第15話

 今日はいろいろなことがあって疲れた。もう帰って寝たい。ありがたいことに、官舎は歩いて五分のところにある。途中そばでも食べて帰れば、あとは風呂にはいって寝るだけだ。

 捜査会議ってまだ終わらないのかな。

 鑑識官が報告している。科捜研から、仮鑑定でアルコールと睡眠薬は検出されていないと教えてもらったそうだ。もう轟さんにも伝わってそう。抵抗のあとがないこととあわせて自殺だろうということになる。捜査員のやる気も一気に低下する。どうせ血液検査が確定すれば自殺で捜査終了だ。

 でも、わたしは密室の謎を解かなければならないんだ。やれやれだ。

 となりに署長がすわっているからダラケてすわることも、思いっきりあくびすることもできない。資料で隠して、こっそり小さなあくびをする。

 まだ終わらないのかな。

 会議の仕切りは刑事課長。署長の反対側のわたしのとなりにすわっている。副署長は署長と課長のあいだですることがない。

 鑑識官は、護堂さんの自宅で指紋を採取し死体の指紋と照合したという。死体は護堂さんで間違いなく、念のため頭部と体のディーエヌエー鑑定もする予定だ。うん、これやらないと前提があやうくなってしまうからね、大事だ。

 あとは捜査員が調べて分かったことを発表していく。

 死亡推定時刻は、検視によると早朝四時から七時。こういうのよくわかるなと思うけれど、今回はさらに絞り込める。

 六時に最後の掌紋認証があり、この時間まで護堂さんは生きていたと思われる。

 死亡推定時刻は一時間の幅で確定するのだ。

 所員の最終退所時間は二十三時。二十三時になると退所を促す放送が流れ、警備員が各研究室を回って所員を追い出すことになっている。護堂さんと助手は宿泊の申請をしていた。それで二十三時のあと、警備員の巡回はこの研究室をとばしていた。

 この日泊りがけになったというのは、首につけるデバイスの開発でつまづいていたためだ。近々、デバイスの開発が技術的に可能であることを共同開発の相手に示すことになっているらしい。そのための試作品の製作中だった。研究は進んだのだろうか。自殺する人には仕事がどうなろうと関係ないか。

 助手の女性、韓国人で名前はイさん。イさんは五時に一度帰宅して十三時に出社することになっていた。事件が発覚してすぐに出社をもとめられたわけだけれど。気の毒に、すこしは眠れただろうか。アリバイがあるから、イさんが自殺の片づけやら生首のクーラーボックス詰めやらをしたということはない。幽霊の仕業だ。

 首を切った道具はまだ出ていない。困ったことだ。特殊な刃物ならすぐ見つかりそうなものだけれど。薄くて隠しやすいとかあるのかな。だから見つからないとか。なぜ隠したのかな。殺人なら凶器から犯人が特定されるなんてこともあるだろうけど、自殺は犯人がいない。また使うということも考えられない。二度自殺はできない。隠す理由が思いつかない。

 轟さんに先に聞かされていたから、パソコンのデータを更新することはあまりなかった。密室のトリックのことを考えようとするけれど、うまくいかない。

 実験室にはいることはできたのだ。護堂さんが認証してドアを開けてくれた。護堂さんはそのあと自殺する。ということは、この幽霊は自殺する護堂さんをとめもしないで、ぼけっと首を切るのを待っていたわけだ。むしろ手伝ったかもしれない。手伝ったとなると自殺幇助罪になる。でも、立件はむづかしそうだ。

 うつ伏せに寝た男性。首のところで切り離されていて、頭がごろん。眉間に皺が。そこはもういい。先に進もう。幽霊は片づけをはじめる。きっとクーラーボックスは実験室の中に持ち込んだだろう。床に血がポタポタたれていたなんてことはなかったみたいだし、生首をかかえて歩きまわりたくはないだろう。よし、クーラーボックスに生首をしまった。首を切った道具はどうしよう、血がべっとりついている。実験室にあった流しにそっと移動し、軽く洗い落とすか。洗剤とスポンジで。きっと道具はバラすことができるはず。組み立て式だ。刃のついた部品以外は雑巾で水気を拭いておく。刃には鞘かカバーをつけられるだろう。さて、クーラーボックスは四階の研究室へ置く。バラした道具はどうするだろう。廃棄処分だろうか。なにも出ていない。なにか別の装置に使われたりして偽装されているかもしれない。そうすると見つからないかもしれない。

 この幽霊、幽霊とは思えないほど働き者だ。幽霊問題は、建物内に生きた人間が護堂さんのほかに誰もいなかったという問題だ。いや、いるか。警備員がいた。二十三時以降、二十四時にも見回って全員退所したことを確認し、八時まで二時間ごとに巡回する。もちろん自動ドアの前で監視カメラに映る。ということは、六時の巡回のときに護堂さんに実験室に招き入れてもらえる。これはいい。あとは実験室から抜け出すだけだ。片づけやらなにやらして時間を食っても、巡回をすこし省略すれば済む。宿泊届がだされていて巡回を飛ばしたなんていうから盲点になっていた。警備員を叩いてみたらいい。護堂さんと個人的なつながりが出てくることを期待しよう。

「副署長」

 おう。わたしのことだ。パッと顔を向ける。刑事課長の顔があった。なにかあれば発言しろと語っている。いつの間にか捜査会議が終わろうとしていたらしい。よかった。やっとだ。パソコンの画面を一瞥、立ち上がる。

「捜査情報を外部へもらさないこと!情報の共有は捜査員の間でのみ許可する。このことを厳守せよ」

 着席。しーんとしている。大きい声だしすぎたかな?わたしの声はよく通るのだ。大きくもない会議室は道場よりも声がよく響くし。でも、鉄杭を打ち込むつもりだったのだ。あのくらいは大したことない。効果だって、どれだけあるものやら。

 署長の締めの言葉があって、閉会となった。

 署長室のドアをあけているところに声をかけ、署長室に乗り込む。

「轟さんに会いました」

「ああ、それで捜査情報を漏らすなと叱りつけたわけか」

「わたし叱りつけてました?」

「肝を冷やした捜査員も数知れず」

「まさか。それで、署長も聞いてます?密室の話」

「研究所の警備は轟さんの会社が委託を受けてたんだな。普通の自殺ならよかったんだが」

 首に手を当てて水平に引いた。舌を出す。顔は怖いのに、お茶目なおじさんに見える。

「なにを思ったか、わたしに密室の謎を解けと言ってきました」

「捜査員向きの仕事じゃ、ないと思ったんだろう。元自分の部下だった人間たちだから、向き不向きを知ってるんだ」

 わたしの向き不向きはまったく考慮されていない。

「どうやって密室から生首を取り出したかって、どうでもよくないですか?きっと自殺で決まりでしょう」

「そうじゃないだろう。記者発表となれば自殺の方法は隠すことができない。そうすると人の関心をかう。密室だったことも噂が流れる。いや、捜査員ばかりじゃない、研究所の所員だって知ってることだ」

 そうだった。所員の口に戸を建てつけることはできない。

「密室の謎解きなんてことをワイドショーなんかで取り上げられると、警備会社としては苦々しく思うだろうし、本部も、な」

 署長も轟さんと同じことを言う。つまり、経験上本部ウケが悪くなるとわかっているのだ。わたしにとっては本庁のウケが悪くなる心配がある。いや、悪くなるのだろう。企業も警察も同じ。

 やれやれ。出世競争に負けたくなければ密室の謎を解けというわけだ。

「ここは一肌脱いでもらいたい」

 女に一肌脱げってどうかと思う。そういうことじゃないけれど。正直自信がない。美結ちゃんを頼りにするしかない。迷惑かけたくないけれど。

 渋々うけたまわってしまった。護堂さんのアンドロイドができたら、とっちめてやらなければ気が済まないぞ、これは。首絞めてやろうか。

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