秦の選んだ道

 景監をつてに衛鞅えいおうは孝公にお目通りをかなえ、富国強兵の道を説くようになりました。ただそれまでには紆余曲折がありました。


 衛鞅は孝公への教授を始めました。しかし、景監は孝公に呼び出されます。孝公は切り出しました。


「おまえの呼んだあの衛鞅と申すものだが、話すことが面白くない。全然役に立たない」


「わかりました、衛鞅に申しておきます」


 景監は屋敷に戻って衛鞅に告げました。


「公は、ご不興だ」


 衛鞅も考えているようでした。


「もう少し時間をください。もう少し、この道を説かせてください」


 次の進講日がやってきました。衛鞅は話を進めます。

 孝公は時々居眠りをして、集中できない様子でした。


「お前の客人は、やはり下らぬことしか話せない、どうしてこのようなたわごとを用いることができよう」


 その日の進講は終わりましたが、景監ははらはらしていました。紹介した自分の面子もあります。屋敷に戻り、衛鞅を責めました。


「孝公様に話が通じていないではないか」


 衛鞅は答えました。


「私は、孝公様に、『帝王の道』を話しました。しかし興味を示されませんでした」


 衛鞅は無念なようでした。


「では、内容を変えてみます」


 五日ほど準備をして、また孝公に衛鞅は進講を行いました。


 今度は孝公の目が輝きました。興味をもって話を聞いている様子がうかがえます。


「面白いことは面白い、だが私の求めているものとは違う」


 景監はまた衛鞅を責めました。衛鞅は迷っていたようでしたが、決心を固めたようでした。


「私は今度は『王の道』をもって説いたのですが、公はそれでは納得なさらなかったようです」


 景監は渋る孝公に説いて、もう一度衛鞅に進講させました。


 今度は成功しました。


「よかった、よかった」


 孝公は納得の様子でした。


「とてもよく分かった。ただあれを秦の国で用いるのは、難しい。ともかく、お前の客に才能があるのは分かった」


 衛鞅は景監からそれを聞いて、しばらく黙然としていました。


「私は孝公様に『覇道』を説きました。そのやり方について、孝公様はご納得はなさったようでございます。しかし、私が用いられるためには、もう一度お会いして、お話せねばなりますまい」


 衛鞅が次に孝公に進講したとき、孝公の目は真剣でした。進講は数日に及びました。孝公が求めたからです。数日を費やしても、孝公はまだ聞き足りない様子でした。


 景監は衛鞅にたずねました。


「いったい何の話をして差し上げたのだ」


「私は孝公様に、いんしゅうの『帝王の道』をはじめお話ししました。孝公様はこうおっしゃられました。『迂遠なことだなぁ、私はそんなことをして待つことはできぬ。賢君たるものは、名前が天下に顕れて、初めて賢君であろう、悠々と何百年をもかけて、帝道をなすなど、待つことができない』そうおっしゃいました。そこで私は国を強くする方法をのみお話ししたのです。それにしても、いんしゅうの、徳で政治を行うことは、難しいことでございますなぁ」


 そういうと、衛鞅は笑いつつ、ため息をつきました。


 先に刑名けいめいの学について触れましたが、このように、衛鞅が説いたことは多岐に及んでいました。儒家の徳をもって政治を行うことや、国を強くすることまで、その内容は様々だったようです。

 そして衛鞅の説いたことのうち、国を強くする方法、国を富ませ、兵を強くする方法を、秦は選んだのです。


 強力な軍事力と、豊かな富を持った国家、それが、西北の辺境に誕生します。

 そしてそのことが、秦の今後の道筋、中国統一、帝国の創造への道を決めたのです。

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