第15話 緊急事態、旧友襲来

 一週間が無事平穏に過ぎ、また土曜日がやってきた。


「休日ってのは休むための日なんだから、仕事しない方がいいよ」


 至極真っ当な意見をフリーターからもらい、俺は家にいた。そりゃそうである。では休日、何をしているかというと……何もしていない。

 掃除や洗濯は伊月がやってくれて、わざわざ追加でするほどでもない。しかし外出するほどの元気はない。パチンコやゲームセンターに行く趣味もない。なので、寝たり起きたり、起きたり寝たり、アニメやネットをちょろっと見たりする。昼は伊月が前日に作ってくれたカレー。カレーが好きらしく、毎週金曜はカレーでもいいかと聞かれ、拒む理由もなく快諾した。


 夕方になって、さすがに何もしないことに飽きてきた。


「……メシくらい、作ってやるか」


 俺の作れるものは限られている。冷食とコンビニ・スーパー頼りで、元よりなかった腕もさらに落ちている。だが、うどんくらいは作れるのだ。野菜と鶏肉を買ってツユで煮込み、冷凍うどんをぶちこみゃあすぐできる。


「あ」


 意気込んでまな板を敷いたところで、肝心の冷蔵庫の中身を見てなかったことに気付く。勘が鈍りまくっているな……。


 ヴヴヴヴー……と、不意にスマホのバイブレーション。電話だ。

 伊月か? 残業か何かだろうか?


「んげっ!」


 表示を見て、思わず呻いた。

 出るか、出ないか? いや、はっきり用件を聞いて、それから対策した方がいい。

 おそるおそる通話ボタンを押した。


「おう、浅井! まだ池袋に住んでる?」


 あいさつもそこそこに投げかけられる質問。

 俺は悟った。こいつのことだ、この問いが出る時点で……来ている。


「……ああ、まあ」

「おけー!」


 ピンポーンと呼び鈴が鳴る。

 溜息を吐きつつ、扉を開けた。


「よっ浅井、久しぶりぶり!」


 細い目に、尖った鼻。有り体に言えば狐みたいな男。

 日野駿。一応、俺の元ルームシェア仲間。


「あのな、来たいなら事前に連絡くらい入れろよ」

「すまん。でも、オレも辛いんだよ! ミナミちゃんとケンカしちゃってさー! 追い出されちゃったんだよー!」

「んなことだろうと思った」


 天井を仰ぎ、大声で嘆く日野。相変わらず、やること言うことが急なヤツだ。おまけにいちいちオーバー。


「そんなわけで、泊まらせてくれよ! とりあえず一泊でいいから!」


 できない。第一、部屋が物理的に埋まっているし――と、言えば、根掘り葉掘り聞いてくるだろう。そんで「どんな人だよ~彼女かオイ」などと調子こき、一目見たいとか言ってくるはず。


 とりあえず、ここはいなそう。


「わかったわかった。じゃあとりあえず、飲みにでも行こうぜ」

「……え、飲みか? 珍しいな、酒飲めないお前からとは」

「ちょうどメシ行こうかなと思ってたんだよ」

「まな板出てるけど、自炊するつもりだったんじゃねえの?」


 余計なところにだけ目ざといんだよな、こいつ。


「いいじゃない、ここで飲めば。ピザでも取ってさ」


 早速テーブルにつき、スマホをいじり始めた。ピザのサイトでも見てるんだろう。

 時計の針はもう十九時を回っている。


『しばらく帰ってくるな。理由は後で話す。すまん!』


 密かに伊月にラインを送る。が……いつもはすぐ既読が付くのに、こういう時だけ付かない!

 どのみち今はこの家から日野を引き離すしかない。洗面所に行かれたら、伊月のクリームやら化粧落としやらがある。それで「あれれ~おかしいぞ~?」なんてコ●ンよろしく迫ってくるに違いない。


「ていうか、荷物置かせてもらっていい?」


 スポーツバッグを手に、足の方向は元日野の部屋。即ち、現伊月の部屋。


「その辺に置いとけよ! とりあえず出ようぜ。腹減っちまったしさ!」

「え~めんどいよ」


 とんだワガママボーイだなこいつ!


 ――ガチャリ、と金属音。玄関の扉が開く音だ。


「ごめん朝也さん! ちょっと残業してて」


 キャスケットを脱ぎつつ買い物袋を引っ提げて、慌てた様子の伊月が入ってきた。

 扉を閉めこちらに振り返るなり、ぶつかる伊月と日野の視線。


 あー……終わった。


「「……誰!?」」


 はぁ……せっかく少しは回復したのに、また疲れるぞこりゃ……。

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