シーテケ農場(農地があるとは言っていない)

「では、さっそく向かうとしましょう。悪路が続くのでロバを使いますが、

 ご容赦ください。」


「はい!私ロバに乗るのは初めてなので楽しみです!」


サモ領は悪路が多く、領内の移動には馬よりロバが使われている。

馬に比べてロバはワガママな筈だが、

サモ13世が用意したロバはナズーを侮ったりせず、素直に口取りをさせた。


「おう、手慣れていますな、心配は無用でしたな。」


さっと躊躇いなくロバにまたがるサモを横目で見て、ナズーは少し驚いた。

貴族がロバにまたがるとは、都会の貴族からしたら、

お前は馬も用意できないのか?と、笑われるだろう。

しかし、サモ領においては見た目が多少悪かろうが、

実用的なものを好む気風があるのだろう。

ナズーにはそれがとても好ましく思えた。


「ええ、馬より好きになるかもしれません。」


ナズーは「やっ」という掛け声とともに力強くあぶみを踏み込んでロバにまたがる。

馬と違い、乗っても目の高さが変わらないロバは興味深かった。

サモ13世の親しみやすさは、馬を使わずロバを使うことからも

来ているのではないだろうか?そんな気がした。


サモ領の道路で馬車が通れるのは、シーテケ農場の倉庫からワールイ帝国の

幹線道路に繋がる一本だけだ。

その一本の道路も、道幅は狭く、馬車が行き交うのは不可能らしかった。


そこから領地の各所に繋がる支道は更に狭い。それに石と泥だらけで、

傾斜もきつく、とても馬や車が行ける道ではない。

二人はロバに乗って、サモ領での唯一の事業らしい事業である、

シーテケ農場へ向かう坂を上った。


道中は木々の梢が天蓋となっていた。

この自然のアーケードは、夏は涼しく冬は風を防いでくれるだろう。

ふと思い至り、ナズーは前を行く彼に声をかける。


「サモ領はシーテケの栽培に力を入れているようですが、どういった経緯で?」


「あぁ、アレはですね、先代が偶然見つけたものなんですよ」


「当時のサモ領は林業をやってまして、切った木を川まで運んで、

 そこから下流まで流して板やら角材やらに丸太を加工してたんですがね」


「なんか景気が悪くなったとかで、丸太を下に流せなくなって、

 川っぺりに丸太が野ざらしにされてまして…」


「金は入ってこないのに腹は減る、この積みあがった丸太をどうしたもんだと

 見上げた先代の目に肉厚のキノコが生えているのが目に入ったらしいんですわ。」


「何を思ったか先代は、そのキノコをむしると焼いて食ったらしいんですわ。

 すると香りはいいわ、分厚く食いごたえもあるじゃないかということで、

 キノコの生えてた丸太をぶった切り、領内に配ったとそうです。

 それからというもの、サモ領のそこらかしこで栽培が始まった次第で。」


度々この領地に入る前、そして入った後も、何度もシーテケという

キノコの名を耳にしたので、よほど情熱をかけて開発したものだろうとおもったら…


全くの偶然と、食い意地の張った領主の蛮勇がかけ合わさったものだったとは。

これにナズーは、どういう顔をしたらいいかわからなかった。


「放っておいた丸太から生えてきたキノコを…豪胆だったんですねえ。」


「ええ、先代は帝国最後の蛮族と言われてた豪傑でした。

 ただし先代のころのシーテケは生だと日持ちしないもんでして、

 私の代で腐らずに乾燥させる方法を見つけられたので何とか…」


「商業化に成功した、というわけですね。なるほど。」


しばらく会話を続けながら坂を上った二人はシーテケ農場についた。


農場はナズーが想像していたよりも野性的な方法だった。

丸太を互い違いに組み合わせて土台を作り、そこにおがくずと共に

シーテケをペースト状にしたものを擦り付け、

低級魔術で霧雨となった水を与えるだけだった。


「え、あれだけでいいんですか?ひ、肥料とかは…?」


「使いません。農薬もなしです。キノコの農場を見るのは初めてですか?」


「はい、ずいぶん簡単なんですね…これ、他所で真似したりされません?」


「ええ、他所でも試してるらしいんですが、不思議とうまくいかないみたい

 なんですよね。こちらとしては助かるんですけど、理由はよくわかってません。」


「そうだ、せっかくですし、シーテケを試食なさってみますか?」


「おお、いいんですか!?ぜひぜひ!」


「えぇ、ではシーテケをこうやってむしってですね…石突を切り落とします。

 シンプルに焼くときは傘を愉しむので、柄も落とした方が良いです。」


サモ13世は手慣れた様子でシーテケを傘だけに切り落とすと、

それをかまどの上に据え置かれた鉄網に並べ、シーテケを焼き始めた。

かまどはこぶしくらいの大きさの天然石を重ね、泥で塗り固めたもので、

普段作業している者たちが炊事に使っているそうだ。

内側には黒い炭が溜まっており、年季が入っていることが伺えた。


「やはりシーテケ単体ですと、炙り焼きがいいですね。

 肉と一緒に網に載せて焼くと、脂がしみ込んでもっとうまいんですが…。」


「いい香り…なんとも独特ですねこれは」


「ええ、この香りがシーテケ独特のもので、苦手な方もいるんですが…

 大丈夫そうで良かったです。」


サモ13世によると、シーテケは火が通ると傘の表に水分が出てくる。

ちょっと小さくなって表が濡れてくる、それ位が食べごろとのことだった。


「これくらいでいいでしょう、ここで味付けにソイソースを使って…どうぞ。」


ナズーに差し出されたシーテケは独特の香りを放っていた。

焼き上がりと共に掛けられたソースが傘にしみ込んでいて、

肉厚の傘を噛むたびにじゅわりと染み出し適度な塩気で彩る。


「これはなかなかの…キノコ単品でここまでのお味が出せるんですねぇ。」


「でしょう?まああいにくと腹持ちはしませんから、珍味の域を出ませんが…。」


「弾力もなかなかで食べごたえはありますね。こうやって、

 柄の筋に合わせて割いてあげるとプリプリ感がよくわかります。」


「お土産にいくつか…あ!えっと…これは特にダンジョンや冒険者に

 関係しなさそうな施設ですね。」


「サモ閣下にはお気の毒ですが、ダンジョンの資産価値には

 特に影響しないものとして計算から除外しますね。」


完全に観光気分だったナズーは何のためにここに来たのかを

思い出し、取り繕うようにまくしたてる。

それを見たサモ13世は、特に残念がる様子もなく

まあ当然だろうなという反応を返す。


「いえいえ、最初から分かっていましたのでお気になさらず…」


「それでは、他にサモ領にお店や工房の類はありますか?

 どんな小さなものでも結構です。」


「そうですねぇ…一応あるにはあるんですが…。

 昔、木材を下流に流してたところが今は船着き場になってまして、

 そこが半月おきの市場になっていますが、それくらいですな。」


「えっ!市を開ける広さの船着き場ですか、それは、ぜひ見に行きましょう!」


「えっ、そんな大した大きさではないですが、ま、まあご案内しましょう。」


サモ13世はナズーのテンションの上がり方に不安を覚えながらも、

再びロバに跨った。

…大丈夫だよな?

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