【半身】を幸せにするために

「朗報?やばい国滅ぼして絶滅しそうな稀少生物保護したとか?」


「君の中の私物騒だね。」


 空から直下した私を訝しげに見つめるダイスケくんの琥珀色の瞳は随分と生気を取り戻して、感情も生き生きとしている。これはきっと喜ぶだろうと私は確信を持って彼に告げた。


「何と、君を元の世界へ戻す方法が見つかりましたー。」


「は……は!?え!?マジで!?」


 予想通り、というか予想以上の喜びようだった。

 槍をその場に放り出したダイスケくんの驚愕の表情には、心からの喜びも溢れていた。


「それ【半身】じゃないとダメとか何か色々調整しないと出来ないって聞いてたよ?それじゃない方法が見つかったの?!」


「うん、探したらあったよ。」


「え、軽っ……やれば出来る子って自称じゃなかったんだ……。」


「そうだろうそうだろう、もっと誉めたまえー。」


「そう言うとこが褒められない要素って分かってる?」


 一転して呆れ気味のダイスケくんの感情豊かな姿、見るのはこれが最後だからと私は目に焼き付けながら笑顔を貼り付けた。


「さ、善は急げだ、私の部屋へ飛ぶよ。」


「え今なの!?あ、部屋、部屋の俺の荷物は!?」


「大丈夫大丈夫、一緒に元の世界に戻るよう設定したから、行くよ!!」


 パチンと指を鳴らして風を纏う、槍をボッキリ折った竜巻で身体を浮貸せてから私の部屋まではあっという間だった。


「さあ着いたよ、私の部屋へようこそ。」


 浮遊感が消えたところで振り返る。結構な速度で飛んだから風圧が酷かったのだろうダイスケくんはまだ目を強く閉じていた。


「おーいダイスケくん、目開けていいんだよー、もう部屋だから。」


「……え、これ、部屋?」


 トントンと肩を叩くとようやく目を開くダイスケくん。


「何もないんだけど、え、広。」


「紛うことなく私の部屋だよ。術を使うのにベッドとかあると邪魔だったからね、どかしたんだ。」


 鏡のように己が映る程磨かれた白と灰色の壁と床だけの部屋に、黒いペンキであらゆる文字と図を床一面に描いた部屋が黒の王の部屋と言われても信じ難いのか、ダイスケくんは引き気味に眉を寄せた。


「見るからに禍々しいんだけど、本当に大丈夫なやつ……?」


 問いの声もどことなく震えている、これからなにが行われるか検討つかない不安が手に取るように分かった私は、安心させるように手をヒラヒラと振って声をかける。


「大丈夫、誰かに害は及ばないようにしてるから。っと、ちょっと待っててね。」


 魔法陣の中央に立って膝を折り、掌をしっかりつけて描いた一部の文字に触れる。

 書き写した理論を読み解いたところ、この魔法を完璧に発動させるために重要だったのは、魔力の多さと差し出す『生贄』だった。

 術の発動者が差し出す『生贄』をしっかり認知させるために、私は『素手』をしっかりと押し付けて魔力を流し込んでいく。中央から徐々に広がっていく光が部屋を満たしていった、その時だった。

 

「その魔法は止めさせてもらうよ!!」


 ガンという破壊音が響くと、床に映るは今は見たくなかった白い王と【半身】の姿。思わずちっと舌打ちして、床についた手をそのままに顔を向け笑顔を貼った。


「やあメラクくんにアミさん、何か用?」


「何か用?じゃないですよぉ!!ヤバい術やろうとしてるってマジですか!?」


 アミさんの手には金色に輝くL字型に先が丸く穴が空いている武器、彼女の世界で2丁拳銃と呼ばれるものが握られていた。王の部屋の頑丈な扉を破壊したのは恐らくそれだろう。

 まさか来るとは思っていなくて扉に鍵をかけただけにして、油断した自分に嫌になる。


「アミちゃんにメラク様、俺が帰るだけ……ですよね?慌てる要素あるんですか?」


「そこの描いてある陣が俺の記憶の通りなら、なんだけど……キョウちゃんは君のために禁術を行使しようとしている。」


「禁術!?」


 予想通り、メラクくんは余計なことをダイスケくんに教え始めた。


「それは全ての魔力と命を捧げて【あらゆる願いを叶える】禁術、元の世界に帰すことから世界の破滅まで叶えられる代物で、大分前の【黒の王】が作ったって逸話があった……口頭で特徴しか聞き伝えられなかったものだから完全に復元できないとされたものが、完全な形以上の禁術で発動されている理由を聞かせてほしいんだけど。」


「それ話してもいいけど、どうして此処に君達が来たのか先に話してもらってもいいかな?」


「……いきなり強大な魔力がキョウちゃんの部屋で発生したのを感じたのと同時に、白の王としての勘が働いたんだ。危険を冒すような術が発動される、そんな勘がね……それに俺だって伊達に魔法を使っていないんだ、口頭といえど禁術の特徴、魔法陣の一部さえ見れば何をしたいかは分かる。」


 流石メラク君、対となる【白の王】の勘は侮れないと言うべきか……魔力と魔法陣を見ただけでそこまで突き止めるなんて、と内心感心するも発動の為の集中は欠かさないしやっぱり警戒を緩めた自分の失態に舌打ちした。


「それで?この術を一体どこで知ったのキョウちゃん。」


「その数代前の黒の王が遺した日記だよ。【半身】が望んだ離縁を叶えるために作った術をベースにして私が作り直したんだよ。あ、日記は君達に見つかったら処分されることは見据えていたから既に処分済、もちろん、私が完成させたこの術の理論も一緒にね。」


 その日記を書いた黒の王は、完成させた術を用いて【半身】との離縁を無事に成功させたと記した。

 【半身】だった女性は黒の王の力を全て放棄して普通の人間としての生活を手に入れたと同時に、術を行使した王自身は強大な力を急に受け入れた反動か、【生贄】自身を自分にしたことで身体の下半分が全く動かせなくなるという代償を払ったとも。

 本来術は完全に術者の命を【生贄】にすることを前提に作られたものだったのによく命を落とさなかったと本人も記していたが、この【生贄】の指定がヒントになった。


「まあ聞いてほしい、この術を行使するにあたって重要なのは術に使う為の魔力量と【生贄】だ、数代前の黒の王は【半身】を解放する為に当時保有していた全魔力じゃ足りなかったから自分の命を【生贄】にしたけど、皮肉にも【半身】を解放したことで戻った魔力によって【黒の王】自身の半身が代償になった。」


「魔力が強ければ捧げる【生贄】にも影響が出るとでも言いたいの?」


「さあすが、メラクくん大正解。【半身】を持たない今の私の持つ魔力は有り余るどころか溢れ出ている状態で枯渇とは無縁、それこそ【生贄】を最小限に留めるなんて造作もない。」


「え?え?ねぇどういうことですか?!」


「アミさん、私は女性である前に黒の王。破壊の力は国防の全てを担っている故、なるべく長く国を守る義務がある。ちなみに術を作った黒の王は下半身が全く動かなくなって【半身】から戻された魔力の暴走に苦しみながらも戦場へ向かって、敵を殲滅して死んだ。屍の山と抉れた大地のせいで結構悲惨な状態だったらしい。」


「そ、そんなやっばい状態になっちゃう魔法これからキョーさんが使うんですか!?」


「まあまあ落ち着いて、私も早々に身体動かなくなるのはキツイ、かと言って速攻死にたくない。と言うのを考えた上でこの術を完成させたんだよ。」


 状況を飲み込めないアミさん、メラクくん、ダイスケくん、それぞれに視線を向けて、私はきちんと術に使う【生贄】の内容を告げた。


「1つ願いを叶える度にまずは喜怒哀楽の内1つ消える、それがなくなったら次は視覚と言った五感、次は身体、最後に己の命を差し出すよう、魔力量にモノを言わせて代償の段階というものを設定可能にしたんだよ。」


「代償を設定?!そんなことができるなんて器用な……いやそうじゃない、結局はキョウちゃん自身を犠牲にしているじゃないか!!馬鹿じゃないのか!?」


「名案じゃん、そんな目くじら立てることじゃないだろ。」


 誰も傷つかない解決方法なのに、メラクくんが目尻を釣り上げて怒鳴る理由が本気でわからない、と私は反論した。


「それに馬鹿とは失礼だよメラクくん、【半身】のいない私の魔力が溢れ放題だからこそ代償を此処まで小出しにできるように設定できたんだ、むしろ天才的発想だと褒めて欲しいね。これで私は【半身】がいなくとも魔力を安定させることができる。」


「だから君だけが犠牲になっていることが納得できないって言っているだろう!!そんな術の行使、俺は認めない!!」


 メラクくんは激昂して白く磨かれた杖を振り上げた。まあそれは妨害者が出るだろうと想定して仕込んだ術が発動して、その腕は間も無く黒い鎖によって絡め取られ阻まれる。


「ああごめん、誰か来るかなーとは思って一部の人間に行動制限付けるような魔法仕込んどいた。」


「メラクが使える魔法もキョーさん使えるんですか!?」


「そ、尤も『破壊』を挟まないと発動できないのが難点だけどねぇ。」


 あの時メラクくんは私に向かって【白の王】が使える封印魔法を使おうとしていた、その練り上げた魔力を『破壊』したことで拘束魔法は発動した訳だ。

 実はメラクくんなら乗り込んで来るだろうと想定して仕込んだものだがまさか使用することになるとは思っていなかった。と、1人考えていると、床に拘束されたメラクくんが吼えた。


「何で……何でそうまでして幸せを、受け入れてくれる【半身】を拒むんだキョウちゃんは!!」


「はっ、そうですよ!!メラクはキョーさんのことを心配してるんですよ!?そんな言い方ないじゃないですか!?」


 幸せ、心配、それは本気の気持ちで口にしたのだろう。でも【黒の王】にとって最も欲しくても一生手に入らないものを持っている2人の恵まれた姿、その存在自体に怒りが、努めて蓋を閉めていた私の感情が、少し開いてしまった。


「【黒の王の半身】は選ばれただけで恐れられ、親しい人達も遠ざかり、望まない孤独を強いられ悲しい【末路】を辿った歴史を知っているだろう。」


 白の王と半身は頷く、これは神殿に仕える者達が今でも嫌というほどヒソヒソ言っていることだから繰り返さなくても良かっただろうが、私の真意を語る上で必要な念押しもあった。


「私は【半身】にそんな未来を絶対に辿らせないと誓った、私といるだけで愛する人が不幸になる。私の『唯一無二』になる未来に幸せはない。」


「不幸になるってまだわかんないですよ!!だってキョーさんはダ、いっ……!?」


「それ以上は口を開くな。」


 私はアミさんを睨んで、自分史上かつてない低い声と自分の瞳に怒りを灯すイメージを以って【黒の王】の圧を放ったら、彼女は口を抑えて一歩退いた。


「これより発言は、我が許す者のみとする。」


 我ながら王らしい厳かな圧がかかったな、と思ったそのタイミングで魔法陣から光が強く溢れて魔法は発動された。

 瞬間、アミさんが諦めきれなかったのか片手を上げて持っていた拳銃を魔法陣に向けてきた。その瞬間メラクくん同様黒い鎖が絡みついて止まり、拳銃は砂となって消えた。

 【半身】の武器は魔法の具現と聞いていたから念じれば出てくるし、消えても問題ない。


「ああ……これで自由に行動できるのは、願いを告げられる……ダイスケくんだけとなったか。」


「はあ!?じゃ願い言われないとアタシらこのままだし、でもダイスケさんが帰るって願い言っちゃったらキョーさんは禁術バンバン使って自分が徐々に死んでくみたいな生活が始まんの!?バッドエンドじゃん!!」


 私とダイスケくんは外野の嘆きを他所に、黙ってお互いと対峙した。でもダイスケくんは魔法陣を見て、私達の話を聞いて、何かを悩んでいるらしくて願いよりも違う話を振ってきた。


「……俺とアミちゃんは白と黒の王、どちらかの【半身】かもしれないっていわれて、そんでやっぱりっていうか……まあメラク様の【半身】はアミちゃんだった。じゃあ、俺は何の為に呼ばれたのかなってずっと思っていたんだけど……。」


「君がアミさんと似た魂を持っていた影響が出たからだよ、こちら側の手違いだ。」


「違うよね、さっきの話聞いてやっと確信した。白の王の【半身】が見つかっているのに黒の王だけ【半身】が見つかってないなんて有り得ない、そう考えるとアミちゃんと一緒にキョウちゃんの【半身】も一緒に召喚されてた、その黒の王の【半身】は俺だったんだね。」


 私はため息をついた、まああんなあからさまな話が出れば流石に察するかと諦めた。


「一応、何故わかったか聞いていい?」


「今までのやり取り聞いていれば流石に俺のことかなって思うよ。」


「結構間接的に話をしていたけど、よく自分って確信持てたねぇ……。」


「お国柄言葉の真意を読む能力が長けてるもんでね。」


 他愛無いやりとりを受けては返して、ダイスケくんは私に一歩一歩近づいてくる。彼の目には露出が激しい黒いワンピースをきた、身体中傷だらけで黒く長い髪を垂らし、生気のない藍色の目をした女が映っていた。

 まるで王というより『魔女』だなぁ、と私は心で自分を嘲笑った。


「聞きたいことは聞いても大丈夫?」


「願いと認識されないから大丈夫だよ。」


「俺を【半身】にしなかったのは何で?」


 取り繕うということを知らないのか、と言いたいくらい直球な質問。遠回しが苦手と言っていたダイスケくんらしい質問に笑いが込み上げると同時に、閉ざしていた蓋を開く決意と苦しさで、床に思わず爪を立てたけど。


 私は精一杯笑って見せた。


「私が、ダイスケくんのことを好きだから。」


 【半身】は愛する人と同義だった、私は彼を間近で見て、話して、それを感じてこの気持ちに蓋をした。


「好きな人の力になろうと慣れない世界で努力する姿、戦う私を心配して戦場についてきてくれた思いやり、見かけだって自覚ないだろうけど結構色男だし、惚れないわけがなかったよね。」


 ふざけた言い方をちょっと混ぜても。私の声はいつも以上に真剣さを帯びてしまって、彼に私の本気が伝わってしまった。

 

「キョウ、ちゃん……。」


 自分の名を紡いだダイスケくんの低い声に、私は思わず俯いてしまった。


「私の、君の幸せを願うほど君が好きだって気持ちは最後まで隠しておきたかった、こんなもの元の世界へ戻る君にとって要らないものだったのにね……。」


 聖なる力を持つ王様と、王様に選ばれた異世界から召喚した少女の恋のハッピーエンド。

 その裏に見向きもされなかった愛があり、その基で築かれた努力があったことを、主役の2人は知らない。

 それはいい、時さえあればダイスケくんの強さなら美しい思い出として昇華して前に進める力となると信じていた。

 でも、破壊の権化と恐れられた【黒の王】が抱えた見向きもされなかった恋心は、知らなくて良かった。

 結局知られてしまって、彼に戸惑いを与えてしまって困らせている。


「ま、どうして【半身】にしないかって答えをまとめるなら、私が【半身】を幸せにできない【黒の王】だからってところかな。」


「……そっか。」


「後、【半身】として受け入れて元の世界に戻れるパイプを作ったとしても、ずっと帰っていられる訳じゃないし、ならば元の世界に帰って元の生活に戻るべきだと思ったわけだ。」


 最後の最後でダイスケくんに幸せな記憶だけを残せなかった悔しさに、床に立てた爪に力がこもって、ピリッとした痛みが走った。


「これで疑問は全て答えたと思うけど、納得したかな?」


「うん、納得したし、願いも決まった。」


 願い、と聞いて私は彼を見上げる。決心を固めた強い瞳と、真剣な顔が間近にあって驚いた。ダイスケくんは私のすぐ前で膝をついていたのだ。


「俺は。」


 そう一呼吸置くとダイスケくんは私の手を両手で包むように取った。


「此処に残ってキョウちゃんの【半身】になる。」


 彼の願いの内容が、あまりにも私の想像と違ったせいで理解が追いつかないまま、敷いた魔法陣が強く光り出した。ダイスケくんの言葉が願いと認識されて、私の身体から心地よい脱力感が襲いかかる。自身から力だろう光の粒子が離れて彼に募り吸収されていくのを感じた。

 それが何を意味するのかすぐに理解して私は止めようとするも、握られた両手とダイスケくんの言葉に遮られた。

 

「確かに俺はメラク様が好きだったよ、同性とかそう言うの関係なくめちゃくちゃ好きで、【半身】になれなかったの死にたくなったくらい落ち込んだ。」


 片手が手から離れて、傷跡まみれの私を温めるように引き寄せた。


「でもキョウちゃんは楽しい時間と考える時間をくれた。メラク様への恋は俺が何も伝えないで勝手に終わらせたから後悔が強かったって思い返すくらいには冷静になれた。だから次は、そんな恋にしないようにするって決めたんだ。」


「ば、馬鹿を言うな、それは元の世界でもできるもんじゃないかい!?」


「俺の失恋のこと根掘り葉掘り聞かないけど、1人でぐちゃぐちゃになりそうな時は一緒にいてくれた。俺、そういう優しさに惚れちゃうタイプなんだ。だからキョウちゃんと両思いになって、唯一になりたい。」


「だめ、ダメだ、私の、黒の王の側にいても誰も幸せになれないんだよ!!」


 歴代の【半身】達の末路が駆け巡って密着する身体を押し返そうとしても、ダイスケくんはびくともしなかった。


「俺の幸せは作れるよ、キョウちゃんが必須だけど。」


「え……?」


「少なくとも今の俺は幸せじゃないよ、だって好きな人のいない世界に戻されそうなんだから。」


 ダイスケくんの琥珀色の瞳が私だけを見つめていることに気づいたら、ダイスケくんは「やっとこっち見てくれたね。」と、笑った。


「しかもそれは、俺がもう一度会いたくても二度と会えないような戻り方で、その後好きな人ははずっと独りで戦って、魔力の多さに苦しんで、1人でどうにかしようと自分を削って苦しんで死んでいくんでしょ?両思いなのにだよ?それこそ死にたくなるほど後悔する失恋になるじゃん。ねぇキョウちゃん、俺を幸せにしたいなら俺を【半身】にするしかないと思うんだよ。」


 ダイスケの腕の力と言葉と此方を見つめる顔は意地悪そうな笑顔なのに、瞳は不安に揺らいでいる。

 その想いが本物だと肌で、声で感じた私が喜びの感情が一気に溢れてきた。


「そ、そんなこと言われたら、叶えるしかないじゃないかぁ……。」


「そう、叶えるしかないでしょ。」


 ダイスケくんはやっと快活な笑顔になって私を抱き寄せた。夢のような幸福に包まれた私の頬を、久しく流れなかった熱い、涙がボロボロと溢れていく。

 独り戦場で戦うことを使命と告げられたり、【黒の王】の【半身】の悲惨な末路を知った、子供と呼ばれた時代それを知って泣いた以来の涙が、ダイスケくんの胸の服を濡らしていく。


「あ、い、愛している、よ。」


 熱くなった喉でうまく言葉が出ないけれど、それでも私は伝えたかった想いを必死に言葉にする。

 

「愛しているよ、ダイスケくん。危険なこと、も、っ心無い言葉から、も、君を絶対に守るから、どうか、っどうか、私の側に……【半身】として、いて。」


 精一杯伸ばした両腕を背中に回すと、ダイスケくんが私を抱きしめる力を強くした。


「俺だってキョウちゃんを愛してるし、守りたい。」


 魔法陣の光は洪水のように止まない、しかし色がいつの間にか変わっていた。

 端から見たら夜色の海の中のようで、そこに幾重もの七色の光が重なっていく、私すらわからない現象の中で不意に彼が少し離れると、私の頬を未だ流れる涙を掬った。


「一緒に、幸せになろう。」


 愛おしそうに笑うダイスケくんの言葉に、私は何度も頷いて、応えた。

 

 ……【半身】と認められた時、王の力を受け継ぐ武具が現れる。歴代の儀式では当然のことで女性の場合は相手の色を表すマントやドレスになる。

 白の王なら雪原を重わせる白、黒の王なら星がない真夏の空の色、そう決められていたはずだった。

 抱き合い、流れるままに唇を重ねた【黒の王】の【半身】となった青年に変化が現れた。

 彼が普段着として纏っていた衣服は最果ての極寒地の夜に現れるオーロラのような揺らぎがそのまま閉じ込められた鎧に変わり、彼を守るように全体を覆うと、今度は夜の海に映る星々をそのまま切り取ったような光を宿したマントが背中を守るように伸びた。


 今代で結ばれた【黒の王の半身】の『儀式』はどの代よりも美しいものだったと、後に白の王は語った。

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