 私は、少し嬉しかった。これを知らず彼に告白していたら、彼らの道ずれになったのでは。と、でも、そんな私を、彼らはいい意味で裏切ってくれた。


 桜が、今まで見ないほどに綺麗に咲き誇った。先生たちも、これは立派だと口々に桜を褒めた。


 私も、桜を見に行った。そこには、大好きな彼がいた。


 振り返り、私に駆け寄る彼。そして、私を好きだと、とても素直に、まっすぐに思いを告げてくれる。でも、私はたたらを踏んで、後ろに下がりかけた。


 そんな私の背中を押してくれたのは、桜の枝だった。1本の枝が、まるで人の重みでたわんだように私の背に触れ、そっと押し返す。ここで逃げたらダメ、思いを受け取ってあげて。そう言っているようだった。


 私は、ありがとうと、小さく言った。彼にも、それは聞こえていた。


 次の年、その桜を訪れると、桜は枯れてしまっていた。自然と、目の縁から涙がこぼれる。拭おうと下を向くと、雫を弾いた小さな命と目が合った。それは、前を向いてと、あなたを見ているよと、私に強く語ってくれた。


 そう、思えた。

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鈴音 @mesolem

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