第6話 Try(A little bit harder)
「お前PSP持ってねーの?じゃあ俺んちのいっこ送ってやるって。そんで毎晩夜中に『次はこーいうイベントが起きるぞー』って予告して逃げらんねーようにはまらしてやるわ!」
「大人のすることじゃねーよ!そんなんしてたら八潮いつ寝んだよ!」
「仕事してるときもあるけどなー。でも徹夜でお前にコーチしてて、毎日遅刻してたらリストラされっか。な、課長」
振り向くと、ぶらぶらついてきている碧が笑った。杜も碧も、暗いとこで浮き上がる位、色、白ぇなあ。
「そうですよ、それで次の就職の面接で『なんで前の会社は退職されたんですか』って聞かれてなんていうんです?」
「いや、【ぼくのなつやすみ】が終わらなかったもので、って言った瞬間アウトだな」
もう人影のないロビーは冷んやりとしていた。
「温泉、何時までだったか?」
「内風呂は12時まででしたね。汗かいたし、僕も一風呂浴びたいです」
「俺も俺も!」
内風呂も、もう人の姿がなかった。
またくだらないことを喋りながら、のんびり浸かって、皆、火薬くさくなった髪を洗った。
家にいたら、とにかく急き立てられるようにシャワーで済まし、ベッドに倒れ込むばっかりだ。少しでも寝ないともたないって強迫観念が余計、心身疲れさせるのに。
碧といるときなら、そこであれやこれや、あったりするけど、…二ヶ月はそんな甘い時間はお預けだった。って今気づいてるし…
「八潮、髪、それしか乾かさないんですか」
「自然乾燥。それに、寝る前にちゃんと、乾く時間、あるっしょ?」
ドライヤーを当てているのと反対側の耳に、濡らすように囁く。鏡の中の自分らの姿を見ながら。
碧は聞こえなかったような顔をしているけど、目元は一段と血の色がさす。
つまんだ耳たぶは熱をもって指に吸い付いてくる。
「なー、あっちにセブンティーンアイスとハーゲンダッツあったよな!」
…折角、やらしくなってきたムード思いっきり踏みやがって。
「いくらてめぇでも腹壊すぞ、保護者、何とか言え!」
「歯磨くの忘れんじゃねぇぞ」
「食わせるのかよ!」
走って出て行ったお子様は、即、手ぶらで妙に目をキラキラさせて戻ってきた。
「なあ、自販の奥に遊技場ってあって、卓球あんの、卓球!杜、やんねえ?」
「汗流したばっかで誰がやるか」
「えー、やろうよー、じゃ、八潮!」
「ま、温泉つったら卓球は必須アイテムか。温泉卓球王と呼ばれた八潮様がもんでやっか」
なーんでそう、曇らせらんないようなキラキラのお目々してんだか。
碧も優しい顔で頷く。
「やった♪『このほしのいっとーしょーになるっ!』」
「誰がペコだよ、お前なんか精々片瀬高校のザコ!」
「あんだよ、バタフライジョーって言ってやろっかと思ったのに」
「竹中直人かよ!」
もう凹凸も磨り減ったようなラケットで、スリッパを飛ばしながら消灯されるまで、5ゲームやった。かろうじて、俺が3ゲーム取ったけど、こんなんで息上がってちゃマジで運動不足、深刻だわな。
息を弾ませている陽は、エレベーターの中で、ふと真顔になって碧を見上げた。
「碧、ちょっと、部屋、寄っていい?レポートで聞きたいことあって」
「お前、宿題終わらせて来たんじゃないのか?」
杜の眉間の皺は、『何で俺に聞かない?』というのがありありだ。…杜の前で聞かない位の気は、この小僧、回るはずだけどな。
「一応、書きあがってるんだけど、後から気になってきちゃったとこあって」
俯いている陽の掌にキイを押し込み、杜は黙って自分の部屋に入った。
窓を開けて行った部屋は、湖を渡ってくる風で冷やされていた。
まだシーツに皺のない方のベッドに座った、碧の隣に、陽がぽすんと腰かける。
「レポートって?」
「うん、倫理なんだけど。ニーチェの、理想の友情っていうのは『戦場のかたいベッド』であるべきだって言葉について自由に書けって。学校の奴同士で相談しちゃだめだって言われたんだ。おんなじ内容になっちゃうから。…家族とか他のとこの友達なら、いいって」
「で?お堅い杜様に『ベッド』なんて訊けないから俺らって?」
俺の軽口は、受け止められずに床に沈んだ。碧が眼で、そういう場合じゃない、と言って微かに首をふる。
「…僕もずっと理数系ですし、哲学には縁ないですけど。でもそういう課題って、自由に感じたことを書けばいいんじゃないですか。そういうことについて一生懸命考えるきっかけとして、先生もその言葉、引いたんでしょうし」
「友達って、辛かったり悲しかったりしたとき、話聞いてくれたり受け止めてくれたりしてさ。そういう意味で『ベッド』っていうのはわかるんだ。だけど何で、『戦場』で『かたい』のかって…なんか悩んじゃって…生きてるのが戦争みたいなもんだって考えたら変かな」
「別に変じゃねぇよ。人間が一人正気で生き続けるって戦争だぜ」
「そっか…で、『かたい』の方は、あんまり甘えちゃいけないとか、かな?」
「…何が唯一の答えってあることじゃないと思いますけど。僕、それ聞いて思ったのは、ベッドって堅い方が体にいいんですよね。柔らかすぎて体が沈んじゃうと却って体が疲れるんです。堅くて一見しんどそうでも、本当は体のためになるっていう方がいい、理想の友達って口当たりのいいことばかり言ってくれるとか甘え放題させてくれるんじゃなくて、本当に相手のためを考えてくれるってことじゃないかなって」
「碧、すげぇ。今聞いたことでそんなに考えられるんだ」
「俺の意見も聞く気ある?」
「うん」
「すっげぇ消耗したときは堅くってもなんでもベッドだったら眠れるよな。でもふっかふかのベッドだったら、出るのいやになってそん中でぐだぐだしちまって、攻撃されたりしてもすぐ起きられなくて死んじまうだろ。ゆるくなれる、気遣わなくていい友達とばっかいたら、そん中から出て緊張して生きるなんて出来なくなっちまうよな。だけど人間関係でも、結構しんどい思いしないと手に入らないもんもあるじゃん。ベッドとして眠らせてくれてまた戦場に起きてくエネルギーは回復さしてくれるけど、いつまでも潜ってらんない、かたいベッドみたいな関係のがイイ友達なんだってことじゃねえの?」
陽は俯いていた顔を上げ、俺と碧をかわるがわるに見た。
「なんか、根っこは同じこと言ってるみたいだね」
「多分な。碧のが頭良さそうに言ってるけど」
「八潮のが、でも哲学的じゃないですか。参考になりました?」
「うん。ありがと。もう少し納得いける風に書き直せそうだと思う」
陽はまた、床に目を落とした。
「杜ってさ。お父さんがすっげぇ英才教育して、お父さんが理事長だった学校でどんどん飛び級させてさ。頭よかったから18位でもう、僧階も取っちゃって卒業してんの。…だから周りも特別扱いするし、ずっと、年上の人間にだけ囲まれてて。俺、杜んとこ来て2年だけど、八潮と碧だけなんだ。杜と年近くて、こうやって一緒に遊んだりとかするのって。杜、顔にあんまし出ないからわかりにくいけど、今日も、普段よりすっげぇ楽しそうだった。…だから、」
理想の友情論。もしかしたら、自分より、友達ってもんを知らない杜だから。
碧は、俯いている陽の頭を優しく撫でた。
「僕たちも楽しいですよ。杜と陽と居て」
「ああ、あいつとお前、からかってっと飽きねぇし」
俺も、奴の柔らかい髪をくしゃくしゃ、こねてやる。
「明日もめいっぱい遊んでから帰るんだから、もう、寝な」
「うん。ありがとな」
「おやすみ」
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