　ああ、そうそう、齊（せい）に追われた、甘茂（かんぼう）がどうなったか、興味はありませんか？『資治通鑑（しじつがん）』は時代の流れを重視するのでこれについて何も書いていませんが、『史記（しき）』は甘茂のその後を追っています。

　そもそも甘茂という人は、楚（そ）の下蔡（かさい）という地の人です。上蔡（じょうさい）の史舉（しきょ）先生という人に事（つか）えて百家の術を学んだといいます。張儀（ちょうぎ）と樗里子（ちょりし）という人物の縁をたどって秦（しん）の惠文王（けいぶんおう）に見（まみ）えることができ、王に謁見して自説を説き、秦の将となりました。魏章（ぎしょう）という人物を補佐して漢中（かんちゅう）の土地を攻略するのに功績があったといいます。

　惠文王（けいぶんおう）が亡くなり、悼武王（とうぶおう）が擁立（ようりつ）されると、張儀や魏章のような人物は東へ行き、魏に仕（つか）えることになりました。蜀侯（しょくこう）の輝（き）、相（しょう）の壯（そう）が反乱した時には功績があったといい、蜀から帰ったのち、樗里子が右丞相（うじょうしょう）となっていたのに対し、甘茂を左丞相（さじょうしょう）として並べたとのことです。『通鑑』では樗里子が丞相となった、とのみ描かれていますが、それはのちに甘茂が他国へ亡命（ぼうめい）したからでしょうか。

　ともかく秦で甘茂は登用（とうよう）され、丞相の地位にまで登ります。そして悼武王のもとで宜陽（ぎよう）を陥落させたこと、その後、樗里子たちによって追い落とされたことまでは述べました。

　甘茂が齊に亡命したところまで書いて、『通鑑』は筆をおいていますが、『史記』はそのあとを描いています。

　甘茂は秦を奔（はし）って齊に亡（に）げましたが、途中、秦へと向かう蘇代（そだい）という人物に逢（あ）います。この人は稀代（きだい）の説客（せっかく）としてちょくちょく出てくるのですが、甘茂は彼に頼みます。

「臣（わたし）は罪を秦に得て，懼（おそ）れて遯（に）げましたが、この先行くところがありません。臣（わたし）は聞いております、貧しい女と富（ゆた）かな女が一緒に仕事をしました。貧しい女は言ったといいます。『我（わたし）は燭（ともしび）を買うものを持ちません、ですが子（あなた）の燭の光はありがたいことには余裕があります。子（あなた）は我（わたし）に余りの光を分けてくださることができます。子（あなた）の明りを無駄にすることなく、さらに便益（べんえき）を生むことができないでしょうか』と。

　今、臣（わたし）は困（くる）しんでいるのですが、君（あなた）はまさに秦に使（つか）いする路上にあります。茂の妻子はあそこに、秦にまだいるのです、どうか君の余光で私の家族を救ってください」

　これまで便宜（べんぎ）を図（はか）ってもらったことがあったからでしょうか？それとも義侠心（ぎきょうしん）からでしょうか？蘇代は許諾（きょだく）します。

　使いとして秦に行ったついでに、自分の用命（ようめい）が終わったのちですが、甘茂のために、秦王に説きます。

「甘茂は非常（ひじょう）（常人ではない）の士（し）にございます。これまでをみますと、秦に居（お）っては、惠文王の時代、悼武王の時代、王（昭襄王（しょうじょうおう））の時代と累代（るいだい）重（おもん）じられました。淆（こう）の塞（とりで）から鬼谷（きこく）に至るまでその地形の険（けわ）しいところ通りやすいところをすべて彼は明（あきら）かに知っております。齊・韓（かん）・魏（ぎ）が盟約（めいやく）して反（そむ）いた時、彼がそれに加担（かたん）して秦の攻略路を図れば、秦の利益にはなりますまい」

　秦王（昭襄王）はききました

「ではどうすればいいだろう？」

　蘇代は答えました

「王は贄（いけにえ）（招聘（しょうへい）するときの代価）を重くし、厚い俸禄（ほうろく）をもって甘茂を迎えるのが一番でございましょう、そして彼がやってくれば彼を鬼谷（きこく）に置き、終身（しゅうしん）閉じ込めて身動きを封（ふう）じなさってはいかがでしょう」

　秦王は「善（わかった）」とお答えになり、すぐに甘茂に上卿（じょうけい）の位（くらい）を授け、使者に相（しょう）の印を与えて齊に甘茂を迎えに行かせました。

　甘茂はどうしたか？もちろん往（ゆ）きませんでした。

　蘇代は齊の湣王（びんおう）にも説きました。

「甘茂は賢人でございます。今、秦は上卿の位を彼に与え、相印（しょういん）で迎えにきました。甘茂は王の賜（たまもの）を徳とし、好んで王の臣となっております。だから辞（じ）して往かなかったのです。今、王は何を以て甘茂を礼遇（れいぐう）なさいますか？」齊王も言いました「善（わかった）」そしてまた湣王も甘茂に上卿の位を与えて処遇（しょぐう）をしたのです。