第5話 18&life

「うわ!」

デザートワゴンに陽は眼を輝かせて、身を乗り出した。

「好きなだけ喰っていいの?」

「ええ、お好きなだけどうぞ」

ウェイターはにこやかに説明を始める。

「こちらはアプリコットのタルト、ブルーベリーとヨーグルトのムース、ガトー・オ・ショコラ、桃の入った白ワインゼリー、こちらは抹茶スポンジに小豆をあしらいまして…」

多分、6時半からのテーブルを一回りしたんだろう。人気がありそうなケーキは、ひと切れふた切れしか残ってない。

「陽、あんまりがっつくと、あっちのチビっ子たちに恨まれんぞ」

俺たちのところに一番近い一家総出らしいご家族連れのテーブルは、はしゃぎっ放しの小学校前らしいチビ共の甲高い声を響かせている。

「あ…そっか」

陽は空気が抜けた風船みたいな面ですとっと坐った。

「まだ、新しいのが用意してございますから、お客様、ご遠慮なく」

「ほんとっ?!」

碧がクスクス笑った。

「陽は素直ですねえ」

「ほんと、わっかりやすいなお前」

「うっせーよ、意地悪オヤヂ!」

「いいから選べ」

杜に小突かれてもニコニコ顔のまま、陽は全種類皿に盛って貰っていた。あのほっそい身体のどこに入るんだか。


*      *      *     *     *      *


「ライター貸して下さい。ちょっと風があるなあ…」

背中を風上に向けて碧はキャンディみたいな包みの先がひらひらする手持ち花火に火をつける。

緑色に燃え上がった炎が黄色に変わり、銀色の火花が、パチパチこぼれ始める。

「はい、陽、八潮、これで点けて下さい。杜は?」

「俺はいい」

アイアンレースの椅子にかけた杜の口元に、赤い小さな火が点滅しだす。

陽は銀色に塗ったマッチ棒みたいなスパーク花火を点け、俺はけばけばしい紙のピストル型のナイアガラを取った。

「花火って俺らのガキんときとデザイン変わんねーのな」

陽の花火はでかくてハードな線香花火みたいな火花をジィジィ撒き散らし、俺のはパンパンいいながら、赤や紫や緑の火の玉をこぼしていく。

「なんか、年寄りみたいですよ、八潮」

碧は自分の消えた花火にプールからすくった水をかけている。

ここはもう人がいないのに、ナイター照明に照らされたホテルのプールだ。

花火をやりたいんだけど、いい場所は?と訪ねたフロントは、打上げやロケットでなければ、敷地内でやってくれていい、プールサイドなら、タイルが敷いてあるし一番安全だ、と薦めた。

「打上げもしたかったのになー」

ハンズで買って来たという花火パックを抱えて、陽は唇を尖らせて芝生を歩いていた。

「でも、さっきでっかいの一杯見たし、いーや」

「とっとけよ。暇んなったらうちの方の河原かどっかでやろうぜ」

「やたっ!」

子犬のように、俺ににぶっつかってきた体は一杯に嬉しさが溢れていた。

友達は結構いるらしいから、花火だけならいつでもやれるんだろうけど、俺らとだと杜を引っ張り出せるからなんだよな。

「おら」

陽の花火で点けた、派手なモールが光るススキ花火を碧に渡す。

陽はもう1本点けたスパーク花火で小さな箱型の噴出花火を点け、走ってプールの端に置いた。

シュウシュウいいながら、金銀の火花が、きらきらと水面に流れ込む。

「プールに映って、きれいですね」

俺は消えたピストルをプールに直漬けして、火の気を消した。

「プール、バケツ代わりに使うなんてゴージャスじゃん」

「ゴミ、落ちませんか?」

「炭だろ?水に炭入れたって害にならねーって」

「火薬の燃えたのは別に炭じゃないですよ。あれ?炭素…?」

碧は考え込みだしたが、すぐに、陽が続けざまに点けていく噴出花火に気を取られたようにそっちを向いた。

俺は煙草が吸いたくなり、杜のいるテーブルに歩いていった。

「妙だよな、煙思いっきり吸ってんのにこっち欲しくなるって」

「成分が違うだろ」

「ライター貸してよ」

俺のは八戒に渡したまんま。

「おら」

重く湿った夏の夜の、煙草の甘い香りは快い。碧はやめろやめろというけど、こればっかりは、勘弁な。

「杜、コレやろうよ」

陽が、線香花火の細い束を差し出した。

「しょうがねえな」

短くなった煙草を花火の燃えカスの山に落とすと、杜はプール際に屈みこんだ。

俺も、金色のテープで括られた束を掴んで、ぼんやり風に吹かれている碧の腕を取る。

「やっぱ、これで締めなきゃ」

「そうですね」

「風ですぐ落ちっから、もっと寄って」

自分らの膝で囲うように、細いねじった紙の先に火を点ける。

チチチ…と燃え上がっていくオレンジの火が小さな玉にまとまっていくさまは、今見ても不思議だ。

「大きくなったら、これがなんで玉になんのかわかると思ってたんだけど」

「帰ったら調べてみましょうか」

俺はかすかに、パシュ、パシュと火花を散らし始めた玉を、碧の手のそれとくっつけた。

「あ…それやると、落ちやすく…」

「賭けねえ?落ちないで最後まで燃えきったら」

「たら?」

俺はぎりぎりまで身を乗り出し、少し眠そうに緩んだ唇にキスした。

危うくぶらんと揺れた火の玉は、それでも健気に紙縒の先に留まり、小さいけれど、華やかな火花を散らし続けた。

「今夜は、俺が上にならせて?」

「!」

そして柳のようなオレンジの雫がはらはらと落ち、静かに光はしぼんでいった。

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