第38話
「ともかく、護堂さんは実験室の台の上で首を切って自殺したでしょ?実験室にはイさんもいたんだよね。一緒に推理したとおり。首を切った道具を片付け、首をクーラーボックスにいれる。一番重要なのが、人体実験なわけ。これは密室からイさんを脱出させることも兼ねてたんだと思う」
「人体実験するとドアが開くってこと?死んじゃってから人体実験するの?」
「そうだよ、死んだらノイズが消えるってことを確かめたいんだから」
「そうか。どこかから死体を調達できなかったのかな」
「ま、その辺はね、むづかしかったんだと思う。あとで似たような話がでてくるんだけどね」
「あそう」
しばしお預けだそうだ。
「ドアを開くには、首なし死体の手のひらを認証用パネルにかざさないといけないでしょう?」
「うん、そうそう。デバイスはまだ完成してないのにどうやったんだろうねっていってたんだよね」
ゾンビ問題だ。
「イさんはアメリカで医学を学び、脳科学の研究をしていた。脳科学で医学系の人はよくやるんだけど、神経に電極を刺して電気信号を調べたり、逆に電極に電圧をかけて人工的に電気信号を発生させたりできるんだよ。イさんもよくやったんだと思う」
それが、どう事件と関わるんだろう。
「イさんの目の前に首を切られて神経が露出した体があるんだよね?運動神経や感覚神経につながる神経も露出してる。神経というのは、正確には神経細胞の軸索だけど。イさんは神経を操って体に運動しろと信号を送ることができる能力をもってるんだ」
「イさんが操り人形みたいに護堂さんの首なし死体を操ったってこと?」
シュールな。
「ニクロム線に電池つないでスイッチをオンオフしたりなんてしないよ?」
人差し指をちっちっちっと振る。
「首なし死体用のデバイスをつくった。これが答え」
「ウッソ。なにそれ。ひどい。生きてる用は作れてなかったけど、死んだ用は作れてたってことか。ダマされた。あんまりだ」
「わたしに言われても知らないけど」
「とにかく、コンピューター仕掛けなんだね?」
「当り前だよ、神経パルスを手動でなんてやれるわけない。護堂さんはそういうデバイスをつくる能力があるんだからさ」
「そりゃそうか。専門家だもんね」
「マイコンを使ってあまり苦労せず作れたはずだよ。電気信号を流すっていう機能だけでいいからね」
「でも、データは?ノイズがのってたらダメなんでしょ?」
「それも可能だよ。護堂さんが実際に動作をして、事前に活動電位を測ればいいんだよ」
「うん、なにいってるかわからない」
「運動神経を流れる電気信号を測れるってこと。やっぱり電極をぶっ刺すんだけどね」
「刺したあとが残っちゃうんじゃない?」
「準備期間にやったんだから、傷が治るまで待ったんだろうね。死体に傷があって司法解剖にまわされちゃったら脳スキャンできなくなっちゃうもんね」
「結局、イさんが死体を操るために首を切ったってこと?」
「そう、一石二鳥」
「ああ、脳スキャンのためにクーラーボックスで冷やせるしね」
「それに、死因がハッキリってこともあった」
「そうか、司法解剖されないためにね」
「愛音ちゃんさ、護堂さんの体見たとき、首が長いって思わなかった?」
「思った、思った。首を切られてるって聞いて想像したのとちがった」
「あれはね、首の骨は頸椎っていうんだけど、腕につながる運動神経が頸椎から出ているからなんだね。足につながる運動神経は脊椎の下の方からでてる。頸髄に電極刺して手足をコントロールするためには、運動神経が出るより上の方から切らないといけなかったんだ。
首長いなってことと、腕の運動神経が頸椎から出ているってことを考え合わせれば、もっと早く答えにたどりつけたかもしれないね」
「わたしにはたどりつけそうもなかったよ」
「実は、いま話したマイコン発見済みだよ」
「いつの間に」
「ほら、警察に行ったとき」
「警察にあったの?」
「うん、捜査協力ってやつ?押収物っていうの?警察で預かってるもののなかにあったよ。押収物のリストをくれるんだよね。リストの中にそれらしきのがあったから、警察で実物を調べたんだ」
「処分してなかったんだね」
「イさんが出勤するまで、ロボットアームで引き出しに移動したままだったんだよ」
「そうなの?」
「そう。だから、死体用デバイスから遠いところで首を発見させる必要があった。それで、ノッポとチビの部屋にクーラーボックスを置いたんだと思う。イさんに早く出勤しろって連絡させるために。で、出勤してきて引き出しから取り出す。ほかの機械類にまぎれこませておく。そのあと体を発見したと言ったり、首とご対面したりだね」
「でも、それだとノッポとチビが先に研究室に行っちゃわない?」
「ノッポとチビは護堂さんと面識がなかったんだよ。脳スキャンのプロジェクトメンバーだったから選ばれたんだね。そうじゃなかったら、生首見てもなんのことかわからないでしょ。護堂さんだってわからなくても、研究所の所員だということくらいはわかる。それで事務のところに行って社員証の顔写真を見せてもらった。護堂さんとわかる。助手がいて、イさんだということも事務員さんが調べる。事務員さんがイさんに連絡したんだね。だから研究室にはだれも近寄ってない。たぶんシナリオどおりなんだろうね」
「うへー、理屈っぽい。名探偵かって感じだ」
「ただの研究者だけどね」
「マイコン押収したのになにもわかってなかったってことは、警察には調べられなかったってことだよね。科捜研にでも送れば調べられたのかな」
「どうだろうね。護堂さんの研究内容をわかってれば、かな」
「美結ちゃんの協力のおかげだね」
「まあね」
ウインク。とろけそう。いかん、気を引き締めなければ。
「そのマイコンていうのは、なにをするものだったの?」
「さっき言ったように、準備として護堂さんが目的の動作をしたとき、運動神経がどのような信号を送っているかデータをとっておかないといけない。
体のあちこちに電極を刺しておく。護堂さんは、うつ伏せに寝転んだ状態から床に降り立って、ドアのとこ行って認証して、実験台にもどってうつ伏せになる。
ね?自殺しかありえないでしょ?」
「そうだね、だましてそんな動作させたりマイコン作らせたりって無理だよね」
「準備したデータをマイコンにいれて、頸髄に差した電極を使ってデータ通りの電気信号が発生するように露出した神経を刺激してやれば、体だけの護堂さんが同じ動作をしてくれるってわけ」
「すごいね、マイコン」
「マイコンと言うか、プログラムを書いた護堂さんがすごいんだけどね」
「そっか。ただのアホじゃなかった。で、結局人体実験ていうのはなにをすることだったの?」
「マイコンを使って首なし死体を予定通り動かすってことが人体実験だよ。掌紋認証の動作をするってことはつまり、死んだらノイズは消えるってこと」
「でもさ、マイコンにいれたデータを、開発してるデバイスで使ってもいいんじゃない?」
「それだと、うまくいかなかったときにデバイスのせいなのか、やっぱりノイズが発生しているのかわからないよ」
「なるほどね、頭部を冷やすために首チョンパするんだから、電極ぶっ刺しのためにわざわざ切るってわけじゃないもんね」
「そうそう」
「でも、実験がうまくいったとして、ノイズが発生してるのに、神経を直接刺激してるからうまくいっただけってこともあるんじゃない?」
「なるほど、たしかに。そうなると、デバイスでもなにか動作させて試さないといけないってことだね。それが本当の実験だ。うん、愛音ちゃんするどいよ。わたし気づかなかった」
「えっへん」
胸を張ってエラそうにする。
「それは極簡単な実験だけだね。メンドクサイから」
「メンドクサイの?」
「ほら、イさんがキャリブレーションが大変っていってたでしょ?」
「ああ、そんなこと言ってた。キャリブレーションってなに?」
「わかってなかったのか、愛音ちゃん。体を動かすときにどこの神経を電気信号が流れるか、使う人ごとに位置合わせをするってことだよ」
「なるほどね、その人専用のデバイスみたいにするんだ」
「死体用デバイスで電気信号を送って、生きてる用のデバイスでキャリブレーションしてだから、メンドクサイでしょ」
「ふたつ同時か。うん、イさん大変だったろうね」
「だから、小指を動かすだけとか、簡単な実験だったと思う」
「一個の神経だけってことだね?」
「そうだよ。うまくいったら死体用デバイスでいよいよ首なし死体が起き上がるんだ。回収だって、マイコンのほうが簡単だよ」
「ああ、あの首のデバイスはロボットアームで外すの大変かな、頭ないから引っこ抜けばいいといえばいいけど」
なにか首とか切り口とかにあとが残ったりしそうだ。血がべっとりついて、あとでデバイスを調べられたら怪しまれることになるだろうし。
「今度は逆に、失敗したらどうなるの?イさん閉じ込められちゃうけど」
「マイコンでも護堂さんの体を動かせなかった場合ね?イさんが原因を探ったはずだね。でもさ、予想外のことが起こる、それが実験というものなんだよ。予想通りのことが起きても面白くない。いや、いまの場合はデバイスを完成させたいんだから、そんなこと言っている場合じゃないんだけど」
「そうだよ。ひとりで原因を探らなくちゃいけないんだから」
「もし原因がわからない、原因がわかってもその場で解決できないってなったら、護堂さんの体を担いで掌紋認証して、警察を呼んだんじゃないかな。ほかに方法がないよ。イさんは自殺幇助に問われたかもしれないし。研究は暗礁にのりあげ、困ったことになっただろうけど」
そんな簡単にいわれても。
「でも、うまくいくっていう見込みはあったんだよ。それが、桜井さんの事件に関係するんだけどね。その話は桜井さんの事件のところで話すよ。とにかく、自信はあったってこと」
「そうなんだ。でも、やらなくちゃいけなかったのか」
「うん。護堂さんはそう考えたってことだね」
ちょっと遠い目をしている。
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