第22話 脱がれた姥皮、剥がれる化けの皮
待ち合わせの池袋駅東口へ。西口に面する我が家とは反対側だから、約徒歩二十分弱。
いざ駅に着くと、鼓動が早くなる。思ってみれば同僚と会社以外で会うなんて変な感じだ。日常の俺で行くべきなのか、会社の俺で行くべきなのか。そう、みんな仮面を被って生きている……。
『先に着きましたので、お待ちしております』
ラインにメッセージが来ていた。なに感傷に浸ってやがる。あほくさ、待ち合わせに遅れてどうする。
駅構内を通り抜け、階段を上がり、佇んでいる眼鏡の女性を探す。幸い遠目でもすぐ分かった。
伊月のアドバイス通り、背を伸ばして歩いて行く。堂々と、しかしカッコ付けずいつも通りのペースで。
「遅れてすみませ……」」
そして彼女の前に立つ。
と、一気に心臓が高鳴った。口が乾く。
――やばい、これはやばすぎる。
「大丈夫ですよ。私も今来たばかりですので」
森谷さんは、微笑んで小さく手を振った。
「……そ、そですか、よかったで、す」
噛んだ。
仕方ない。
目が、脳が、一瞬で彼女に持っていかれたから。
白いブラウスにピンクの膝上スカート。黒のストッキングに足元はヒールでまとめている。いつもの化粧っけのない顔から一転、今日のメイクは艶やかで、唇にもグロスが引かれている。凛としている中に輝く色気。
文字通りの清楚な眼鏡美女が、そこにはいた。
いつもと全然違う。そして、いつもの数十倍くすぐられる。
なんという破壊力!
「あの、どうかしましたか?」
「あ、いえ、なんでも」
つい見惚れてしまう。いかん、しっかりせねば。
――ふと民話の『姥皮』を思い出した。
さるお屋敷のきれいな娘が、継母に疎まれ追い出されるはめに。若い娘の一人旅となれば不埒な輩に狙われるであろうと心配した乳母は、姥皮なる着物を持たせる。それは着るとたちまち見た目が老婆になってしまう、不思議な着物であった。おかげで娘は命と貞操を失うことなく、ある町の大家に炊事女として勤めることとなる。老婆のまま働いていたが、ある日、本来の姿を偶然若旦那に目撃される。そして一目ぼれの大騒動に発展。ついに炊事女の老婆こそ実は若く美しい娘であることが発覚し、二人はめでたく結婚。幸せに暮らしましたとさ――そんな昔話だ。日本各地に似たような話があるという。
もちろん普段の森谷さんが老婆とは言わない。でも……この変わりっぷりは、姥皮を脱いだと言っても過言ではない。
「……え、えと」
ボーっとするな。
今だ、できる男の雰囲気を出せ。
ここは褒めるところだぞ!
「今日の森谷さん、あれですね。すごく……やばいです」
「……やばい?」
小首を傾げる彼女。語彙力。どうした言語中枢!
「いい意味でです! すごくきれいってことを言いたくて! めっちゃきれいっす!」
「は、はいっ……ありがとうございます」
森谷さんは見るからに頬を赤くして、俯いた。そして両手の指をいじくる。
やばい、もじもじする姿も可愛すぎる! さっきからやばいしか出さない言語中枢がもうやばい。
「じ、時間ですし、行きましょうか」
「そ、そうですね」
お互いどもって、歩き出した。たくさんのカップルたちとすれ違う。池袋なんだから、いっぱいいて当たり前だ。
きっと俺たちも、その一部と化している。
傍から見たらどんな風に見えるのだろう。初々しいカップル、だろうか。
気付けば、俺の方はすっかり猫背に戻っていた。こっちは化けの皮が剥がれるのが早すぎである。
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