掬い上げた黒い気持ち

「素晴らしい国ですね。」


 国を一望できる一室は、来賓をもてなすために造られたのだろう広く、飾られた調度品も高級なもので揃えられている。国の交易を担当している男らしき人物へ、メラクくんは褒め言葉を向けた。2人は綺麗な皮のソファで対面して座っている。


「治療機関に熱を入れいているとは噂に聞いておりましたが、これほどまでとは思いませんでした。」


「これはこれは……白の王たる貴方様にそう言われるとは光栄ですな、しかしまだまだ、苦しむ民はいるのですよ。」


 メラクくんを持て成している男は窓の外、真下で行き交う人々を見下ろした。


「此方側が手を尽くしても、怪我も病もなくならないならば治す手段を多く作ろうと魔力、薬学、最新の技術……余すことなく研究し尽くしました。」


「民のために、長く険しい道を選ばれたのですね。」


「はっはっは、結果として今この光景が現実となっているのですから、必要な道だったと言えるでしょう……ですがね、私はあることに気づいたのです。」


 年を重ね皺が深くなった男の顔には笑顔はまだ浮かんでいる、背筋に悪寒が走るほど嫌な笑顔で胡散臭さが全面に出ている。


「いくら手を尽くしてもこの世から病や怪我がなくなることがないのなら、これから先の人間は不測の事態が起きても、未曾有の病に侵されても、強い自己再生能力を持つ身体が必要だと。」


 深く皺の刻まれた目尻は緩んでいるが、メラクくんを見る瞳は品定めをする物を見るような無機質な色が宿っている。言葉の意味と自分が置かれた状況を悟ったけど、もう遅かったようだ。


「今の我々がそれを持つことは無理だとしても、次世代以降ならば可能だろうと、白の王、貴方様の力を知って私は思ったのですよ。」


「そのために俺を呼んだということですね、俺の力を使ってその可能性を現実に近づけるために?」


 この国に自分を呼んだ真の目的に気づいた瞬間、背後に控えていた護衛から冷たい殺気が一斉に膨れ上がったのを感じたらしい、首を動かしてメラクくんの背中に抜き身の刃を向け逃げ道を絶っているのを視認するが……流石というか、メラクくんは余裕を崩さすむしろ呆れたように笑った。


「何もここまで脅さなくたって俺は逃げませんよ。面倒ですけど白の王の仕事は終わっていませんし、次代もまだいなくて、生きていないといけないんですから。」


 他所行きの仮面を早々に脱ぎ捨てて両手をあげる。私の視界の脇で今にも飛び出していきそうなアミさんをそっと手で制して、彼らのやり取りを見続けた。


「と言うことは、協力していただけると?歴代の白の王は、私の協力を拒んできたと言うのに?」


「『生来の能力を故意に曲げることは出来ない』、という理由でしょう?俺もそれは間違ってはいないと思っていますよ。だから……。」


「だから?」


「何故歴代の【白の王】が貴殿の協力を拒んだのか、貴方が思い描いている理論に俺の力を使うとどうなるか、実際に使ってその目で確かめてみたらいいと思ったんです。」


 希望を運ぶと呼ばれる金色の目が緩む、まるで自分が危機に瀕していることを愉しんでいるかのようだった。


「なんて言うか……意外とメラク様って腹黒いんだね?」


「腹黒いって何?」


「どう説明すればいいのかなぁ……人の裏をかくのが好きな性格?」


「おお、メラクくんにぴったりな言葉だ、今度から使ってみよ。」


 ここは、独自の治療方法で貧富関係なく最先端の治療が受けられる制度が整った国として最近頭角を現していた国。我々の国と接点という接点がないと思われたのだが、何故か【白の王】に自国への会談を何回も求めていた。歴代の王は一度は応じ、それ以降は応じないの一点張りだったと言われている。理由は知られていなかったが、【白の王】の再生の力で不老不死を再現できないか試さないかと持ちかけられていたからと今判明した。


「いやぁーそれにしても、この追跡魔導機?っていうの?俺らの世界と似た仕組みで助かったよ。」


 それら全ての会話を聞き納めつつダイスケくんが台に嵌め込まれた宝石に魔力を流していく。真四角の壁に音声付きで映るメラクくん達の姿はこれで保存される、と使い方を教えただけであっさり習得する私の半身、実は優秀?


「キョウちゃんが持って来てくれた宝石のおかげで録画と転送もできた。俺らがどうして此処に来たかって理由をしっかり説明できるよ。」


 来訪の報せもせず突然メラクくんが国交に行っている国の重要人物の屋敷に飛び込めば、当然理由なき来訪は歓迎されず追い返されそうになった。仕方ないので身分を明かした上で此方に当国の代表がいることを知っていると告げたところ、何と守衛は無言で我々に武器を向けて来たので、これまた仕方なく気絶してもらう羽目になった。


「キョウさんマジ強いんですね……。」


「そうでもないよ?相手方も未熟だったみたいだし。」


 やったことはシンプル。鎧を破壊する程度の力を込めて首筋を狙って微弱な電撃を撃ち込んだだけだ。バラバラになった鎧の上で倒れ伏す守衛はしばらく起きない位には調整した。

 そのお陰なのか、屋敷に敷かれた映像魔法を一望できる部屋を見つけられて、ダイスケくんがゆっくり録画画像を手中に収める時間やメラクくんが連れて行かれる場所を探る時間までたっぷりできた訳である。


「さて、メラクくんがこのままどこに行くかが追えればなー……。」


 私は壁を睨んで、しばらく彼らが歩くという地味な姿が続いた、が。

 嫌な予感というのは当たるもので、とある曲がり廊下に入った瞬間ブツンと真四角の映像は切れてしまった。ダイスケくんも早々に宝石から手を離してしまった、残念、ここからは自力でメラクくんを探さないといけない。


「アミちゃん、メラク様がいる場所わかるよね。」


「あ……うん、分かるけど、言っても今のアタシじゃこういう守衛さんとか倒せないから、もしそういうのいたらちょっと……。」


 映像が途切れた、ということはこの先は映像に映せないところ。護衛だの何だのがいないなんてことはないだろう、今のアミさんはそれら連中を相手どる力がないことを気に掛けているらしい。


「それは俺とキョウちゃんが何とかする、アミちゃんはメラク様がいるだろう場所に俺らを案内して。」


 ダイスケくんの提案にアミさんは瞼を瞬かせる。


「思い出して、俺達が誰だかさ。」


 追加した言葉にアミさんはハッとして頷いた。


「キョウちゃん、いいよね。」


 彼は自分の手の周りの空間から集まった一本の槍を握った。王の意図を【半身】が汲めるのなら、【半身】の意図を王が汲めないはずがない。

 

「アミさん、お願いが1つあるんだけどいいかな。」


「えっ?は、はい!」


 視線を向けたアミさんは、背筋を伸ばして固まっていた。そんな彼女に苦笑一つと願いを一つ告げる。


「……本当は私がビンタして怒ろうか考えたんだけど、メラクくんには君の言葉の方が効きそうな気がするんだよねぇ。」


「アタシの、言葉?」


 アミさんは戸惑っているし、メラクくんの性格を変えられる確信的な根拠を私は持っていない。

 けれど、私が今此処にいるのは間違いなくダイスケくんの、心から私を想う言葉だった。


「そ。もし君の中にメラクくんを好きな気持ちがあって、今もなお【半身】としての覚悟があるなら、それをしっかりメラクくんに伝えて欲しい。」


 メラクくんは自分を愛がない人間だと自嘲した。でも私は彼がそんな人間じゃないと思っている。

 私の考えが果たして伝わったか分からない。けど、アミさんは瞬いた目を瞑った。それは考え込んで結論を出した仕草だったらしい、ぐっと拳を握って再び此方へ強い意志を持った瞳を向けた。

 それだけで、これからやることはただ1つ。


「じゃあ、行こうかダイスケくん。」


「背中は任せて、キョウちゃん。」


 漸く大勢の金属の擦れる駆け足に、私は【黒の王】らしさを意識して笑みを唇に浮かべた。


「【黒の王】と【半身】こっわ……。」


「ええー、野外だったらもっと派手に力使えるんだけどねぇ……ほら、私天候操作が一番得意だから。」


「野外でもこれくらい大人しく後方で戦ってくれた方が俺としてはありがたいんだけど。」


「そこは…………前向きに検討させていただきます、であってる?」


「要求を飲めない人の解答としては正解だけど、早めに飲んでね。」


 どこからでも湧き出る素人の域を出ない護衛らしき人間を失神させ、アミさんの指示通りに屋内を駆け抜けて大分経った頃だった。アミさんが「ここにメラクがいる!!」と叫んだのだ。

 屋内も最奥、アミさんが指差したところは、床。つまり。


「地下かぁ……。」


 私はゲンナリした。厄介な魔法だの仕掛けだのを解かないと行けない場所なのだろう、そう思って私はダイスケくんに目配せした。

 私のお願いを察してくれた彼は、無言で槍の穂先に親指を突き立てグッと力を込めると小さい刃に血が行き渡らせた。それを逆さまにして、軽く突き立てる。


「おっぇ!???」


「静かに。」


 ブワッと強い風が直撃して悲鳴を上げそうなアミさんの唇に人差し指を立て、ダイスケくんを見守るよう制すると槍を突き立てたところのカーペットが紫の光に操られて音もなく捲り上がった。


「えっと……これって探知魔法?ダイスケさんに探知魔法使ってもらって、後で解析するってことですか?」


「そう、ちょっと時間はかかるけどね、私が1からやったらそりゃあ簡単だけどそういう魔法使う時は、必ずどっか壊さないといけないからねぇ……そこがピンポイントで地下に繋がるところならお咎めないだろうけど、違ったら賠償しないとじゃない?」


「あの、キョーさんそれもう手遅れじゃ……。」


「鎧と武器の破壊だけだから大丈夫大丈夫。」


 恐る恐る問うアミさんに私は笑顔で返答、だって道中、屋敷の備品はまだ壊してない。


「キョウちゃん、ここ。」


 意外と早くダイスケくんから指摘があり、しかもわかりやすいように指で地下室へ続くだろう仕掛けのある床を光で示してくれた。

 私はそこに近づき示された場所を見ると、この仕掛けが簡易的な封印魔法で済まされていることがわかった。原理がわかれば簡単だ。突き出した掌に集めた魔力を、その封印に使っただろう魔力量より数倍多めに増やして圧を掛けて吹っ飛ばせば。


「よおーし開いた。」


 しっかりと階段が目の前に現れた、うっかり床まで粉々にしたのはご愛嬌ということにしてほしい。


「あーあ、とうとう備品壊しちゃったねキョウちゃん。」


「床くらいなら弁償できるできる。というか雑に魔力上げただけの封印魔法なのが悪い。」


 という話をしながら、私達は粉にした床から現れた階段を降りていった。


「そんな、そ、そんな……!!」


「そんな、も何もないですよ。これが貴方の望んだことですよ。」


 扉がない分長く長く続いた階段の先にあったもの。絶望と驚愕に満ちた男の声と、淡々としながらもどこか愉しそうなメラクくんの声。

 そして、寝台に寝かされた女性達で、その誰も彼もが細い腕に点滴を刺して目を閉じ眠っている。でも腹部は皆異様に膨らんでいた。


 壁一面に埋め込まれたガラス製の何かは色々な文字や数字が羅列されていて、他にも丁寧に埋め込まれたよくわからない機械?から、ここで行われているのは非人道的な行いなのではと察せられた。

 私は思わずこれら機械をどう破壊するか頭の中で算段を始めたが、メラクくんの淡々とした声にその思考はすぐ遮られた。


「再生の力は確かに貴殿が考えているような恩恵をもたらすことができるでしょう。肉体が、俺の力に耐えうるほどの器であれば。」


 「何故、何故。」と繰り返す男はもうその言葉を聞いてないだろう、と、機械からブザーが鳴り響いた。


「っアミさん目を瞑って!!」


 ぶちぶち、という嫌な音が女性達の腹部から聞こえた瞬間、私は思わずアミさんの前に立ち塞がった。

 女性達の膨らんだ腹が次々、メリメリと引き裂かれ、赤ん坊と形容できるような、何とも言えない巨大な『何物か』が現れた。女性達のお腹にいた時よりも何倍も大きいのが2〜3体くらいのが。


「白の王達は知っていたんですよ、この力を持ち続けられる程の器は【半身】以外いないことを。それ以外の生物が持ってしまったら、誰も予測できないような異常事態を起こすことを。」


「ど、どうして、どうしてそれを言ってくれなかった!?」


「言ったところで信じましたか?信じないでしょう?謙遜せずとも白の王なら出来ると言って笑い飛ばしたでしょう。」


 断末魔の悲鳴。ゴトリ、ガシャン、と重い音が聞こえても、メラクくんの声はよく通る。

 すっかり忘れていたがメラクくんの背後を取っていた兵士が『ナニか』によって頭から丸齧りにされ、剣やひしゃげた兜が落ちたところをバッチリ見てしまった。

 かの国の重鎮は事態を把握しようと顔を上げて、「ヒィッ!!」なんて情けない声が上げて逃げようとしても後ろは壁だし、前を塞ぐメラクくんの美しいほどの白い髪、白い服、端正な顔で恐ろしさがより倍増となった冷ややかな金色の瞳にかち合って竦み上がっていた。


「俺は歴代の王達と違ってお優しくないんです、説得する気持ちもないし護衛を装った刺客を放って侵略を行おうとしたことを、俺自身が報復しないで他人任せにするような性格じゃない。」


 メラクくんの言い分を理解した瞬間、重鎮は立たない足腰を叱咤して逃げ出そうとしたようだが、メラクくんはそれよりも早く空に線を描いた。光の線が蛇のように蠢いて、彼の足を雁字搦めにしたのだ。


『アアア、ア。』


 そしてそっと横に自分の身体を避けると、人のようで人ではない『ナニカ』が、真っ赤な唇を半月型に歪め、鳴き声を上げて手を伸ばしていた。


「メラク!!」


 アミさんが呼びかけ、『ナニカ』の間に割って入ろうとしたのだが、バチリと隙間にできた透明な壁に阻まれた。しかも同時に、私とダイスケくん、アミさんの手足が光の鎖で雁字搦めになる。


「メラク!?メラクこれ外してよ!!」


「アミ?……ああ、【半身】なら俺の位置は分かるし、キョウちゃんとダイスケくんを連れてくるのも賢明な判断だ。」


 メラクくんがやっとこっちを向いた。その顔は笑っていて意図がいやでもわかってしまう表情をしていて思わず悪態をつく。


「なーに今気づいた体取り繕ってんの、結界に妨害魔法なんて大層な意趣返しまで仕込んでおいて。」


「流石、最近やらかしたキョウちゃんなら分かるか。」


「死ぬ気はないって言っておいて今にも死にそうな状態になってるけど、助けて欲しくないの。」


 私の煽りにメラクくんはまだ余裕の笑みだ。


「そうだね、俺は今、己が捻じ曲げた命に食われる寸前だ。実験体とされた母子に対して何の感情も湧かず、俺が加担することでどうなるか分かってて力を貸し与えた残酷な俺には相応しい末路だと思わない?」


 彼の金色の瞳に、喜びと形容できる感情が初めて浮かんだ。


「王のどちらかが運命の伴侶たる【半身】と結ばれれば、【白】【黒】の王、どちらも生まれる。優しいキョウちゃんとしっかり者のダイスケくんの子ならきっといい王達になる。」


 嗅ぎ慣れた鉄と独特の肉の匂いが充満する狭い部屋で不気味な鳴き声が間近に迫る中。


「ねぇキョウちゃん、俺はどうして【白の王】として生まれたんだろうね。」


 目を閉じたメラクくんが、私に答えの出ない問いを告げる。


「君は【黒の王】らしく敵に対して無慈悲に振る舞うけど、死者を出したことはない。誰かを傷つけることを厭う本来の性質は母上……【白の王】そっくりだ。」


「そういう君は母さんを守るために無慈悲に人を殺してきた【半身】だった父さんに似ていると言いたいの?」


 メラクくんは答えない、けれど笑みを綺麗に貼り付けた瞳には私への羨望が透けていた。


「ああ、俺こそが【黒の王】であれば、良かったのにね。」


 答えを吐き捨てたと同時に、胴体部分の鎧ががちゃんと2つ分床に落ちた。


「こうして死にゆく相手に悲しみも何も湧かないから、遠慮なく戦場で誰かを殺すことも戸惑わなかったのに。」


『アゥアァ、アウィ。』


 メラクくんが力を注いで生み出した『ナニカ』が喃語を発していよいよ迫ってきた。アミさんが思わずと身を前に出して叫んだ。


「メラク逃げて!!ていうかアタシらの鎖外して!!」


「ごめんね、それ、俺が死なないと解けない仕様にしているから。」


 心から喜んでいる笑顔のメラクくんに思わず舌打ちが漏れる。

 何の制約もかけてなければ力づくで破壊できたものだが、『死なないと解けない』ものは本当に何をしても、それこそ私が最大魔力をかけても解けない仕様。

 力加減を知らなそうな肉のついた太い赤子の腕が伸ばされる、彼は静かに受け入れようとしていた、その時だった。


「ふっざけるなああああああぁ!!!!」


 バキメキととてつもない破壊音がすると、見えない壁を貫通して眩い白の閃光二つが叩き込まれた。


「よくわかんない自分の解釈で、勝手に、死ぬくらいなら!!」


 隣を見ると両腕の鎧と服が溶けて肌が焼け爛れても、その手にいつの間にやら現れていた2丁拳銃を赤子目掛けてしっかり構え、銃口から光の小さい弾丸を赤子めがけ距離を稼ぐように撃ち続けるアミさんが怒っていた。


「アタシの、話くらい、聞けええええぇっ!!!!」


 怒号と共に駆け出そうとする脚を拘束していた光の鎖が塵となった。

 足が軽くなった分凄いスピードでメラクくんへと突っ込んでいったアミさんは、十分遠退いた赤子の前に立ち塞がる。

 

「ってかうっわ余計近くで見たらグロっ!!ねぇメラク怪我ないの?!噛まれて感染してゾンビとかないよね!?」


「ア、ミ?え、アミ?なんで?あれ、壊せた……。」


「そんなんどうでもいいでしょ今は!!怪我は!!」


「な、ない、ないよ、っていうか怪我はアミの方が……。」


「それよりとっとと話!!いやその前にこのキモいの!!」


 呆然とするメラクくんは、腕を引っ張り自分の背にしっかりと隠すアミさんへ信じられないようなものを見る目を未だに向けていた。

 今、頭の中がずっと『どうして』が占めていて状況の把握に追いつかない顔をしているだろうか、彼女からの問いにうまく答えられない構図は面白いから静観する事にした。


「ってかあのキモいの何!?1体増えてるんだけど!?力思いっきり込めて引き金引いてOK!?」


「え、と……あれは……あれは……。」


「まああれメラクのこと餌みたいな顔してみてるからやっちゃわないと話も何もできないし?やっていいんだよね!?」


「う、ん……でも、話聞いてた、よね?あれは俺が作り出したみたいなもので、俺の力をまだ生まれていない胎児に注いで、どんな病も怪我もすぐに再生できる人間を作り出せるかどうかを試した結果、で……。」


「それは聞いてないけど立案者頭おかしいこと考えるね!?そいつどこ!?メラク巻き込んだの腹立つから一発ぶん殴りたいんだけど!!」


「そこに……あ、もう死んでる……。」


 未だ困惑顔のメラクくんが指差したところには、彼が身に纏っていただろう服だけが残されていた、いつの間にか死んでいて私も驚いた。


「はあ!?こういう時は生きてろよ!!うっわしかも骨すら残ってない食べられているとかもうちょっと抵抗しろよ!?」


「ええ、理不尽……。」


 なお銃弾を撃ち続けナニカを近づけないようにしているアミさんの、理不尽さ溢れた本音に呆然としたままのメラクくんに、私は助け舟を出した。


「メラクくん、もう観念したら?」


「観念……って、何を……。」


 甘んじて拘束されたままの私をメラクくんが恨めしげな視線を送ってきた。


「あの子は君に必要不可欠だって本当は心の底ではわかっていたんだろう?感情的な意味でさ。」


 王であり、血の繋がりにおいて似ている部分があるからこその言葉を投げれば、メラクくんはふ、と本当に諦めた笑顔を浮かべて。


「アミ。」


 あの子を呼ぶメラクくんの声に鋭さが走った、そう、まずはこの状態を脱しないといけないのだと生きる意志が宿った声だった。


「あれは、俺を害する敵だ。」


「OK。」


 【半身】が最大に力を使う時、それは王がそれを害なすものと見做した時。

 歪んだ人間の思考とメラクくんによって生み出された3体の巨大な赤ん坊が、まとめて飛び掛かる。アミさんは片手に持っていた銃を徐に重ね合わせた。

 途端私達が目を伏せたくなるほどの光が満ち溢れる。何とか手で光を遮りながら様子を見ると、重ねた2つの銃は1つになって、大きな口を持つ大きな銃に変わった。

 両手で支えながら狙いを3体に合わせたのか、引き金にかかった指が動いた。


「これでもくらえやあああああぁ!!!!」


 女の子が出すような声じゃないドスの効いたアミさんの叫びと共に、銃口からは魔力を伴った白銀の光が、それも何度も見た弾丸よりも数十倍は大きくて、3体の化け物を全て包むほどの光が放たれたのだ。これには私も驚いた。


「え……?」


 そして誰かの驚愕が声として漏れる、私か、ダイスケくんか、誰かはわからない。私達の目に移った奇跡はそれだけじゃなかったから。

 白い光だと思ったものに7つの明るい色が混じって、虹のようにはっきりと主張した色に包まれた3体の化け物はみるみるうちに縮んでいって、普通の赤ん坊の姿に戻ると瞼を閉じて穏やかな寝顔になる。

 そして光の余波が赤ん坊の母親にも降り注いで、裂かれた腹が戻っていったのだ。


「嘘、二度も……?」


 戸惑う声はメラクくんのものだった。伝聞での貴族の青年の時と同じ、虹の光を放って死とともに再生までも行われた事象、これは紛れもなく歴代の黒の王に続いて現れた、歴代の白の王で『今までなかったこと』だろう。


「アミは、どうして俺を助けようと思ったの?」


「どうしてって、メラクを助けようって思ったから?」


 私達より先を歩いているアミさんがメラクくんを引っ張る夜の道。


「俺はアミを【半身】として利用しているだけだって言い切ったような、ひどい人間なんだよ。愛してないなんて言うような……。」


「そうだねー、アタシそれめっちゃ傷ついてめっちゃ泣いたけど、それでも、この世界に呼ばれてさ、メラクが『会いたかった』って笑ってくれた顔は嘘じゃないなって思ったから。」


「……え?それだけ?」


「えー?それだけって、あとはねー……。」


 アミさんが振り返る、まだ泣き腫らした瞼が治っていなくても、アミさんはメラクくんへ笑った。


「あんな風に突き放されても、すっごいひっどいこと言われたけど、メラクの好きな部分だってそれを越すくらいたくさんあるから、すぐ嫌いにはなれないんだよねぇ。」


 アミさんの笑顔と言葉に嘘はないんだろう。


「そりゃ最初はメラクの顔と表面的な性格?っていうの?そこが好きになったしぶっちゃけ今でもその部分めっちゃ好きだし。そんでさ、今みたいに酷いことしてたこととか悪い面を見たってわかった時、アタシはまだメラクのことを知らないんだなって気付いたの。」


「ア、ミ。」


「そもそも【半身】でこれからもずっと一緒にいるのが決まってんじゃん?ならもっとメラクのことを知る時間が必要だってさ。白の王って面を取っ払ったメラクのこと、アタシ、ちゃんと知りたい。」


 自分達の国が近づいてきた。それを見たアミさんが一度立ち止まって、身体の向きを、メラクくんと向き合う形に変えると、怒っている表情がはっきりと見えた。


「だから、これからはこの前のお坊ちゃんとか今日のこととか絶対よくない奴って思うのは言わせてもらうからね!?っつか何でゾンビ製作みたいなよくわかんない実験に付き合ってんの!?わざわざキモいの作る必要なくない!?」


「あ、え、ご、ごめん?」


「ていうかさあ、白の王だからってメラクがやってて辛く思うこと、やろうとしなくていいんじゃないの?何で態々やろうとするのか意味わかんないんだけど?」


「辛く……思う……?」


 メラクくんの声色が、戸惑いに塗れている。アミさんは怒り顔から一変、さも不思議そうな表情に変わる。


「本当にメラクが悪い人間だったらもっと自分の力悪用して、酷いことしてるの隠し通して墓場まで持っていくもんだよ。」


 あっけらかんとしたアミさんの言葉から、短いような長いような静かな時間が流れた。


「……失望されたかったんだ。」


 顔の見えないメラクくんが言葉を発すると、どんどん飾らない言葉が溢れて流れていく。


「だって俺はあんな性格の人間だ。死んだ人間を無理やり繋ぎ止めることをしても心が痛まない、まだ産まれもしない赤ん坊を化け物に変えることすら躊躇しないような残酷な人間なのに、【白の王】の力を持っているから、慈善活動の一環として許されてしまう、キョウちゃんは……【黒の王】ってだけで何をしても恐れられて嫌悪されるのに……。」


 ああ、だからいつもそう言っていたのか。


「俺みたいな人間こそが、黒の王になるべきだったんだ。」

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る