唯一を得て幸せと一難を得る
顔を合わせた日、漆黒の鎧もマントもひどくボロボロで漆黒を纏ったその人が差し出した傷跡まみれの手が怖くて握り返すことができなくて、見下ろした深い藍色の瞳の冷たさに顔を背けてしまった。
その態度があの人を傷つけたと知らずに、それからその人と顔を合わせることは生きている間一度もなくて、次に会った時はもう既に、あの人は傷だらけの物言わぬ屍となって二度と話をすることは叶わなくなっていた。
『別れましょう。』と言ったのには、戦場を1人で制圧するその恐ろしさに怖気付いて会うことを拒む臆病な自分を気遣う煩わさから解放されて欲しいと願ったから。
初対面から恐怖のせいで元より愛嬌もなく、話もうまくできない自分が更に強張ってとってしまい、直そうにも最後まで直せなかった自分の態度にはあの人も愛想を尽かしていただろう。別れの際すらも会いに来なかったのは、そんな理由からだと思った。
あの人は願いを叶えてくれた。受け継がれた特別な力もなくなって、普通の人間として家族や友人の中に戻った後、彼はずっと戦場で独り、不自由な身体の中で大きな軍隊相手に戦死したと聞いた。
離れても、離れなくても、あの人はずっと幸せと程遠い場所にいたのだと今更知った。
だけれど少しでも歩み寄りができていれば、あの人に些細な幸せを与えられたはずだったと、気付かされたのだ。
【黒の王】も【半身】も思い違いですれ違って、過ちに気づいたのは死んだ王の、誰よりも傷と血でボロボロになった身体を見てからだった。
誰よりも国のために戦っていた人が残忍なだけな訳じゃない、好き好んで残忍なことをしているとも限らないなんてどうして考えなかったのか。
もっと勇気を出せば、もっと寄り添う努力をすれば、もっと話をすれば。
どんなに後悔しても、時を戻す奇跡なんて起こることは黒の王と半身達の間に起こることはない。
王を失った半身達は狂ったように贖罪を求めた。
ある者は国外の不治の病を研究途中で自身もそれにかかり、そうでない者は己の選択に嘆いて自死を選んだ、またある者は戦場で苦しむ全ての兵を救うために王の遺した力と命を差し出した。
『来世があるならもっとあの人に寄り添って、独りにならないように、そんな存在になりたい。』
息絶える寸前まで【黒の王の半身】達が揃って願った一つの希望は、ようやく今、1人の異世界からきた青年によって、実を結んだ。
「っていう【半身】さん達が歴代の【黒の王】様に何も出来なかった後悔?懺悔?みたいな映画みたいな夢を何回も見てさ、じゃあそのやりたかったことを俺達が代わりにやってやるかーって安請け合いしちゃった。」
「……それが、この、デート?」
「そうそう。」
予想だにしなかった黒の王の【半身】の儀式から幾日経っての休日。
一面木と草が敷き詰められた広地にダイスケくんと私はいた。ここは2番目に気に入っている誰も来ない憩いの場、ちなみに2番目なのは戦場となる国境から遠くて駆けつけることができない不便さのため。
さて、ダイスケくんはあの日の熱烈な告白によって私こと【黒の王】の【半身】となった。元々白の王の半身候補兼私の護衛として鍛えていたのと【半身】の恩恵を上手く使いこなして戦力をあげ、下手な兵を数体引き連れて戦場いくよりダイスケくんと私で行った方が制圧速度がぐんと上がったのだ。今では私自体かすり傷一つすらない。
「夢見て思ったんだけど、今までの【半身】さん達がその後不幸せだったのは、【黒の王】様が死んだ後みたいだね。」
「え……?」
「皆【黒の王】様がどんな人か知ろうとしなかったことを後悔して死んでいったんだ。たった1人で戦場で国を守る人が、本当に残酷とは限らないと気づくのが遅すぎた……ってね。」
空の遠くを見上げるダイスケくんは戸惑う私を置いて、話を続ける。
「つまりすれ違いがどうにもならないところまで行っちゃって、後悔を贖罪の行動をした結果が【半身】さん達の末路。」
木陰が程よい木の下、隣同士で座っているため私を見下ろす状態のダイスケくんが笑顔で理論的なことを言っている、ちょっとこう、怖いんだけど。
「要は【黒の王】様達は全く悪くないってことだし、言葉を交わす、話し合うことっていかに大事か身に沁みたって話。だからもう隠さないで聞くけど、最近悩んでるよね?何かに対して。」
「ああー、そこに繋がるのね……。」
ダイスケくんが何を知りたいか気づいて、私は思わず手を額に持って俯いた。彼が【半身】となって幾日、当然ならず者成敗や侵略防戦など国防関係で私は忙しかった。
だけど私の身体には何も不調が起きていない、いつも通りの私だ。
あの日【禁術】は確かに発動して、ダイスケくんの願いは叶えられたというのに代償として設定した私の喜怒哀楽も身体の五感も身体そのものも私にしっかり残っている。
更にダイスケくんは歴代の【半身】と異なり、何と私と同じ破壊の魔力を使って昼夜通して戦えるほどの体力増強まで施されている、異例の存在であること、それらを隠すことなく話した、のだが。
「……俺の頭で考えてもろくな答え出ない気がするから、とりあえずキョウちゃんのこと膝枕していい?」
「期待してなかったけどどうしてそこに繋がるんだい。」
ダイスケくんに難しい話の答えは求めてなかったものの、「まあまあ。」なんていつかの私のような誤魔化し方をされて、ダイスケくんは私を引き寄せて膝に私の頭を置いて何故か寝かせた。
「ちょっと?いいよって言ってないのに何故やっている?」
「キョウちゃん訳わかんないこと考えると寝なくなるまで考えるから、多分寝てなくて余計頭こんがらがってると思ったから。」
完全に図星だった。想定外が気になり過ぎて頭がまとまらないところまで来ているのもお見通しならもう黙って素直に横たわる他ない。だって忙しい合間を縫って自分が完成させた術の解析をしたが、その結果はやはり代償が発生するで変わらなかったのに、思っていた状況と違う現実に戸惑わないほどできた人間じゃないもの。
瞳を閉じない私の額にかかる前髪をダイスケくんはそっと指で払って、大きい掌を額に当てた。そうすると、柔らかさで温かい薄紫色の光が降り注ぐ。何度見ても美しいと見入ってしまうそれは、もう治らないだろうとされた古傷の数々を全て癒した治癒の光。
【黒の王の半身】が王の魔力を請け負うことで使える力は相当強い治癒力があるらしい。初代【黒の王の半身】が行使した範囲は遥かに超えている話を聞いて、彼のポテンシャル?に驚いた。その治癒の力を存分に奮った結果、一生残るだろうと言われた私の古傷は完全に消えた。今、白の肩や背中が大きく開いているワンピースを戸惑いなく着れるのも彼の努力の賜物だ。ちなみにこれはお祝いとしてダイスケくんが選んだもので、但しダイスケくんと2人きりの時だけ着るよう念を押された。
「ねぇ、代償はなくなった訳じゃなくて別のものになったんじゃないかって説はない?」
「代償が、別のものに?」
私の問いに彼は頷く。しかしあの魔法陣を展開した際に、代償を奪う先は【黒の王】に設定したからそんなことは起こらないはずだ。
「まあ例え話だけど……俺の世界でも輪廻転生って概念があるんだ。ただいつまでも未練があると転生できないって話もあるんだけど、もし、この世界にもしも起こることがあるならさ……。」
「……ひょっとして、誰かの、いや【黒の王】に関係する者の魂が代償になったんじゃないかってことかい!?」
「俺らの世界でいう、地縛霊や浮遊霊って概念がこっちでもあるならって話だけど……知ってる?」
首を横に振ると、ダイスケくんは『地縛霊』と『浮遊霊』について簡単に教えてくれた。何かしらの未練があって、転生場所へと逝けない魂を示す。
「まあ俺もそんな詳しくないんだけどさ、もし歴代の【半身】さん達が【黒の王】を避けたことを後悔してて成仏できないままずっと此処に留まっていて、あの魔法の存在に気づいていたとしたらさ、何かやりそうって思えない?」
「そうか、悪意ある魂なら気づいて破壊出来るけど、悪意ない魂はてんで気付けないもんな私……しかも【半身】も王の力を持っているから代償の条件に当て嵌まるし、留まっていた魂が歴代の【黒の王の半身達】だったなら、継いできた魔力とダイスケくんが見たという夢の訴えも私に何も起こらないことも、君の異常な強さの理由も全く矛盾しないじゃないか……。」
何よりダイスケくんは私と幸せになることを前提として【半身】になると望んでくれた、その気持ちが歴代の【黒の王の半身】達の未練を救い上げたとして、歴代の【半身達】はその魔法の【生贄】になると決めた。転生の輪に戻れなくなるとわかって彼の力として【黒の王】を支えるために力へと転換したのなら?
「……どんどん仮説が私にとって都合よく幸せな方向になっていくんだけど……しかも今も幸せなんだよ?こんなことあっていいのか……?」
「寝てない頭のせいでもうパンク寸前になってるね、幸せでいいんだって言ってるでしょ。だって一緒に幸せになろうって言ったじゃん俺。」
「君はそう言っていたけれど、私ばかりが幸せな気がするんだよお。」
真っ赤になっているだろう顔を隠すために前に持ってきた私の手を、ダイスケくんが自分のと絡ませてきたから、その指にほんの少し力を込めて聞いてみた。
「ねぇダイスケくん、ダイスケくんは今、幸せかい?」
「うん、幸せだよ。キョウちゃん。」
彼は私の、細く傷1つない白い手を掬うと口づけを落として甘く優しく笑ってそう答えてくれた。
「戦場が死に場所となっても?」
「好き合った相手と離れず死ねるなら本望だけど、一番いいのはキョウちゃんの子供と孫に囲まれて一緒に死ぬことかな。」
少し意地の悪い質問にも、それすら本望だと笑う琥珀の瞳の光と笑顔に、嘘は微塵もなかった。
「そっか。」
心から安堵した途端、不意に襲いかかる疲労感から転換された眠気に抗えなくなる。
「お休み、キョウちゃん。」
ダイスケくんの声に甘えて目を閉じた。
夢すらも見ないような暗闇に落ちる前に、黒い鎧を纏う男性と黒いドレスを纏った女性が寄り添い、今の自分達と同じく幸せを感じ入っている姿が見えた気がした。
……とまあ、こうして恐れられていた【黒の王】はこうして幸せになったのでした、で、話は終わってくれなかった。
かつての私が幸せだと見えていたものは実は偽りだったこと。
ハッピーエンドを約束された人間にだって言えない思いがあったこと。
それを痛感するトラブルは、間も無く起こった。
「はあ?アミさんがこの世界にいない?」
それはここ最近立て続けに起こっていた侵略についての報告を部屋で記録していた私の元に、ダイスケくんが持ってきた話が発端だった。
「【半身】同士ってどこにいるのか気配わかるんだね、アミちゃん最近見ないなーって思ってどこにいるんだろって気配探ったら、この世界のどこにもいないって事実がわかった。」
「この世界のどこにも……ってことは、元の世界に帰ったんじゃないかな?ほら、【半身】は此方と元の世界を自由に行き来できるから。」
「それは知ってるけど、探った気配が結構消えかかってるレベルの不在は当たり前なの?」
ただ一旦帰っただけだろうという楽観的な私の考えは、ダイスケくんの悪気のない疑問で一蹴された。
その前に私【黒の王】の対となる再生と浄化の魔力を有する【白の王】メラクの話をしよう。
彼の祈りで治せない病も傷もない、大国の大戦で四肢を失った戦士の再生をやってのけたメラクの力は私と同じく歴代の【白の王】を超越していると称された。
で、【白の王】の象徴をしっかりと受け継いだ長く伸びた白銀の髪と、希望の象徴と揶揄される朝日を連想させる金色の瞳、色の美しさを損なわないよう整えられた顔立ちもあって非の打ち所がないときたもんだ。
その彼を支え受け継げる運命の人と同等の意味を持つ【半身】は、私達の当たり前なものと無縁な異世界から呼び出されたアミさんという、まだ10代後半の少女だった。
陽に当たると金にも見える栗色の髪は『美容室』という場所で染めたもので元の髪色じゃないらしいけど、栗色の目は元からの色。この自然な色は綺麗だと思うけれど、銀髪や金髪や虹色の目が闊歩する異世界では地味で目立たない容姿と、正式に儀式を行って力を受けても周囲が期待している範囲まで使いこなせていないだの諸々複合的なものが合わさって周囲の評価は厳しかった。
それでも彼女はめげずに馴染みない魔法と戦う技術を磨いている根性が凄い、とはダイスケくん談。
「メラクと同じくアタシもメラクに一目惚れしちゃったし、厳しく言われてるってことはそれくらい期待されてるってことでしょ?じゃあちゃんと期待に答えないとね!」
周りの評判について気にかけたら、彼女は照れ笑いを浮かべそんなことを言っていたとダイスケくんは思い返すように目を瞑る。
「俺それ聞いて、メラク様に選ばれたのがあの子でよかったなって思ったし力になりたいって思った。ほら、【白の王の半身】は攻撃メインの力だし護衛も担うでしょ?魔法を使わない護身術は兵士さんから教わったのを教えた形だったけど、今なら魔法も教えられるようになったし……って、キョウちゃん大丈夫?めちゃくちゃ眉間に皺寄ってるよ?」
「……ううんと……どうしようかな、まずダイスケくんはメラクと知り合ってそこそこ時間が経っているけど、どんな印象を持っている?」
「何突然、メラク様の印象?」
「そう、印象っていうか……どんな性格だと思ってる?」
「そうだなあ……。」
脈絡ない質問に何でと追求しないで、素直にダイスケくんは腕組みをしてまた目を瞑った。眉間に寄る皺に考え込んでいる様子が見て取れる。
「……優しいし穏やかだし、困っている人を見たら誰でも助けようとする、すっごい聖人?」
思っていた通りの回答が返ってきた。
「え……何か、違った?」
「ううん、まさに【白の王】らしい印象を持っている、と言う訳だね。」
「……違うんだね?」
今度はダイスケくんが眉根を寄せた。私は大きく息を吐くと、私が知っている話を彼に聞かせたのだった。
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