愛が実ったエピローグ


「そこまで極論いく?アタシはメラクが【白の王】で良かったと思うけどね。」


「は……?」


「だってメラクはキョーさんの境遇を酷いって思える優しい心持っているじゃん、ダイスケさんとのことだって、キョーさんの幸せを願ってたってガチで言ってたし。」


「あっ……!!」


 これには私もハッとして、そしてメラクくんの真意に遅れて気づいた。

 彼は私の理解者が現れることを、そして己の歪みを止めてくれる人が現れることを願っていた。その時点で彼は自分を見誤っていたじゃないか。


「メラクが残酷なことをしようとするなら全力で止める。取っ組み合いでも酷い言葉使ってでも止める。ちゃんとごめんねっていうから。でもさ、アタシめっちゃ鈍いから察するってこと苦手なのよ、だから何かこれ残酷なことだなーって思うものきたらちゃんと話してね。いい?やる前にアタシに話してね?」


「……ダメだって、止めてくれるの?【白の王】だからやらないとダメだって、そんなこと言わないで?」


「【白の王】でもやっちゃいけないこととやっていいことはあるでしょーが普通に。自分でその判断がつかないならアタシに相談してよ。」


 星屑が映り込んだアミさんの瞳は何よりも美しくて、メラクくんへの慈愛がこもっていた。


「だってアタシ、『メラクの運命の人』じゃん。」


 私は無意識に詰めていた息を吐いていた、良かったと安堵の感情が広がる。アミさん程メラクくんを想う人間はいないと私の勘は間違いなかった。

 【半身】となったあの子の努力を知っていた。力を十全に使えなくて悩んで、使えない時に何かあってもメラクくんを守れるよう必死に努力している姿を見ていたし、ダイスケくんからも聞いていた。

 決して頭がいいとは言えないし言葉遣いも独特だけど、真っ直ぐな心根は朝の光によく似ていて、彼に相応しいなと私も思っていた。


「アミ、っアミ。」


 メラクくんが腕を伸ばして、自分よりも一回り小さいアミの身体を抱きしめた。

 

「バカな俺を止めて欲しかった、俺の力で誰かが苦しむと知ってても、何も思わない異常な俺を、間違っているんだって、否定して欲しい人が誰もいなくて、俺は怖かったんだ。自分が正しいって思い続けておかしくなるような気がしたんだ……っ!!」


「うん、そんな感じで話して、ゆっくりでいいんだよ。」


 彼女は言葉にすればいいと頷いて、崩れ落ちるメラクくんの背中に、腕を回して摩っている。


「メラクがずっと思ってたことってさ、言葉にしづらいのいっぱいあるんじゃない?だから時間かかってもいいから思うことだけ話してけばいいよ。今日だけじゃない、明日もある、アタシ、ちゃんと聞くから。」


 不意に【半身】と【白の王】を、空から降ってきた雪のような白い光が包むように廻っていく。近寄りづらくも美しい光を見た覚えはないのに懐かしさを感じる。思わずダイスケくんを見ると、ダイスケくんも私を見てたようで視線がかち合った。


「……ねぇキョウちゃん、これって。」


「……もしかしたら、ね。言葉は野暮だ、見守ろう。」


 2人の会話は聞こえないが、ダイスケくんと目を合わせて空気を読み合い、息を潜めて見守りに徹すると決めた。


「どうしよう、俺、わかってほしい、って、俺の、我儘で、い、っぱい、誰かを傷つけてきて……っ!!」


「アタシが来る前にやったことを言ってるなら、謝罪の仕方……っていうのかな?は、これから考えてもいいんじゃない?ゾンビもどきがまだいるなら、ちゃんと真実話して元に戻すとか。もちろんアタシも手伝うからね。」


 アミさんを包む白い鎧が光を取り込んで輝き始める、縋るメラクくんの背中を撫でる手も守るように、光は意志を持って包み込み、真珠とオーロラを合わせた色の籠手を作り上げていく、メラクくんが作った拘束魔法を無理やり引きちぎった跡は光の雪によってすっかり癒えていた。


「アミ、ごめ、ん、ごめんねっ。」


「アタシに謝ることした?」


「酷い、言葉、酷い言葉たくさん言った、アミを、傷つけたっ……!!」


 後ろ姿からでも分かるくらい肩でしゃくりあげ、子供のように泣くメラクくんを、飽きもせず籠手を纏った手は背中をさすり続ける。


「うん、だいじょーぶ。メラク。もうだいじょーぶだよ。」


 白銀の星のような光は2人を癒すように降り注いでいる。


「綺麗だねぇ。」


「そうだね、俺らの時もこんな綺麗に見えたのかな。」


 思わずそう呟けばダイスケくんも同意してくれる、太陽はもう沈んでいて、暗い辺りを月と星が美しく彩る夜となっていた。

 だからなのか、【白の王】と【白の王の半身】を祝福する光は、白銀以外の7つの色を伴って降り注ぐ美しい光景を眺められていたのだった。


 さて、その後の締めと行こうか。

 国の突出した治療技術の関係上今まで国交のなかった故に『白の王がお忍びで来訪された』話は交易担当の男が死んだことで『無かったこと』にされた。というかした。


「そちらの大臣殿が考えていた計画が失敗に終わるとわかった上であえて話に乗ったうちのメラクくん……【白の王】も結構悪ですが、護衛と偽って刺客を送り込んだことも中々悪いことだと思わないでしょうか?手法的に密猟……そっち風に言えば『誘拐』ってやつですよね?」


 あっちの国とのお話し合いは私が率先して担当した。メラクくんが止めてきたが構うものかとダイスケくんを伴い、神殿の広間にて国の代表を丁重にもてなしてあげたのだ。

 ダイスケくん曰くの『二度と見たくない目の笑っていない笑顔』を終始崩さない姿勢と、彼が保存してくれたメラクくんを地下室に連れていく一連の流れの映像をきちんと最後まで見せたところ、私が提案した『無かったこと』の方がデメリットが少なくメリットが遥かに大きいものだと向こうもわかってくれた。

 何せこれは国の中枢に隠された地下室での騒動、人間を使って計画していたことは後ろ暗さしかない。公になれば【白の王】の失態を出汁に強請って出せるだろう旨味よりも自国の自滅が先立つものと判断してくれたのだろう。

 それでも強請ってくるとしたら私という破壊の権化に消し飛ばされる運命を辿らせようかなーって思っていたけれど。


「中々エグいやり口だったよ、キョウちゃんも腹黒いね。」


「そりゃ【黒の王】だもん。」


 いそいそ自国へ帰るトップ殿の背を見つめてそんなやりとりをしていた私とダイスケくんは、お互い悪い顔で笑い合った。

 騒動の始末はこれで大体終わったので渦中にいた白の王と【半身】の元へと向かう。場所はわかっている、神殿の裏だ。

 そこはメラクくんのお気に入りの庭がある。澄んだ湖に白い花がいくつも咲いて浮かんでいるところで、時折水に纏わる力ある者が休みに訪れる珍しい光景が見れる場所だ。

 メラクくんとアミさんがここをお昼ご飯の会場にして、お詫びとして奢ってくれるご飯の準備をしてくれているのだ。


「まさか俺がキョウちゃんに怒られる日が来るなんてね……。」


「アタシも、メラクがキョーさんに怒られるところ見れるとは思ってなかった。めっちゃ怖かった。」


「えっ、私そんな怖かった?」


 2人揃って頷く、というか隣のダイスケくんも失礼なことに何度も頷いていた。


「戦場以外でキョウちゃん怒らせちゃダメだなって思った。」


 ダイスケくんが身震いして遠い目をしているのは、多分私が饒舌にメラクくんを言いくるめ、黒の王権限を行使して謹慎命令を出した日を思い出しているのかな。

 私はただ黙って無茶したことについて咎める言葉をかけつつ、青褪めたメラクくんへ。


「あれこれ気負わなくても国外の疫病関係は少ないらしいから、メラクくんも少しは長く休んでもいいんじゃない?交易?私だってやれるさ。ダイスケくんもいるし、ついでだから裏で蔓延っている奴隷市場も潰してくるよ。ってことで黒の王の交代権限使わせてもらうからね。」


 と遠回しに休めと言っただけだ。うん、思い返しても全然怖い要素ないぞ、こっちが引き受けた方がスムーズに行く案件を引き受けるって諭している。


「というか、メラクとキョーさん双子って事実もびっくりなんだけど。」


 説得している最中、メラクくんがうっかり「姉さんごめんって!!」と零したことですっかり忘れ去られていた私達の家庭事情へ話題が移った。


「ああ、隠すことでもないけど話すことでもないって思ってたから……。」


 と、私は前置きして、軽く家庭事情を話した。


「私とメラクくんの母は【白の王】、父は【白の王の半身】。【黒の王】が途切れなかったのは王が授かる子はいつも2人と決まっていて、【白の王の半身】の力を受け継いできた子供が【黒の王】となったんだ。」


「ってことは【黒の王】って初代以降はずっと子供いないままだったんだ?」


 「へえー!」と感心するアミさんの声でメラクくんには届かなかったけれど、ダイスケくんのどことなく沈んだ声を私は拾っていた。

 きっと彼の中に【黒の王の半身達】の記憶があるからだろう、暗い顔は綺麗な庭に勿体無いと思って背中を叩く。


「今の私はダイスケくんがいるんだ、歴代と違うことが起きると思っているよ。」


「キョウちゃん……そうだね、うん、これからだよね。」


 慰める為に彼をしっかり見た私の顔を見返したダイスケくんが、ポカンとした後すぐニコッといい笑顔になった。おや?と思ったのだが、リクエストしたサンドイッチとスイーツが視界に入った瞬間、私はそっちへ思考が飛んでいったのだった。


「うーん、わからないのは本人ばかりってことかー……。」


「確かに、愛され慣れていないキョウちゃんに取っては、これからが大変かもねぇ。」


 アミさんやメラクくんまでもが訳わからないこと言っているけど、用意してもらった料理を皆が手につけ始めて、楽しい昼食会が始まったのだった。

 

「で、休み貰ったのはいいんだけどさ?好きなこととか、やりたいこと探せって言われてもわからないもんだね。」


「あ、それ分かるわ、アタシも立ててた予定潰れた時よく思うよ。」


 何杯目かのお茶を啜って、メラクくんが苦笑して切り出した話題にアミさんも乗っかる。これからの休暇をどう過ごすかは、私もある程度把握したいと思ってそのまま聞くことにした。


「それでもって、アミにたくさん話したいことあるんだけど何を話せばいいのか分からなくて、その時間も欲しい気持ちもある。」


「うーんと、それはメラクが話せそうなことから好きに話せばいいよ。アタシは話の順序とか全然気にしないし。」


 悩ましい顔をするメラクくんを元気付ける為に、陽の下で笑うアミさんが纏う白い鎧とマントが改めて目に入った。

 夜の帷ではわからなかったけれど、太陽の下で見ると虹のアーチを思わせるように7つの色が浮かび上がっている。ダイスケくんの鎧とは浮かび方は違うんだなと思っていると。


「……じゃあさ、1個俺が思ったことっていうか、話しておくべきこと話すね。」


「話すべきこと?うんOKだよ。」


 メラクくんが悪戯っぽく笑って、お茶を揺らした。


「アミの力も、歴代の【半身】とは違う力が宿っているよ。」


「……は?まじ?」


「まじ、だよ。敵と見做した者を滅する力に破邪の力は旧来から伝わるものだけど、崩れた肉体や異形化したものを再生させて滅することを、アミはやってのけていた。両立しない2つの力をアミは使える。貴族の息子も赤ん坊も元の姿に戻っていたのを俺は見たからね。」


 アミさんが信じられないと言う表情でメラクくんを見ていた。どうやら彼女は自分の力が発動している時、自分のことを見えてないようだ。


「今度自分が力使った時見てみるといいよ。」


「え、必然的に動く死体と戦うことになるじゃん、それは嫌なんだけど。」


「……ああ、うん、そうなるね。」


 驚きから一変して苦い顔をするアミさんに、メラクくんはちょっと目を逸らして……おや、メラクくんちょっと笑っているけど、これは嫌な予感。


「そうなるね……ってまさか!!」


「……過去の俺って、本当バカなことをしたねぇ。」


「ああぁ!!休み取ってる場合じゃないじゃんこれえぇぇ!!」


「あっははは!冗談冗談!!」


 頭を抱えてもの凄い大声で嘆くアミさんのリアクションは予想通りの反応にご満悦で、腹を抱えて子供のようにメラクくんは笑った。

 ちなみにざっと過去の国交を見たけれど、メラクくんが彼女の言う死体もどきの事例は今のところ報告が上がっていない。ただ冗談にしてはタチ悪いから釘を刺した。


「メラクくんジョークはいいけどその手のものは控えよう、流石の私らも寿命縮む。」


「わかってるよ、折角キョウちゃんも唯一無二を手に入れたんだから、長生きしてもらわないとだし。」


 メラクくんは不意にダイスケくんへ目配せをすると、ダイスケくんは私の手を取って立ち上がる。何をするのか、と問う前にメラクくんの瞳はアミさんへと向けられているのが見えた。


「……メラク?」


 笑い納めたメラクくんの朝日色の瞳を、栗色の瞳がしっかりと見つめ返している。白の王としてではない、そこにいる【メラクくん】をきちんと写していた。


「アミ。」


 メラクくんもまた、ありのままの彼女と向き合っていて、自分がアミさんへ抱いている感情に自覚を持って、それを伝えるために名前を呼んだのを悟ると、私もダイスケくんの意図を遅れて察して、背を向け足早に去る。


「アミのことを、愛しているよ。」


 遠くから聞こえた声の後、彼が一体何をしたか、その時メラクくんの表情が実は異世界から落ちてきたアミさんを迎えた時と同じ表情だったこと等は、アミさんが私と茶飲み友達になって暫くした後語ってくれた。


 そしてメラクくん達の雰囲気を壊さぬようそっと庭を離れた私達なのだが。


「色々終わったら、私らも長期で休暇取ろうかー。」


「奴隷市場全部潰したら当分は侵略なくなるんだっけ?」


「そ、見つからない道って進軍ルートとして応用効くんだ。」


「ああ、今明るみにしちゃえば下手な侵入目論む国も当分なくなるってことか。」


 付け加えれば、奴隷市場を全部潰せる程の【黒の王】の戦力が知れ渡れば当分我が国へ侵略を目論む連中は減ると読んだのと、私も正直休暇取って「ああー暇だー。」みたいな気持ちを味わってみたいな、という思惑もある。


「そうしたら俺らの結婚式考えようね。」


 思いを馳せていたらダイスケくんが聞き慣れない儀式の話を私に振ってきた。


「け、こん、式?」


「結婚式だよ。」


「ケッコンシキ?聞いたことないんだけど、式ってことはダイスケくんの世界において【半身の儀式】と同じくらい大事な儀式なのかい?」


「……うーん、そこからかー。」


 聞き慣れない言葉に首を傾げたら、ダイスケくんは苦笑して私の手を取ると手の甲に口付けた。


「こうして……病める時も健やかなる時も共に支えていくっていう、俺の世界での愛を誓う儀式だよ、手始めにアミちゃん達の方が先に事を起こすだろうから、それで学ぼうか?」


「学ぶほど大変?」


「そうだよ……その為にはさっさと仕事終わらせた方がいいね。」


 それはそれはとてもやる気を出したダイスケくんの活躍によって、私とメラクくんが予想した以上に早い時間で奴隷市場を潰した後。


 魔力を制御したり増幅させる以外でつけることのなかった指輪を愛情の結晶として渡されたり、縁遠いと思った白いドレスや白い宝石を身に纏うことになったり、同じく白い礼服を着てより格好良くなったダイスケくんに公衆の面前でもう一度。


「愛しているよキョウちゃん、一緒に幸せになろう。」


と、口付けと共に告げられるなんて、この時の私はどれ1つ知らないのだった。

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破壊担当黒の王、破壊対象は不幸です 柴犬美紅 @48Kusamoti

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