第5話 ぬりかべを殴ろう

一日の授業が終わり、放課後。

部活や友人同士の付き合いに精を出すクラスメイトを横目に俺は早々に教室を出ようとする。


「もう帰るの?晴真」

「ああ、別に委員会にも部活にも入ってねぇしな」


その活動してる最中に妖怪に襲われたりしたらどうしようもない。

去年積み重ねてきた普通のクラスメイトという印象が一気に崩れ去ってしまう。

それは頂けないので俺は万年帰宅部である。

だが明堂は違う。彼は生徒会役員だ。

俺の学校では3年生の生徒会役員の他に、2年生以下の成績優秀者もしくは生徒会からの推薦で生徒会に属することが出来る。

これは現3年生が居なくなったあとスムーズに仕事の引き継ぎを行う為の処置だとかなんとかと明堂本人から聞いたことがある。

明堂は成績がずば抜けていいわけではないが、その人当たりの良さを現会長に買われて推薦で入った口らしい。

実際交渉事で明堂の要望が通らなかったことはほとんどない。

やっぱ印象って大事なんだなぁ、なんて考えていると明堂はあからさまにテンションが低くなっていた。


「そっか…僕は晴真と生徒会一緒にやりたかったんだけどな」

「無理だろ、成績足りねぇし。つか柄じゃねぇわ」


思わず苦笑してしまう。

俺は自分でも思うくらいに柄が悪いし、性格もそこまでよろしくない。

成績だって中の下程度だ。

成績優秀者としても、推薦としても生徒会に入るのは難しいだろう。

それでも俺と一緒に働きたいって言って貰えるのは少し嬉しかった。


「ま、明堂が本気で困ってたら助けるさ。お前の事だからそんなこたぁねぇだろうけどよ」

「買い被りすぎだよ。僕だって困り事の一つや二つあるもんさ」

「へぇ、例えば?」

「ピーマンがどうしても食べられない…!」

「ははっ!」


かなり些細な悩みで笑ってしまう。

その程度、とは思うが本人は深刻そうであった。


「笑わないでよ〜この歳になってもたべられないんだから」

「悪ぃ悪ぃ…!いや〜まぁ良いんじゃねぇの?好き嫌いがあっても。どうしても苦手なもんってのはあるだろ」

「でも!なんか子供みたいじゃん!」

「子供だろ、俺もお前も」

「まぁそう言われればそうなんだけど」


人柄がいいと言うか愛嬌があるんだろうなこいつ。


「じゃ、そろそろ帰るわ。じゃあな明堂」

「うん。また明日〜」


教室を出て玄関に向かう。

やれやれ、今日も疲れた…家帰ったらベッドに横になりたい。

さっさと帰ってゲームでも…なんて思いながら前を向くと、


「うわぁ…」


なんかいる。校門付近に。

明らかに出待ちしてる。

あのでっけぇ壁みたいなやつは間違いない、ぬりかべだ。

校門を塞ぐようにそこに立っているが、普通の人間は妖怪が実体化の術を使わないことには触れられないのである。ちなみに氷景さんはそれを使ってこの間買い物していたわけだ。

だがそこのぬりかべは人が通ろうとするとカニ歩きで移動して立ち塞がり、すり抜けられるとまた横に移動してを繰り返していた。

馬鹿なんじゃねぇかな。

ただ困ったことに俺だけは別なのだ。

俺は妖怪が実体化の術を使わなくても触ることが出来る。

まあつまりぶつかってしまう。

近づけばやつは間違いなく俺の前に立ち塞がるだろう。

かと言って学校の塀を超えると遠回りだし、その上先生に見つかったら怒られてしまう。


「…はぁ、仕方ない」


俺は校門へと歩いていく。案の定ぬりかべは俺の姿を認識すると、どすどすと俺の前に立ち、道を塞いだ。

誇らしげに立つぬりかべの体に右手を当て、ゆっくりと力をかけて行く。

ずり、ずり、と少しずつであるがぬりかべが後退していく。

ぬりかべ自身もまさか押し返されると思ってなかったのだろう。急いで踏ん張ろうとするが無駄である。

何故か知らないが妖怪との力比べに関して、俺は負けたことがない。

だいだらぼっちのような巨体には流石に敵わないが、人間大かそれよりちょっと大きい程度であれば俺が負けることは無い。

押す、押していく。慌てるぬりかべ。

気がつけば完全に校門から出ていた。他の生徒達は俺の様子に気にすることなく各々帰路についている。

俺は対面の塀に押し付けたぬりかべに向かって、


「おい、二度と俺の前に現れんじゃねぇぞ。失せろ」


と、低い声で脅す。

まあその程度で逃げていくなら妖怪やって無いわけで。

ぬりかべはあからさまに怒りを示すように地団駄を踏んでみせた。

子供かこいつは。でもこのまま殴ったとしても壁を殴る変な人になってしまう。

さてどうしたものか…運ぶかぁ〜。

俺はぬりかべの側面をむんずと掴み、無理やり引きずって人のいない所まで連れていくことにした。

ずりずりと引きずって、人気のない路地までつれてくる。ここまでやるとヤンキーのそれだが、相手は妖怪なので容赦しない。

連れてくると同時に持ち上げてぶん投げる。


「そぉい!!!」

「…?!」


縦に回転しながら飛んでいく一枚の岩壁。

顔から地面に叩きつけられるのを確認しながら距離を詰めて持ち上げる。

そしてそのまま顔に拳を叩き込み続けた。


「ふんっ!ふんっ!ふんっ!ふんっ!」


ごっ!ごっ!と重い音が響き渡る。

流石に固くて拳が痛いが、それでも叩き込む。

しばらく殴っているとぬりかべの抵抗が無くなった。どうやら気を失ったらしい。


「あー…忠告するの忘れてたな」


いやまぁ最初の方で失せろとは言ったしなぁ。

覚えてればいいんだが、若干不安な気持ちが強い。

こいつ字読めるかなぁ…やらんよりマシか。

カバンの中からノートを取りだし、1ページ破いてペンを走らせる。


「つ、ぎ、は、な、いっと。これでいいだろ」


ぬりかべ自体を重りにしてそのメモを傍に置いておく。

ふぅ、ようやく片付いた。学校付近で絡まれると毎回こうやって人気のないところにいかないといけない。

そしてこういう所には大抵居るのだ。


「あん?なんだテメェ…」

「やっべぇ…」


そう、モノホンの不良だ。

ぶっちゃけ妖怪と不良どっちが怖いかと聞かれれば不良の方が怖い。

こっちが手を出せば法が動くし、向こうは法が動いてもお構い無しに絡んでくる。

失う物のない無敵の人には流石の俺も敵わない。

そういう時はどうするか。

勿論、誰だってできる方法で解決する。

そう、それは


「すんませーーーーーん!!!!!」

「待てやコラァ!!!!!ってはっえ?!」


このように逃走することである。

三十六計逃げるに如かず。

今日も俺の一日は平穏とは程遠かったのであった。

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