第2話 鎌鼬を殴ろう
「おい!」
「んあ?」
下校中、野太い声が聞こえてくる。
周囲に人は居ない中呼ばれたので恐らく俺だろうと思い振り返ると、そこにはデカい獣が立ってた。
3mくらいある、デカい
めっちゃ顔険しい。こんなのもし動物園に居たら客は寄ってこないだろう。
今日のやつは一体全体何の用なのだろう。
学校終わって帰ってるのだから早々に帰らせて欲しいのだが。
鼬は俺の顔をじろじろと舐め回すように見て、その鋭い鎌のような爪でこちらを指指した。
「お前が阿部晴真か?」
「…そうだと言ったら?」
どうやら人なら誰でもいい訳ではなく、俺個人に用があるらしい。
こいつも妖怪の類だろう。暇なのかこいつら。
まぁ社会に溶け込んでないってことは暇なんだろう。
人間社会が忙しすぎるだけでは?阿部は訝しんだ。
てか息くせぇなこいつ。獣くせぇ。
距離近いんだよ離れろもっと。パーソナルスペースってのがあんだよ。
鼬は俺が阿部晴真だと言うことがわかると口角を釣り上げて、表情を更に険しくさせた。
「俺は
ガッハッハッ!と大きな声で腹を抱えて笑い出すジンベエなる鎌鼬。
初対面の癖に失礼だなこいつ。
俺だって好きでテメェらのこと殴ってんじゃねぇんだぞ。
「だがお前が本当に強いならこの俺の子分にしてやってもいいぞ?」
「あ、結構です。間に合ってます」
どうやら本当にただ絡んできてるだけのようなので適当に流してさっさと帰る。
ジンベエの脇を通り抜けようとすると、
「は?おい待ちやがれ」
爪で俺の制服の襟を引っ掛けて引っ張った。
ぐえっ、首が閉まる。
仕方ないので立ち止まり、爪を襟から外した。
「なんですか。俺帰りたいんですけど」
「俺の子分にしてやるって言ってんだよ。なれよ、子分」
「本当に強かったらって言ってたじゃないですか。俺弱いんでそういうのいいです。帰らせてください」
「お前さっきから適当にあしらいやがって…!俺は鎌鼬の仁兵衛様だぞ!」
いや知らねぇよ。誰だよジンベエ。
てか妖怪同士でしか通じないよそれ。
俺別に妖怪界隈に詳しい訳じゃないもの。
知りたくもねぇわなんだ妖怪界隈って。
「よく分かりませんが俺帰るんで、じゃっ」
「調子に…!乗りやがって!!!!」
背を向けてさっさと帰ろうとするとジンベエは右腕を振り上げて爪を大きく露出させた。
そして俺を切り裂こうと振り下ろしてくる。
が、
「せいっ!」
「うごっ!」
振り下ろされるより先に腹に蹴りを叩き込む。
くの字に折れ曲がるジンベエの体。
そして落ちてくる顎目掛けて、
「おりゃぁ!!」
「うがっ?!」
拳一閃、ジンベエは大きく仰け反ると、地面に後頭部から倒れ込んだ。
俺はカバンを塀に立て掛けて、ジンベエの頭を足で踏んづけてやる。
「ふがっ」
「こっちが
「く、クソが…だが人間程度が俺を抑えた気になってんじゃ…?!」
ジンベエは起き上がろうと手足をばたつかせるが、首が持ち上がることは無い。
「な、何故だ?!何故首が持ち上がらねぇ…?!」
「そらそうだろ。踏んづけてんだから」
何を当たり前なことを言っているのか。
余程力に差がないと全力で踏んづけてる足をどかしながら起き上がるのは難しい。
それは人間に限った話ではないだろうに。
「で、だ。俺の事誰から聞いた。この間のカッパか?それとも口裂けのやつか?あー、一反木綿かもしんねぇな…いや、まさか天狗か?それは猫又の時に一緒に片付けたし…」
「お前心当たり多すぎだろ!!!別に誰かから聞いたって訳じゃねぇよ!!!妖怪同士の間で噂になってんだよお前はよぉ。まぁそんだけやりたい放題やってんだから当たり前だろうがな!」
「テメェらが絡んでくるからだろうが。責任転嫁すんじゃねぇ!」
「おぶふっ」
思いっきり踏んづけて地面と熱いキスをさせてやる。
よかったな、相思相愛だぞ。
「ったくどいつもこいつも…いいか、よく聞け。俺はテメェらが何もしてこなきゃ手は出さねぇ。好きで妖怪殴ってんじゃねぇんだこっちは。だが今後俺にちょっかい掛けようってんなら話は別だ。徹底的にボコボコにしてやるよ」
「…っ!」
流石に敵わないと感じたのかジンベエはそのまま黙り込む。俺もいつまでもこいつの頭を踏んでいたい訳では無いので足を離して塀に掛けておいた鞄を担ぎ直す。
「じゃあな、もう俺に構うんじゃねぇぞ。噂流してるやつにもそう言っとけ」
俺はジンベエに向かってそう言い放ち、今度こそ帰り道に戻った。
また服がボロボロだ。
母さんになんて言われるか…人と喧嘩してる訳では無いがここまでボロボロだと毎回疑われてしまう。
俺も親に心配は掛けさせたくない。
だからある程度汚れを払って、制服をしっかり整えてから帰宅している。
これで特に言及されてないから大丈夫なはずだ。
ちなみに親には妖怪のことを伝えてない。
さっきも言ったけど余計な心配をかけさせたくないし、言ったところで普通の人は信じない。
幽霊を見ても見たやつしか幽霊を信じないように、妖怪も実際に会ってみないと信じることは難しい。
だから俺は友人にも、親にもこの事は話していない。
「…俺の問題だからな、これは」
何度俺がおかしいんじゃないかと疑ったことか。
実際は妖怪なんていなくて、俺の目がおかしいんじゃないのか。
それでも河童に触った時のヌメり、鎌鼬を殴った時のごわっとした毛ざわりは本物だ。
それが紛れもなく現実だと突きつけてくる。
「普通になりてぇなぁ」
そんなふうにボヤくが、ボヤいても仕方ない。
そうなってしまってる以上上手く付き合っていくしかない。
いつか妖怪と関わらなくなるその日までは。
そんな風に己に決意表明していると、ポッケに入っているスマホが振動した。
取り出すと母さんから着信が来ていた。
「もしもし、母さん?どしたの」
「あ、晴真ー?今どこにいるの?」
「ん、公園過ぎた辺り。もうちょっとで交差点」
「お、いい所まで来てるじゃない!ちょっとお使い行ってきて!今日カレーにしようと思うんだけど人参買ってなかったのよ〜そこの交差点左に曲がるとスーパーあるでしょ?そこで買ってきて!」
「えぇ…」
「いいでしょー?ね、お小遣いあげるから!」
「…わかったよ。じゃあ買ったらすぐ帰るから」
「はいはい、じゃあお願いね」
「はーい」
ピッ。
………。
「めんどくせぇ…」
今日はもう一悶着ありそうだな、そんな気がしてならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます