第4話 Fireworks
「…靴位、履いてくるんでしたかね」
ワイン樽で作ったスタンドの上に、リースで飾られたプリフィクススタイルのメニューを見ながら、碧が呟く。
「なんつってもリゾートじゃん。そんな、改まったモンじゃないっしょ」
チノパンに綿セーター、LLビーンのアクアスリッパーという碧のナリは全く浮かないだろう。
よれよれリーヴァイスに(だってピンピンのジーンズってハズィじゃん)サンダルって俺のがちょい、あれですが。
「あ、碧と八潮!セーフセーフ」
窓際のテーブルから、陽が手を振った。
「大声出すんじゃねえ」
すかさずオトーサン(つうとまた怒るんだよな)が小突く。
夕食は、ホテルの14階のレストランか、3階の季節料理で、という宿泊プラン。比較的時間があった俺が杜とこっちに決めた。
普通、(そういっちゃ悪いが)ひなびたリゾートでフレンチは選ばない…んだが、このロケーションを選ぶ理由が、今日はある。
しかし、浴衣でロビー横切り御免っつう温泉宿テイストの癖に、ここはちょっとした都内のホテル並のしつらえ。
「もう、料理決めたんですか、陽?」
「うん、大体」
「なんか冷たいモン呑みてぇなあ」
「ビールか…それとも、スパークリングワインも結構揃ってますね」
リストを読んでいた碧が渡してよこす。
「たまにはスパークリングもいいな。杜チャンもOK?」
「ああ、適当に選べ」
手頃な値段でスペイン産のEclipse Cavaがあったのでそれに決めた。
「トマトと西瓜とハーブのスープ、ねえ…」
メニューの半分はかなり冒険している。
「こういう小難しいのは碧に任せるわ」
「え?僕コーンにしますよ?夏じゃないですか」
このコーンスープが濃くてすっげぇ美味かった。
「期待してなかったけど、ここ、いけんじゃん」
野菜のゼリー仕立てサラダも、地鶏のグリルも、標準以上だ。
「このワイン、美味ええ」
「口あたりいーからってガブ呑みすっと目まわんぞ」
肉料理になったあたりで、シャトー・ミランの98年を開ける。
グラスの縁から杜が、眼で『まだか?』と尋いているが、俺も、こっそり腕時計を見て、内心焦りだしていた。予定より、30分も過ぎてる。
と、湖の方から、下腹に響くような音が聞こえ、光が閃いた。
「何?ねえねえ!」
レストランの照明が落ち、ウェイター達が、引いてあったカーテンを巻き揚げた。
ドーン!
湖の向う側から、花火が次々と、空に弾け始めた。
「う…わぁ」
陽はフォークを握ったまま、嬉しそうに外に見入った。
「…だから、こっちのレストランにしたんですね」
碧が俺を見返った。
「そ。涼しいレストランでワイン呑んでフレンチ食って、正面から花火って最高じゃん?」
花火は、本当にこのレストランの正面あたりに次々に上がっていく。
そして下の浜名湖に、光の粒がキラキラ、零れ落ちていくまでがパノラマのようによく見えた。
他のテーブルの家族連れの子供たちも歓声を上げて、窓に駆け寄った。
「綺麗だなあ、杜?」
「…ああ」
杜が、陽の髪を柔らかく撫でて、その手はずっと、そこから離れない。
いいよな、誰も見てないし。
ウェイター達も、誰も手をつけない皿の給仕を止め、窓の外を眺めている。
俺はテーブルの下で、そっと碧の手をとった。
碧は、咲いては散り零れる花を見つめたまま、俺の指を握り返す。
花火も、旅も、これ一度にするつもり、ねえけど。
だけど、初めて一緒に見るのって、やっぱり特別だよな。
何度一緒に見ても、俺はきっと、今夜を忘れない。
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