第6話 同類の噂を聞こう
「いらっしゃい晴真くん」
「お邪魔します、氷景さん」
さて、今日は突然だがお隣さんである氷景さんの家に来ていた。
というのも、氷景さん本人に呼び出しを受けたのである。
氷景さん関連で言えば勿論妖怪の事だ。
最近噂になってるよーとか、やりすぎないようにねーとかそんな注意を受けることが大半であるが、今日は少し違うらしい。
なんでも例の妖怪を始末する人間について話がしたいとの事であった。
流石にそれは放置しておけない。万が一自分に何かしら影響があれば困る。
妖怪と関わりは断ちたいが、それ経由でその始末する奴が俺にアクションを取ってくる可能性は無いわけじゃない。
杞憂かもしれないけど…やはり気になるものは気になる。
そもそも俺みたいに人間でありながら妖怪に関わる奴は俺以外に聞いたことがないし、見たこともない。
そういうことだからどうしてもそいつの事は知っておきたかった。
「勝さんはどちらに?」
「あの人は買い物ね。『晴真くんが来るのかい?早く言ってくれればお菓子のひとつでも用意したのに〜』って」
「なんかすみません···」
「いいのよ、あの人も世話好きだから。そこのテーブルの方に座っててくれる?お茶を出すから」
「わかりました。失礼します」
リビングの方に案内されながらそんな会話をする。
勝さんも俺に良くしてくれるからありがたい。
彼は俺の体質について知らないが、奥さんが雪女なのだ。大体察してくれているのだろう。
氷景さんが俺を家に呼ぶとなると気を使って少し出かけてくれる。
ホントにあの人、人間出来すぎだろ···
氷景さんがカップにお茶を入れて持ってくると、そのまま向かいの椅子に座った。
「いいお茶の葉が入ってね。美味しいのよね〜この紅茶。私、雪女だけど紅茶にハマっちゃいそう」
「確かに美味しいですね。それとハマるかどうかは雪女関係ないような···」
軽くツッコミを入れるとあら、と言って穏やかな笑みを浮かべる氷景さん。
美人が過ぎると内心思うが平静を保つ。人妻だぞ俺。邪な考えを抱くんじゃない。
青少年の若々しい欲望が発露する前に早々に本題に入ることにした。
「それで噂というのは?」
「·····えぇ、また妖怪がやられたのよね」
やられたのはなんとあのジンベエ──正しくは仁兵衛らしいが──らしい。
俺が殴り飛ばした鎌鼬だったのは覚えてる、けどまさかの奴がやられたもんだ。
この地区には裏山があって、小学生男子のたまり場になっている。
現場はその裏山の奥地、そこで奴は爆散してた。
周囲の木々は切断され横倒しになり、地面の草花はなにかに潰されたように押し倒れていた。
切断の原因は鎌鼬の性質上、仁兵衛がやったのだろうが、地面のクレーターは状況証拠から考えるにそいつがやったのだろう。
運のいい事に仁兵衛は一命を取り留めたらしいが、それでも奴の身体は不自然なほどズタボロで回復には数十年掛かるらしい。
妖怪というものは妖力なるものを集中させれば怪我なんかはすぐ治る、とは氷景さんの話だが仁兵衛曰く妖力を集中させても治りにくい怪我だと。
「なんというかまぁ·····」
「えぇ、言いたいことはわかるわ。仁兵衛、あの子が暴れすぎたのはそう。でも、問題はそこじゃないの」
氷景さんはカップをテーブルに置いて一度話を切る。
そして再び重々しく口を開いた。
「その傷の負わせ方は、間違いなく陰陽師·····平安時代から続く、妖怪退治の専門家よ」
驚いた。
いや、妖怪が居る時点でもしかしたら思ったが·····ホントにいるのか陰陽師。
最近妖怪達が苛立っているのも、その陰陽師がこの地域で活動しているかららしい。
古くから陰陽師と妖怪は相容れぬ存在として争ってきた、言わば犬猿の仲。
そんなのが自分の住む町にやってきたとなればそりゃ神経質にもなるだろう。
それにしても陰陽師、陰陽師かぁ·····
「それ俺なんかされますかね」
「んー·····陰陽師は基本的に人間の守護者だから余程の事がなければ?」
「ですね·····」
少なくとも妖怪を殴り飛ばしてる所を直に見られなければ問題は無いだろう。
しかも陰陽師が居るとなれば俺に絡んでくる妖怪も必然的に減ってくる。
そうなれば俺がボロを出して陰陽師に目をつけられることもないだろう。
だがそれでも氷景さんの表情は晴れなかった。
俺は飲みかけの紅茶をテーブルに置いて、
「氷景さん、何か気になることでも?」
と、聞いてみる。
少しハッとすると、
「ごめんなさい、少し考え事をしていたの」
そう言って苦笑してみせる。
「考え事ですか?」
「···ええ、その陰陽師なのだけれど。仁兵衛は昔っから人間にちょっかいを出したり、妖怪同士で喧嘩したりしていたから私も知ってるわ。そして、陰陽師に退治されても文句は言えないのも分かるの。私だって人間だろうと、妖怪だろうと喧嘩を吹っ掛けられたらやり返してやろうって思っちゃうわ。でも」
氷景さんの表情がより一層曇る。
「特に人間と問題があったわけじゃない妖怪もやられてるのよ」
その言葉を聞いて、俺はやっぱりかと思った。
ただ陰陽師が出た、俺にも氷景さんにも被害は無いならそのまま放置でよかった。
でも氷景さんは氷景さん自身が狙われるかもしれないのだ。
そして氷景さんが襲われて一番悲しむのは何を隠そう勝さん。
氷景さんは勝さんの為ならきっと喜んで傷つくだろう。
それは勝さんも一緒で、だから妖怪と人間という種族が違う2人でも上手く一緒にいられてるわけだ。
でも氷景さんは勝さんが悲しむと悲しい。勝さんは氷景さんが傷つくと悲しいから。
「私が狙われるまではいい。でも私はあの人を悲しませたくないの。···自惚れかもしれないけど、あの人私がいなくなったら泣いちゃうわ。だって私もあの人がいなくなったら泣いちゃいそうだもの」
「氷景さん···」
優しい2人だ。だから俺は妖怪だけど氷景さんのことを信頼してるし、勝さんを尊敬しているのだ。
俺もこの2人が離れ離れになって欲しくないと思っている。
俺が陰陽師を追っ払いますよ、そう言えればどれだけ良かっただろう。
けど氷景さんはきっとそれを断る。
俺が妖怪と関わりたくないと思ってるのを知ってるから。
だから、俺が氷景さんに言えることは、
「·····とりあえず、わかりました。積極的に関わるつもりは無いですけど、いつも以上に気をつけますね」
「うん、そうして頂戴」
これしか無かった。
子供だとやっぱりやれること少ないなと痛感する。
そんな重苦しい空気の中、勝さんが帰ってくる。
その後、幾らかお菓子をご馳走して貰い、俺はお邪魔しましたと礼をして帰宅した。
俺への被害は限りなく少ない。
それでも、お世話になってる人が危険な目に合いそうになっているのをただ傍観するのは、なんというか、
「···なんだかなぁ」
性に合わなかった。
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