第7話 ぬらりひょんを殴ろう前編
先日、氷景さんに呼ばれ聞かされた陰陽師の話は、俺の胸中にもやもやとしたモノを残した。
それに関して何をするわけもなく──何も出来ることはなく──ただ時間だけが過ぎていく。
考えないようにしていてもやはり消えない。
やるせなさが体にこびりついていた。
なんでだろう、妖怪と関わらないようにする事は俺自身心の底から望んでいた筈だ。
それなのにいざ本当に関わらなくなり始めると、こんなにも気持ちが浮ついてしまう。
…きっと異常を当たり前として認識していたから、その落差に戸惑ってしまっているのだろう。
いずれ慣れていくはずだ。
さてそんな状態であっても学校には行かないといけないし、勉強はしないといけない。
母さんには、
「晴真どうしたのそんな顔をして~幸せが逃げるわよ?」
と言われ、父さんには、
「具合が悪いようなら休むといい。俺も昔は学校行くのがめんどくさくてサボったもんだ!」
といらん誘惑をされ、明堂には、
「辛気臭い顔してどうしたの?らしくない」
と揶揄い交じりに心配されたが、妖怪のことを話せる訳もなく、
「心配すんな、ちょっと考え事してただけだから」
と返すしかなかった。
授業にも身が入らずどこかぼんやりしてしまって、何度か先生に注意されてしまった。
…やめやめ、考えすぎは俺の性に合わん。
さっさと帰って漫画でも読もう。
ああ、そういえば今日は母さんバイトで父さんも仕事でいないから帰ったら一人か。
静かな家でゆっくりするというのも今の俺には必要なんじゃなかろうか。
そんなこんなで自宅に到着する。鍵を開けようと鞄から家の鍵を取り出し差込口に差し込む。
しかし、
「んあ?」
鍵が開いていた。おかしい、母さん忘れ物でもして帰ってきてたのだろうか。
だとしたら鍵をかけ忘れるという盛大なミスをやらかしてるが…
家に空き巣とか入ってないといいんだけど。
そんな思いのまま家に入る。
「ただいま~…」
気持ち静かに家へ入る。
中はしんと静まり返っている。この調子なら空き巣はいないだろう。
ほっと一息ついて、リビングに向かうと、
「よう小僧、邪魔してるぜ」
「おらぁぁぁ!!!」
「うおおおお!!!???あっぶねぇなぁ?!おい!」
後頭部が不自然に伸びた老人がそこには居た。
和服で、幼稚園児くらいに小柄であるその風貌はまさしく絵で見た通りにぬらりひょんであった。
面識のない妖怪が俺の家にいる、それだけではあるが、俺の生活の侵害には変わりない。
敵認定をすると同時に、その脳天めがけて右の拳を振り下ろした。
しかし奴は身軽なようで、ひょいと俺の一撃を跳躍して回避した。
躱されるとは思わなかったが、それならそれでやり方を変える。
中学の頃、妖怪に攻撃を躱されることはザラにあった。まだまだ俺の喧嘩技術が今ほど洗練されてなかった頃の話である。
だから今更躱されたところで慌てない。今は警戒と構えを崩さず、相手をよく観察することに集中する。
「あんた、俺に何の用だ。つかどうやって俺ん家に入りやがった」
「質問は一つずつにしてくれよ。こちとら妖怪とはいえ老い先短い老人なんだぜ?ま、答えるけどよ」
ぬらりひょんはかっかっか!と笑いながら人の家のソファにどかっとくつろぎ始めやがる。
俺はそんな奴の様子にイラっとしたので回し蹴りを放つ。
「おいおいおい!!!だからあぶねぇって!お前さん噂通り野蛮だなぁ?!」
「あ?てことはてめぇも仁兵衛と同じ口か?」
「かかっ!仁兵衛も知ってんのか!なるほどなるほど、思ったよりもこっち側に染まってんなぁ」
またもやひょいと躱され、今度はダイニングの椅子に座って頬杖をつく。
それに向かって攻撃を仕掛けようとするが、奴は俺を手で制止を促す。
「まぁ待て小僧。別に何も俺ぁお前さんを害しに来たわけじゃねぇのよ」
「あん…?」
「ま、座れよ。話はそっからよ」
いつも襲ってくる妖怪達とは何か違う雰囲気、そしてその言動が気になり、俺は奴の向かいの椅子に座る。
「随分と不機嫌そうなツラしやがる」
「ったりめぇだ。勝手に人の家に土足で上がられて何も思わない事ないだろ」
「けっ、人間ってのはどいつもこいつもちっせぇなぁ」
どっから持ってきたのかわからない湯呑の茶をずずっとすすりながら愚痴る。
てめぇら妖怪が自由すぎるんだよと言いかけたが話が進まないので、一先ずこいつへの文句は飲み込むことにした。
まずはこいつの話を聞かない事には何も始まらない。
「で、話ってのはなんだ?」
「本題に行く前に自己紹介をっと待て待てそんな早まんな!素性明かすのは別にいいだろうがよ!」
「手短に、話せ」
「わーったよ!ったく血の気の多い奴だなぁお前さんは」
敵として見ている奴の素性なんて知りたくもないが、まあ実際人間同士の初対面でも自己紹介はする。自分の常識と照らし合わせて構えた拳を引っ込めた。
「俺ぁぬらりひょんの
「やっぱそれなりに有名になってんのな」
「そらな、妖怪張っ倒す人間なんてそうそういねぇからよ。しかも陰陽師でもねぇのにそんなことが出来る奴、見たことも聞いたこともねぇ」
やっぱりか、氷景さんの言う通りか。
それと陰陽師か。
俺は背もたれに寄りかかりながら、朧に質問する。
「つーことは、あれか。お前の用ってのはその陰陽師についてか?」
「ぶっちゃけそういうこった」
陰陽師、思ったよりも早く関わってきたな。
さて、どうしたもんか。
俺は陰陽師については一般的な知識の範囲でしか知りえない。
だから陰陽師の情報を求められても俺が開示できるものは何もない。
陰陽師関連で俺に出来ることなんて…
「お前さんには、その陰陽師を捕まえるのに協力してほしい」
「…は?」
話が妙な方向に転がり始めたな?
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