新人鑑定士のナズー登場

2か月後、要請にこたえて、サモ領に新人のダンジョン鑑定士、

ナズーがやってきた。

カランが執務室まで案内したその姿をサモ13世は見つめた。


ナズーは栗色の髪を肩までの長さに伸ばした小柄な少女であり、

とても10代そこそこくらいにしか見えなかった。

真新しい紺の鑑定士の制服に、

擦り切れ一つないピカピカの革の鞄を下げていた。

皇帝の信任状がなければ、そこそこ育ちの良い、

どこぞの学生にしか見えない風体だった。

しかし、彼女は見知らぬ土地にいるのにも関わらず、

不安そうなそぶりを一切見せていなかった。

初仕事にもかかわらず、動揺の色一つ見せない彼女の瞳の奥に、

サモ13世は言葉にできない聡明さを感じた。


「ご足労頂きありがとうございますナズー殿、私がこの領地を治める

 サモ13世です。」


(ピカピカの学生上がりって感じだな、しかしなぜだろう、この違和感、

 何か嫌な予感がする…)


「サモ13世様、お初にお目にかかります。

 ダンジョンの鑑定依頼ということで派遣されましたナズーです!」


「まずこの領地でダンジョンが見つかったのは、

 帝国の記録と照らし合わせても初めてでしたので、

 サモ閣下にはまず、ダンジョンの価格の鑑定方法について、

 軽くご説明差し上げますね。」


ナズーは小動物を思わせる陽気さで、ニコニコと微笑みながら

サモの前に書類を広げた。


「よろしく頼むよ、何か必要なものがあったら遠慮なくいってくれ。」


「はい!第一に必要となるのが確認資料と言って

 ダンジョンの位置や大きさ、所有者の登記です。」

 

「こちらは派遣要請の必要書類に含まれているので、

 カラン様から既に頂いております。」


「うん、確認をありがとう、他に何か?」


「はい!まず、ダンジョンの鑑定ですが、主だった手法としては、サモ閣下所有の

 ダンジョンを、過去の取引事例と照らし合わせ評価する方法ですね。」


「うん…?」


「つまり、サモ閣下のダンジョンの値段は、他の土地にある、

 似た感じのダンジョンと同じくらいの値段になります。」


「ああうん、それはそうだよね、わかった。」


「その為、サモ閣下ご所有のダンジョンの価格決定の要因となる要素を調査

 いたします。」


「要因の確認にはダンジョンは当然として、閣下の領地における市場の需給状況、

 施政の詳細な資料が必要になりますが、この資料の収集、調査は

 皇帝陛下の委任をもって行われていますのでご注意ください。」


「ええと…つまり?」

(…ていうか、最後の方、わたし脅されてない?)


「サモ閣下のダンジョンがどれだけ難しいのかなぁ?というはなしです。

 ダンジョンの敵が強いと、ポーションがいっぱい必要になりますよね?

 丈夫な鎧とか、切れ味の良い剣が必要なダンジョンだと、

 近くのお店の売り上げは上がりますよね~?」


「でも、お金がかかる所には、あんまり冒険者さん、来ないかもしれませんよね?

 でも、高価な宝石とか巻物とかぁ、良いものがいっぱい手に入るダンジョンなら、

 冒険者さんが来ますよね~。」


「うん、よくわかった。」


「それでダンジョンの調査は、ナズーが皇帝陛下のかわりにやってるので、

 じゃましちゃうと、はんぎゃくざいになります。」


「うん~ちょうわかった~ちょっと席外すね」


サモ13世はそそくさと執務室の隅に行き、カランとささやき合った。


「どういうことだカラン、ナズーさん、新人の癖にやけに有能そうだぞ、

 これ…大丈夫か?」


「閣下、ダンジョン鑑定士は国家資格です。それも税収に直結する分野ですので、

 帝国の国家資格の中でも5本の指に入る超難関の資格といわれておりまして、

 その…」


「超絶有能じゃないと務まらないってことだな…

 えーっと…その資格をあの若さで取ってるのぉ?それって、

 絶対に我々より有能って事じゃないか…。」


「少しは自信を持ってください閣下、確かに、ナズー殿は10年くらいしたら、

 確実に我々より偉くなっているでしょうが…。逆に考えれば、

 それだけの人材を今のところはあごで使えるということです。

 これは僥倖ぎょうこう、天の助けでございます。」


「うむ、カランのいう事も一理あるな。」


「ひとまず彼女の話を最後まで聞くとしよう、今後の彼女の出方が解れば、

 ダンジョンの値を下げる為のうまい方法が思いつくかもしれない。」


「その意気ですぞ閣下!」


てくてくとナズーの元に戻っていくサモ13世の後ろ姿に、

カランは声援を送らずにはいられなかった。

えいえいというカランの身振りに押されて執務机に戻ったサモは、

今後の事をナズーに尋ねることにした。


「あー、失礼したナズー殿。それで、具体的に今後どういった調査を行うのかな?」


「はい!サモ領の経済状況の調査から始めようかと思います。

 具体的には、どんな道路が引かれているとか、お店の数と種類を調べます!」


ふむふむ、つまりはうちがどんだけ貧乏なのかをナズーに教えればいいわけだな。

自慢じゃないがうちの誇れるものはシーテケくらいだからな。

これに関しては難しくなさそうだ。


「わかった、ダンジョンの調査は後に回すという事だね」


「はい、ダンジョンの調査には護衛の手配や準備のお手間があると思いましたので、

 先に経済状況の方を当たっていこうかと。」


「あっそれもそうだね、用意しておくよ」


…と言っても、ウチにダンジョン探索のノウハウがある連中はいないんだよなぁ…

あれ?これヤバくね?ナズーさんが怪我したらウチの領地やばくね?


「ごめん、ちょっと作戦タイム」


再度、サモは執務室の隅にいき、カランとささやきあった。


「カラン‥?お前ダンジョン探索の経験ある?」


「一応ありますが…日帰りの歩きキノコ狩りツアーしか経験はないですな。」


「ブドウ狩りとかいちご狩りの亜種だろそれ…どうしよ?

 ナズーさんが怪我したら大問題だし、冒険者雇おうか」


「ギルドまで早馬を飛ばしましょう。ブロンズ級冒険者は論外として…

 アイアン級3人にシルバー級を1人混ぜるくらいで行きますか?

 少し高くつきますが…」


冒険者の等級に関してはそこまで詳しくないが、

確かブロンズ級は農場の手伝いとか、宅配や買い物みたいな、

戦闘が絡まない仕事をする冒険者のランクだったな。


次のアイアン級とシルバー級は、害虫や害獣の駆除、

引っ越しや行商の護衛とか、戦闘が起きる仕事をするランクのはずだ…

確かにそれくらいのランクの冒険者を募集した方が良いな。


「干しシーテケをお土産にしたらちょっとまけてくれないかな?」


「言うだけ言ってみますか。しばらく出ますので、その間のナズー殿の調査は

 閣下が直接見られるという事でよろしいでしょうか?」


「不安だがやってみよう。大したものは無いから、

 たいして評価は上がったりしないだろう。」


サモはカランを送り出した後、まずはナズーにシーテケ農場を見せようと考えた。

とりあえず時間稼ぎを兼ねて、ダンジョンや冒険者にまったく利益をもたらさない

そんな施設だという事を紹介すればいいだろう。


キノコを携帯食料にしてダンジョンに赴くおもむ奴はいないだろう。


なぜなら、シーテケは生食するものではないからだ。

珍味ではあるが、生食すると腹痛、吐き気などをもよおす。

そのため、食べるにはダンジョン内で火を使うことになってしまう。

ダンジョンの様な閉鎖空間で火を焚こうものなら、

煮焚きが終わる前に息が詰まることだろう。


大丈夫なはずだ、きっとシーテケはダンジョンに関係しない。

そんな一抹の不安を抱えながら、サモ13世はナズーを案内することにした。

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