第16話 飲み会、酒の肴は大学時代
「うまっ! 伊月ちゃん、天才じゃん!」
「ですよね~」
「肯定するのか……」
バレたものは仕方がない。腹を括って、伊月を紹介した。
「わかった。俺も二人の蜜月を邪魔するような野暮な人間じゃねぇ! 今日はネカフェかビジホに泊まる。けど、その前に宴といこうや!」
付き合ってるわけではない、一時的な同居中なのだといくら話しても聞く耳を持たない。勝手に愛し合っている設定にしやがる。
もう逆らう気も起きない。気の済むまでこいつのペースに付き合ってやるのも一興と開き直った。
「オレ、同じゼミで元ルームシェア仲間の日野駿っていいます! 今はソシャゲ作ってる会社のプランナー! ぜひ、お見知りおきを!」
頭上でスナップを効かせたポーズまで決める。調子こいた自己紹介をかましたら、促されるまま日野と俺でスーパーへ。酒とつまみとソフトドリンクを買い込み、伊月には簡単な料理を作ってもらい、あれよあれよという間に酒宴が始まった。
そして今。
「いやほんとにうまいよこのナムル! いや三十路にもなると、味はガツンと欲しいけど、胃は重いもの受け付けなくなってさ。こういうのがありがたいのよ!」
「口に合って何よりです~」
俺の右隣に座る伊月はどんな態度を見せるかと思いきや、ほどよく猫を被っている。敬語を崩さず、日野に合わせる。職場でもこうなのかもしれない。
日野には俺の部屋から椅子を持ってきて、そこに座ってもらった。俺と伊月が並んでヤツの対面で座る形。
伊月の作った即席ナムルを口に運んでは、間髪を容れず缶ビールを一気にあおる。もう出来上がっているのかビールが少しこぼれていた。が、面倒なので見なかったことにする。
対して俺はノンアルコールビールで付き合う。ペースを乱されっぱなしで俺も酔いたい気分ではあった。だが俺まで酔っ払うとツッコミとブレーキ役がいなくなってしまう。間を取り、ノンアルコール。飽きたら伊月の分で買ったジュースをおすそ分けしてもらえばいい。
「いや~俺はうれしいよ! 浅井に彼女ができてさぁ!」
「何様だよ!」
頬杖も突きたくなる。だからイヤなんだよ、こいつに知られるのは……。
「だから、彼女じゃねえんだよ」
伊月に目配せする。小さく頷いた。
「いいか、聞け日野。これには訳があってだな……」
かくかくしかじか、より詳しく経緯を話した。コンビニでの出会いから同居に至った理由まで。日野はビールとつまみを口に運びながら、黙って頷いて聞いていた。
「そうか……それはまたおもし、特殊な状況だな」
「面白いって言いかけたろ今」
「ま、色々あるよな!」
ははっと軽く笑って、それきり。一応、触られてほしくないところを察する能力はあるのだ。デフォがうざいだけで。
「で、伊月ちゃんもどう?」
「あ、すみません、いただきます」
あろうことかビールを勧める手にチョップ。全力で制する。
「バカバカバカ、未成年でしょうが。ていうか、伊月ももらおうとすんじゃねえよ」
「でもすぐハタチだよ」
「それでも今は未成年だから。これで我慢しとけ」
俺の手元のノンアルコールビールをむりやり紙コップに注ぎ、差し出した。
「え~! これくらいみんなやってんじゃん」
口をへの字に曲げて、不満半分呆れ半分の表情。
「浅井はこういうヤツなんだよ。堅物で生真面目でさ、でもいいやつだから」
「……一個聞いてもいいですか?」
俺を無視するように、日野へ少し身を乗り出す伊月。
「なになに? 何でも聞いてよ」
「朝也さん、童貞ってほんとですか?」
「ぶぼっ!」
思わず噴き出した。
「何訊いてんだ!」
「それはね、マジ」
「お前も答えんじゃねえよ」
ケタケタ笑って手を叩く日野。何がおかしいのやら。
「つっても、同じサークルにいたけどキモがられてたとか、そういうわけじゃないのよ。いわゆる漫研で、男も女も同数いたんだけど……こいつは超が付く奥手で堅物なのよ。二年の時に、一人いい雰囲気になった子がいたんだ。でも……」
俺の方を見た。
「そこまで話しといて今さら止めるなよ。別に構わねえよ、昔の話だし」
「じゃあ、遠慮なく。試験前で勉強してる最中に、先輩にかっさわれてね。ま、女の子にとってはその先輩もありだったってだけなんだけど。『一緒に勉強しない?』って誘えばいけたと思うんだがなぁ……実際当時もそうアドバイスしたし」
「だって二人じゃ集中できないし、単位は落としたくないし……って、その時は思ったんだよ。分かってるよ、敗因くらい」
「でも、大学は四年ですよね? まだ半分じゃないですか」
「ごもっとも。こいつ二年の後半からサークルリーダーやっててね。オレはもう途中で辞めてたんだけど。リーダーつっても、結局は雑務やら調整やらに追われるだけの、都合のいい存在でさ。な?」
「……大学生つったって、まだ子どもだよ。全員が好き勝手したら空中分解する。それを防ぐ人柱がいるんだよ。まあ卒業した今だから分かることだけどな。当時は、後輩と同輩と先輩OBが全員良い顔できるように、その場しのぎでまとめることを最優先にしてた」
「もっと自分の幸せを追えばよかったのに」
「日野さんのおっしゃる通りですよ、ええ」
「その漫研の人たちとは付き合いないの?」
「卒業してから数年はあった。けど、夢を叶えたり結婚したりする姿を見てる内に、正直鼻につくようになってな……。かといって、誰かを責めるのはお門違いだし、それくらいの分別は俺にだってある。そうなれば、自分から離れるしかないさ」
缶にわずかに残っていた分を飲み干す。すっかり炭酸も抜けていた。
「俺は結局、他人にとって都合のいい性格だっただけなんだ」
苦い。やけにノンアルコールビールの苦みが口の中に残る。
「……」
伊月は何も言わず、紙コップを両手で掴んだまま、視線を落としていた。
「それはそうかもな」
日野はふと宙を見て、呟くように言った。
「でも、みんなにとって都合よくなれるのも、一つのすごさだと思うぜ」
「それです! うちもそれ言いたかった!」
「お、伊月ちゃん、気が合うねえ!」
乾いた声音で笑う二人。気を遣わなくてもいいのに。
いいんだよ、もう昔の話なんだから。
それよりも今は――
「お?」
ヴヴヴ、とスマホの振動。日野だ。
「ミナミちゃんだ……」
表示を見るなり、一瞬で取る。俺と伊月は声をひそめた。
うん、うん、と同調する頷きが繰り返された後。
「ごめんよおおお! ううん、ボクが悪かったんだよおおお、ミナミちゃあああん! 今帰るからねえええ!」
なんつー甘ったるい声。気持ち悪っ。
「ごめん、オレやっぱ」
「いやもうお前の受け答えだけで分かったわ。さっさと帰れこののろけ野郎」
「うっす! じゃ、浅井! すまん、酔ってて駅まで行ける自信がない! ついてきてくれ!」
「……はぁ?」
そこまで意識飛んでいるようには見えないが……。まあ、万が一道端で寝られても困るしな。
「……分かったよ。さっさと行こう」
「ごめん、伊月ちゃん! ちょっと借りてくね!」
よく分からんが、ごねる時間がもったいない。早く帰してやらないと、ミナミさんとやらのためだ。
肩を組もうとする日野の手を払いのけ、俺たちは深夜に差し掛かった池袋の街へと繰り出した。
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