知恵者・樗里子と当時の情勢

 少しだけ、個人の感想と補足を。


 この時代、西のしん、東のせいという二つの大国の間で、かんなどの国はれているように思えます。特に秦が与えた韓と楚への被害がこの時期大きくなって、それらの国々の外交の振幅しんぷくの幅がひどくなっているのではないでしょうか。


 秦は同盟したり、攻めたり、外交政策が一定していません。これは内部の指針ししんが一定しなかったためでしょうか?樗里疾ちょりしつくなって、ちょう人の樓緩ろうかんへと丞相じょうしょうが代わったのも影響していたのかもしれません。主父しゅほが思い切ったことをしたのは、趙人の樓緩が丞相の時です。


 樗里疾という魅力的な人物について少しだけ触れておきましょう。『通鑑つがん』ではあまり触れられていませんが、『史記しき』はわずかですが彼の事績じせきを残してくれています。興味のある方は読んでいただければと思いますが、ただ肝心かんじんの樗里疾・本人のことを書いてある部分はわずかです。


 樗里子という人は、名はしつ、秦の惠文王けいぶんおう悼武王とうぶおう昭襄王しょうじょうおうの父)の弟ですが、惠文王とは母がことなります。つまり庶子しょしでしょう。母は韓のひとだったといいます。樗里子は滑稽こっけい多智たちで、秦の人は彼を号して「智囊智のふくろ」と呼んだといいます。


 滑稽とは、当時の意味で弁が立つことを指し、といい、非を是といって自在に人をあやつった人をいいます。


 一説には滑稽とは酒をつぐうつわのことで、俳優はいゆう(道化者)の弁が立ち、口から言葉が流れるように果てしなく続くような人を、器から果てしなく酒が吐き出されて止まない様子に例えて「滑稽」と呼んだ、とも言います。また滑稽のけいとは計略のけいで計略がなめらかに出てくることから、「滑稽」と呼ぶともあります。


『史記』には確か滑稽列伝があったようにも思いますが、申し訳ありませんが、まだ読んだことがなくあやふやです。ともかく、計略が無尽蔵むじんぞうな人物であった、弁が流れるように出てくる人物であった、そうとらえていただければと思います。


 優秀な人物で、戦いや、攻略戦でも実績を残し、ついには甘茂かんぼうと並んで丞相となります。当時の秦を支えていたのは、このあまり記録の残っていない、樗里子という人物だったかもしれません。


 その知恵者、樗里子が昭王の七年に亡くなっています。ここに時代は本格的に魏冉ぎぜんのものとなります。


 樗里子は渭水いすいの南の章台しょうだいという建造物の東にほうむられました。知恵者らしい言葉を、ここに初めて肉声にくせいを残しています。


「のち百歲ほどして、ここは多分、天子てんしきゅうとなり、わたしの墓をはさむであろう」


 彼の言葉として残っているのは、これだけです。何か予言なのですが、あとからこじつけたようにも見えます。


 ただ樗里子・疾のやしきは昭襄王のびょうの西、渭水いすいの南の陰郷いんきょうの樗里(陰という郷の樗という里)にあったといわれ、秦のものたちはそのために彼を樗里子と呼んだのでしたが、漢の時代となって、果たして長樂宮ちょうらくきゅうがその東に築かれ、未央宮びおうきゅうがその西に設けられ、その都(長安)の武庫ぶこまさにその墓の位置にたったといいます。秦の人たちはことわざにしていいました「力では任鄙じんぴ,智では樗里」(が優れていた)、と。


 どこまで本当かわかりませんが、ともかく、相当の知恵者だったといえるでしょう。彼がくなることで、秦の外交は不安定化するのですが、それは彼の死のすぐ後の話です。


 一方、秦がやや乱れる間、楚は態度をはっきりさせず、秦についたり、齊についたりしています。人質も、どんな理由があったのか、一旦太子を秦に入国させながら、逃げ帰らせた上に齊に人質とするようなことをしています。これが秦の怒りを呼ぶのは、間もなくのことです。


 趙は西北に勢力を拡大し、中山ちゅうざん併呑へいどんして強国となりました。武靈王の絶頂ぜっちょう期です。しかしかのリア王のように、その主権を息子に与えたところから運命は回転し始めます。その末路を、読者はいずれ見ることになるでしょう。


 ま、簡単に私の感想を述べましたが、歴史の河の流れは、大きなうねりを描きつつ、滔々とうとうと流れていきます。


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