商鞅の変法(改革・論戦終わる)

 甘龍かんりゅうは続けました。


「今の法によって物事を治めれば、通常は吏は物事を何回も習って習熟し、民はその古くからある法に安んじるものでございます」


「違う!違う!」


 強い口調で衛鞅えいおうが発言しました。自分の主張に孝公の注目を引き付けます


「甘龍の申しておることは、世俗の一般論にございます。普通の者は古い習慣に安住し、学者は己の聞くところに溺れます。」


 衛鞅は声を高くして甘龍の主張に対抗しました。


「この二者、故俗(古い習慣)に安住するもの、己の学に溺れる者、これらは官について今の法を守っておればそれでよいのです。しかし!」


 衛鞅の口調が激しくなりました。


「今の法の及ばぬところはどうなりますか?今の法の及ばぬところを共にこれらの者とは論じることはできぬのです。いんしゅうの三代と呼ばれる王朝は礼(秩序・制度などをここでは指す)をそれぞれが同じくせずしていずれも王として人民を治めました。春秋の五覇(伯(地位の名称))もそれぞれは法を同じくしなかったのに覇者となりました。智あるものは新たな法をおこし、愚かなものは今の法に制限されるのです。賢者は礼(秩序・制度など)をえ、先祖にもざる愚か者は礼にわずらわされるだけで本質を知らないのです」


 甘龍に対する痛烈な批判でした。甘龍は何か反論しようとしました。


「私にも述べさせてください」


 今度は、末席から声がしました。杜摯としというものでした。


「法を変えることを主張されておられますが、もともと利益が百あるのでなければ、法は変えるものではございません。功績が十なければ、器は変えないものでございます。(先祖をまつる器を指し、礼制を変えることを指すと考えられる)。古い習俗にのっとれば過ちは起こらず、礼にしたがえばよこしまは起こらないものにございます」


 これは衛鞅に対する反駁でした。


「いや、世を治めるということは一つの道のみでは足りないのだ、国を富ますには古に法るだけではなく、新しいことが必要だ。だからこそ、いん湯王とうおうは古にしたがわないで桀王けつおうを倒して王となり新しい秩序を定めた、しかし夏と殷は後になると現状に満足し礼をえなかったからほろんだのだ。古の礼に返るものをただ、だめだというのではない、礼にこだわりすぎる者が新しい法を作らない、知慮ちりょが足らないことがはなはだしいのだ!」


「よし、わかった」


 ここで孝公が発言しました。


「衛鞅を左庶長とする」


 これは、衛鞅の改革を採用し、衛鞅をその責任者とする、という宣言でした。


 左庶長とは前述のとおり、最下位ですが卿・将軍の職です。衛鞅はここに魏では任用されなかった卿(大臣)に任用されました。衛鞅の話をもともと聞いていた孝公は、その献策を用い、衛鞅を任用することを、すでに決めていたのです。


 一同はかしこまり、会議は落着しました。


 ここに衛鞅は魏ではなれなかった国家の中心人物となり、秦を動かしていくことになりました。

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