第8話 ぬらりひょんを殴ろう 後編

なんだって俺が陰陽師をとっ捕まえなきゃならんのか。

疑問は尽きないが、まぁどうせ話してくれるんだろう。

不満を態度に出しながら、取り敢えず先を促すことにした。

朧はにたりと笑って物分りがいいのは嫌いじゃないぜ、なんて言う。

さっさと話を終わらせて出てってもらいたいだけだ。

湯呑みの茶を揺らしながら、朧は話を続けた。


「陰陽師ってのは妖怪にとって天敵も天敵。何せ俺たちは普通にしてる時ゃ人間に触れねぇからよ」

「俺の知り合いは普通に触ってたぞ」

「そらおめぇ現身の術使ってるやつは別よぉ。付け加えると、現身の術ってのは習得が難しい上に俺たち妖怪にとっちゃ得の薄いもんさ。人間と共存する目的があるやつ以外にゃ縁の無い術よ」


なるほど、と素直に納得してしまった。

この間のぬりかべを生徒達が透けて行ったのは奴がそのナンタラって術を使ってなかったから。というか今までの妖怪のほとんどがそうだった。

氷影さんに他の人も触れるのは氷影さんがその術を使ってたから。

あの人は勝さんと一緒にいる為にその術を会得したのか。

つくづく嫉妬する気も起きないくらいの大恋愛だ。

同時に、朧の言いたいこともわかる。


「妖怪側からは触れねぇから人間の俺に直接とっちめて貰おうって算段か」

「そういうことだ。もしやってくれるのであれば勿論褒美をくれてやる。なぁに悪いようにはしねぇ。ちぃとばかり体張ってくれやってことだ」

「ふーん…」


さて俺はコイツの話を聞いて幾つかイライラしている箇所がある。

1つは上から目線、妖怪ってのは一部人間を下に見る節がある。この間の仁兵衛みたいにな。言葉の端々からこちらを下に見るような意図が感じられて大変気分が悪い。

2つ目、俺を人間として見て、さらに下に見てる癖してお前も妖怪が困ってると困るだろ?みたいなそういう同調がある。俺はぶっちゃけ今のとこ氷影さんくらいしか妖怪を信じていない。

そして最後に、褒美を渡せばなんとかなると思ってるその舐め腐った提案だ。


「却下だ。話は終わり、さっさと帰れクソジジイ」


苛立ちを隠さず朧にぶつける。

その様子に怯んだのか、少し表情を引き攣らせる朧。

今すぐにでも逃げ出しそうだ。


「ま、待てよお前さん。何か勘違いしてねぇか…?俺は本当に小僧をどうにかしようって気は」

「頼み方がなってねぇよなぁ?何上からで物頼んでんだ。お前は、俺の日常生活から時間を割いていただく立場だろうが」

「わかったわかった!俺が悪かった!!!だから頼むから陰陽師を何とかしてくれ!!!死活問題なんだよ!!」


先程の飄々とした態度とは打って変わって必死な形相で頼み込んでくる。

そうされると流石のこちらも殴る気が失せて来るもので、殴りたさはあるが拳を収めることにした。

再び椅子にどかっと座り、朧の方を見る。


「…こんだけやってまだ頼むってことは本気でやべぇのか。アンタら」

「あぁそうだ。奴ら妖怪に対して見境がねぇ。何も人間にちょっかい出してねぇやつまで狩られてやがる。山を降りてない熊を態々探して殺すようなものだぞ…?ふざけんじゃねぇ」


苦々しく顔を歪める朧。

その例えはとても分かりやすく、俺が陰陽師というヤツらの異常性を認識するには充分なものだった。

それは人間が種を絶滅に追いやるのと同じで、迷惑かけられそうだから殺しておくという理不尽な物だ。

理不尽ってのは誰であれ、降りかかれば嫌になるのは当たり前で、今妖怪達が感じているそれは俺たちと同じものなのだ。

そして考える。その理不尽が勝さん達に降りかかった時、俺はどう思うか。

あの人達は隣人だ。でも、俺はあの人達が彼らなりに苦労して生活していることを知っている。

そんな彼らの平穏を、勝手な都合で奪うヤツらが居る。

事が起こってからでは遅い。

なら、俺がするべきことは、


「…ちっ、仕方ねぇな」

「おお!ということは!」


俺はそっぽを向きながら輝く目を向けてくる朧に向かって吐き捨てる。


「やってやるよ。俺に何ができるか分からねぇがな」


────────


承諾すると朧は本当に嬉しそうに感謝しながら俺の家を去っていった。

あそこまで感謝されるならまぁ、受けてよかったのかななんて思う。

俺はその後、朧の来訪で散らかったリビング周りを片付けて、両親が帰宅するのを待った。

2人がこの家に妖怪が来ていたなんて疑いを持つはずもなく、いつものように晩御飯を食べて、風呂に入って、俺は2階の自室のベッドに寝っ転がり天井を見上げる。

白色の照明が少し眩しかった。


「…はぁ」


陰陽師を捕まえるのはいいが、俺はその問題の人物について何も知らない。

妖怪と関わって、殴って、ほとんど妖怪の内情について踏み込んで来なかった。

そう言った事情があると知ったのもつい最近、陰陽師が来てからだ。

一応妖怪の中でも俺の噂みたいなのは聞いてたが、結局殴り飛ばしてたのであまり気にしてないと言えば気にしてなかったし。

…今の氷影さんにバレたら怒られそうだから黙ってよ。

別に油断してるとか妖怪を甘く見てる訳ではない…いや、どこか俺一人で何とかなってるから大丈夫だろうみたいな甘い部分はある。

実際何とかなっているし、これからも何とかしていく自信はある。

それを言い訳にするつもりは無いが、そういった意識だからあんまり妖怪に関わる問題に触ってこなかった。

つまり、こういうタイプの面倒事は初めての経験になる。


「…なるようになるしかない、か」


時計を見れば短針が11を指す。

そう言えば明日の午後にまた朧が俺を訪ねてくるらしい。

そこで何かしらの情報が得られればいいんだけど。

考えても仕方ないので俺は目を閉じ、そのまま夢へと旅立ったのであった。

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