第3話 雪女は殴らない

さて、お母様の依頼によりやって来たるはスーパー。

学生服でここに来ると違和感が半端ないが、別に何か悪いことをしている訳でもないので堂々としていよう。

さてさて、人参はどこかなと。


「あら、晴真くん?」


ふと呼ばれた気がしてそちらを向くと、艶やかな長い黒髪に、雪のような白い肌をした美人さんがそこには居た。

ちなみに、知り合いである。


「あ、どもです氷景ひかげさん」

「先週ぶりね。元気にしてた?」

「お陰様で。氷景さんもお元気そうでなによりです」


そこら辺の男なら一発で堕ちてしまいそうな大人な笑みを浮かべるこの人…人では無いからこの方は佐藤氷景さん。

所謂いわゆる雪女である。

日本のどこかの山の麓にあると言われる雪女の里出身で、人間社会に溶け込んでいる妖怪の1人だ。

お隣さんでうちの両親と仲が良く、俺個人でも氷景さんとは交流がある。

大体は妖怪絡みで、俺の特異体質についても理解のある方である。


「氷景さんも買い物…ですよねそりゃ。スーパーにいるんですから」

「えぇ、今日はまさるさんの好きなハンバーグを作ってあげたくて、その材料を買いにね」

「相変わらず仲がよろしいようで…」


佐藤勝さん。氷景さんの旦那さんである。

彼は妖怪ではなく人間で、氷景さんが妖怪であることも知っている。

山登りが趣味で、遭難していたところを氷景さんに助けられお互い一目惚れ。

何年かの交際を経て無事ゴールインしたそうな。

勝さんの仕事の手伝いをしたいのと、人目を気にせずいちゃつきたいがために氷景さんは人間社会へと足を踏み入れ、今に至るらしい。


「晴真くんもお買い物?」

「はい、母さんにお使いを頼まれまして。うちは今日カレーだそうです」

「ふふ、晴真くんも大変ね」

「慣れたものですよ」


それにこんなよく分からん体質を持ってる俺をここまで育ててくれたのだ。

お使いの一つや二つ、安いものである。


「あ、そうそう晴真くん」

「はい、なんでしょう」


氷景さんは1度軽く周囲を見渡すと買い物かごを持ち直し、俺に顔を近づけてヒソヒソと小声で話し始める。

既婚者と言えどめちゃくちゃ美人でしかも俺は高校生だ。

そんなに近づかないで欲しい。ドキドキしてしまう。

そんな年頃な感情を押さえ込みながら話を聞く。


「最近、妖怪の間で噂になってることがあるの。妖怪を始末する人間が居るって話」

「…それ俺じゃなく?」


そういう話に関しては本当に心当たりしかない。

まぁどんな奴が絡んでこようと撃退するまでである。

いや違う、そもそも絡んでこないで欲しい。


「違うわ。貴方は貴方で別の噂だもの。半グレで時代遅れの妖怪共を締め上げる高校生が居るって噂。こっちが多分晴真くんよ」

「あー確かに、そっちの方が俺っぽいですね」


ん?いや待てよ。


「そうなると俺の他にもう1人居るってことですか?俺と似たように妖怪が見える体質を持つ人間が」

「詳しい事は分からないわ。だけど気をつけて。そのせいで最近血の気の多い連中が苛立ってるの。だから晴真くんもあまり無茶しないこと。いいわね?」


そう言って先生のように人差し指を立てて忠告してくれる。

ホントにありがたい。妖怪にも良い奴悪い奴がいるんだなってことを改めて理解する。

そして一部の悪い奴が妖怪全体のイメージを悪くすることも。

多分そこまで殺害とか誘拐とかしてなきゃ妖怪なんて言われず、もうちょっと優しい言葉が使われたのではないだろうか。精霊とか。


「心配してくれてありがとうございます。分かりました。気をつけてみます」

「うん、わかればよろしい!じゃあそろそろ私は帰るわね。引き止めてごめんなさいね」

「いえ、では」


俺は氷景さんと別れ人参を買ってスーパーを出る。

やはり引っかかるのは、


「妖怪をする人間…か」


始末、随分と物騒な言葉だ。

…妖怪を殺して回ってるのだろうか。

確かに俺も奴らにはほとほと困っているが殺したくなるほど困っている訳では無い。

そいつは妖怪になにか恨みでもあるのか、それとも別の理由なのか。


「ま、邪推か」


いずれにせよ、俺が妖怪と関わっている限りどこかしらで関わることは避けられないだろう。

面倒事が増えた気がした。

…今更1つも2つも変わらないとは思うが少なければ少ないほどいいに決まっている。

妖怪に関わってる人間なんてろくな奴じゃないだろう。そこ、ブーメランとか言わない。

だが俺も態々わざわざ関わりに行きたい訳でもない。

向こうからアクションを取ってきたらこっちも動こう。

そのくらいで何とかなるだろう。

俺も帰ろう。母さんが首を長くして待ってるはずだ。

別に俺の母さんは妖怪では無い。


──────────

木々が寝静まった夜。

月明かりだけが森林を照らす。


「クソっ!クソっ!阿部晴真ァァァ!!」


ずんっ、ずんっ、ずんっという重い打撃音が森中に響く。

鎌鼬の仁兵衛は荒れていた。

たかが人間にボコボコにされたからだ。

彼自身、自分の事を妖怪の中でも強い方だと考えていた。

事実仁兵衛は妖怪達の中でもそこそこに名の通った妖怪であった。

妖怪の認識では人間で言うヤクザやマフィアくらいの感覚である。

そんな彼が人間、しかも子供に手も足も出なかったのだ。


「なんなんだアイツは?!何者なんだあの人間は!!!クソッタレがァァァ!!!」


爪を振り回せば風が舞い、次の瞬間に周囲の木は両断され地に向かって倒れていく。

これだけの力を持ちながら、振るう機会すら与えられなかった。


「俺はまだ負けちゃいねぇ…!次こそは…」

「次?来るわけないじゃないですか」


ふと、女の声が聞こえてくる。


「貴方みたいな害獣に次が与えられるとでも?思い上がらないでください。妖怪如きが、人の世にいつまでもしがみついてるんじゃねぇですよ」


午前2時頃、周辺の人々は口を揃えて


「裏山から何かが爆発する音が聞こえた」


と答えている。裏山の木が何本か倒れていたので恐らく倒木のせいだろうということになった。

あまりにも綺麗な切断面、何かが争ったような痕跡があったという不自然な状況に目を瞑ればその理由は正しいものだろう。

そして一部の人は


「山に入っていく女の子を見た」


と言っているが、真偽は定かでは無い。


「アベハルマ…一体何者なんですか」


妖怪が言っていた名を口にする。

少女は人知れずその場を後にした。

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