破壊担当黒の王、破壊対象は不幸です

柴犬美紅

幸せにしたい人


 とある世界に治癒と再生の力を持つ白の王、破壊と消滅の力を持つ黒の王が統治する国がありました。

 2人は最初、住む場所を追われた者達を守るために己の力を使っていただけなのですが、気づけば大小様々な稀少種が集まって、やがて【人外の楽園】と呼ばれる国にまで発展し、人間の国から狙われるようになりました。

 そこで物理的な侵略への抗戦は黒の王が担い、治癒の力の提供や外交関係で牽制する役目は白の王が担い、力を合わせて長く国を守ってきたのです。

 さて、どの世界でもどの国でも子孫を残すために伴侶が要ります。この王達も例外ではありませんが、伴侶となる条件がありました。

 白の王なら王を守る剣の力、黒の王なら王を治癒する力として王の力を受け入れて支える役目も担います。

 そして、当の受け入れる人物がどこにいるかわかるのは王達だけ、巡り合える確率も少ない故に運命の人の暗喩として、【半身】と呼ばれました。

 

 そしてたった今目の前で、白の王様と彼に選ばれた少女が惹かれあい【半身】の儀式を終えハッピーエンドが訪れたのです。


 その裏に、白の王様に見向きもされなかった愛があり、愛の基築かれた努力があったのは誰も、いや、1人のみぞ知ったまま。


 キャラメル色の髪に琥珀の瞳、目鼻立ちがしっかりした彫りの深い顔立ち。色味は地味でも物語の騎士を思わせる程整った外見の青年は、争いや魔法と無縁の異世界から来た。

 彼は見目も美しくて清廉な白の王に一目惚れし、努力を惜しまず他を圧倒する実力をつけた。周りから非の打ち所がない優秀な騎士と周りに言われるまでになるも、結果想い人には選ばれなかった。

 仮に【半身】になれたとて想い人は彼と『同じ性別』である、元いた世界では同性同士の愛は認められつつあったようだけれど、ここは異世界で相手は『異世界の王』、望む関係になるには柵も問題も山積みで、どこまでその想いが耐えられるかは計り知れない。だから結果としては結ばれないままで良かったとも言えるかもしれない。


「……どこ、行けばいいんだろ。」


 でも彼の瞳は今もう何もかもを諦めたような虚なもので、誰にも向けてない迷いは底が見えない地下に落として、自身の迷いを追うように体も奈落へ傾いて足が踏み締めていた大地から切り離して、彼が重力に逆らわず真下に向かおうとしていた。

 私、は。そのタイミングを待っていた。

 パチンと指を鳴らして風を一陣吹き荒らす。岩の一部を破壊するついでに、青年の体をゴウっと持ち上げた。


「やあ、ダイスケくん。」


 戦いを知らない民の手は、いつの間にか分厚く固い戦士の手となっていた。そこに積み上げられた努力に胸に小さな痛みが走ったけれど、表情に出さないよう慎重に笑って、黒い布に覆われた自分の両手でしっかりと掴んで、呼び戻すように名前を紡いだ。


「今ここで死ぬのは、まーだちょっと待ってほしいな。」


「キョウ、ちゃん……?」


 彼は虚な眼に微かな驚きの色を浮かべて、キョウ……つまり風を起こした私を見上げた。


「いやあ自死を阻止できてよかったよ、この世界でそれやられたらどこにも転生できないからね。」


「自殺したら転生って、できないんだ。」


「そうだよ。」


 力が抜けている声に答えて、私は地面に降りた。


「……俺が自殺するって思ったから、追ってきたの?」


「色々悟った目をした君が、何も言わない上に覚束ない足取りで出てくの見ちゃったらね……気になっちゃうでしょ。」


「放っておいてくれてよかったのに……。」


 本当は心配だった態度をはぐらかしたら、ダイスケくんは俯いて夢のないことを言い出した。


「無理だね、放って寝覚めが悪くなる結果になるの嫌だし。」


「そんなこと言われたって俺はこれからどうすればいいかもうわからないんだよ!!帰る方法だってないんだろ!?転生しなくても、もう、いっそ……っ!!」


 『死なせてくれよ。』と、激昂し続けようとした言葉を、ダイスケくんは辛うじて飲み込んでくれた。がり、と土を引っ掻いて握られた拳は力がある。私は希望を見出せた。まだ、ダイスケくんを救える。


「君が今何を想っているかって無理に言わなくていいよ。でも君に時間があるなら、少しだけ私の我儘に付き合ってほしいな。」


「……え?」


 突拍子ないことを言い出す私の瞳と、ダイスケくんの綺麗な琥珀色の瞳が交差した。


「まずは違う記憶を作ろう、せっかく未知なる世界に来たのに悲しい記憶が頭を占めるのは勿体無い。」


 うすら浮かんでいる彼の涙の膜が、誰を想ってできたものか私には分かっている。でも追及するなんて野暮だから知らないフリをして。


「この世界に来て良かったと思えるような、楽しくて嬉しい記憶を増やしてから後のこと考えてもいいでしょう?」


 道化師のように戯けて私は、両手を広げて笑ったのだった。


「ダイスケくん本当反省しているから!!君置いて絶対1人で戦場行かないって約束するから!!ほらもうお昼なんだからご飯食べに行こうか!?私が奢るから、ね?ね?それで許してってば!!」


「いーやダメだね、10回もやってて反省の色なしと見た。今度こそ報告する。ってか、そんなに怒られたくないなら勝手に1人で戦場出てならず者制圧すんのやめない?」


「いやさ、見つけて神殿へ援軍呼ぶ暇惜しいしめんどくさ……あ、反省してる、反省してるからメラクくんへ報告だけは勘弁してくれ!!ダイスケくん後生だ!!」


 そうして現在、黒の王こと私、キョウは言葉通りダイスケくんの側に寄り添って、彼を振り回したり怒られたりの日々を重ねている。


 怒られているのは仕方ない、私は歴代の王を越す強大な魔力を持ち、天候支配による破壊を得意とする。破壊の魔法だったら何だって使えるから護衛もつけないで1人で侵略を目論む軍隊だって追い返すなんて日常茶飯事だ。

 そのことを『おかしい』と言及して私の護衛を買ってでたのが当時召喚されたばかりのダイスケくんだ。戦いのない世界から来た故に当然初めは全く戦えなかったが、今では私の後ろを任せられるほどに成長した。尤もそれは想い人のためだったんだと思うけど、その役目は今も続けてくれた。


「お腹空いているのは勝手に暴れたからでしょ……っと、メラク様だ。」


「ヒィ報告は……報告だけは……あ。」


 ダイスケくんにみっともなく縋っていると、銀色の髪に汚れが一切ない白のローブを纏った青年が通りかかった。横顔も歩く姿も清廉な美しさに誰もが見惚れる彼こそが【白の王】メラク、ダイスケくんが此処に残って強くなりたかった大きな理由……彼へ私の所業を報告しに足を向けた、瞬間だった。


「メラクー!」


 そのメラクの名前を呼び、駆け寄る少女が1人。

 一つにまとまった栗色の髪が馬の尾のように揺れ、横顔から覗くチョコレート色の瞳がキラキラと女の子らしい恋の色に輝いていた。


「ああアミ!会いたかったよ。」


 アミと呼ばれた少女の駆け寄る姿に、メラクは喜びに綻んだ笑顔で迎えて、腕の中にアミを抱きとめた。


「……ダイスケ、くん。」


 【半身】以上の空気、恋人同士特有の入り込めない空気を前に動かないダイスケくんの腕を思わずぐいっと引っ張って、視線をこっちに向けようとした。


「ん?あ、ごめんキョウちゃん、どうしたの。」


「……いや、うん、その、お腹空いたから、ご飯食べようって思って……。」


 私の声をダイスケくんはすぐに拾ってくれた。あの姿を見るのはまだ辛いのでは、と想像していた表情と違った顔で、「そんな腹減ってんの?」と笑いかけた。


「昼飯ねぇ、あのサンドイッチ食べたいな。前にキョウちゃんが連れて行ってくれたとこ。」


「あ、ああ、あそこ?い、いいよ。」


「何で吃ってんの?」


 あれを見て大したことがないと言うように笑うダイスケくんの心境を掴めないことに戸惑って、でも彼のリクエストに応えたくて私は腕から手へ、掴む位置を変えて街へと下ったのだった。

 賑やかであり穏やかな時の流れる街の中、自分達の好きな具のサンドイッチからあれこれと食べたいものを買って、私とダイスケくんは一度街の中心部へと向かう。尤も此処はお昼の時間になるとベンチは昼食中の民で占拠されて場所取りに苦労するのだが、穴場をいくつか知る私は混んでいても余裕である。


「本当なら此処で食べようか、と言いたいけれど……実は見晴らしがよい私のみが知る穴場をいくつか知っているんだ、その中の1つに、ダイスケくんを招待しよう!さてさてどこにしようかなー……?」


「その穴場の中でキョウちゃんが好きなところはないの?」


「OKOK私の好きなば……私の?好きな場所?」


 穴場の中でもとっておきを考えている私に虚をついた質問が振られた。

 質問の内容を理解はしたけれど、内容の意図が分からなくて思わず見上げれば、両手サイズの紙袋を支えてダイスケくんがこっちを、私を見ていた。

 

「うん、キョウちゃんの言う穴場って人がいないイメージあるけど、その中でも一番好きな場所の方が物理的に誰も来れないだろうからゆっくり飯食えそう。」


「お、おお……偏見が過ぎるけど事実なだけに否定し辛い……ううん、私が一番好きなとこか……稀少植物のみを保存している山、かな。頂上は険しいらしくて私しか制覇してないみたいだけど、あそこ、この国一望見渡せて好きなんだよね。」


「……それさ、絶対侵入者の見張り場として使ってない?俺の世界の人仕事しすぎって言っていたけど、キョウちゃん俺の世界のこと言えないくらい仕事してない?」


「いいんだよ、私は体力と魔力は無限に湧く歴代最強の破壊者、黒の王だもーん。」


「そうやって自分を棚にあげるの良くないと思いまーす黒の王様ー。」


 横暴だーと言わんばかりに反論するダイスケくんを「まあまあ。」と一笑して本当にその山の頂に連れて行く、彼に『私』への興味を持たれた、その喜びに高鳴る胸と紅潮する頬を見られないように背中を向けて。


 1番の場所は木々や草原は生えているのに視界の邪魔をしない、昼も夜も変わらず国どころか国境を見渡せる私としても不思議な場所であり、誰もいないこの場所は私の憩いの場所兼誰よりも早く敵の侵攻を確認できる絶景スポットだ。


「ええ……すっご……めっちゃ綺麗。」


「見惚れるのはいいけど、足元気をつけてね。」


「大丈夫だって、もう離れたから。」


 自己申告通り、腰を落ち着ける場所を探す私の元にいた。


「ねぇ、あっちで飯食わない?ちょうど並んで座れるよね。」


 2人で寄りかかれる木を見つけて、ダイスケくんは私の手を取って導いていく。私が彼に触れるのは何回もあったけれど、彼から触れるのはこれが初めてだ。驚きもあったけれど、彼の手の温かさを感じられることが嬉しいのに、苦しくなる。


「よく見たらさ、ペガサスとか飛んでんだねこの国。」


「そうだよ、ほらそっちからドラゴン飛んでる。ああ、あのちっさいのは風の妖精ね、今日は休み明けだから郵便が結構飛び交う日かもしれない、空を見た方が楽しい日だ。」


「確かに、見てて飽きないこの景色。」


「いい日に来たねぇダイスケくん。」


 他愛無い会話を繰り広げて、好きなものを食べて、ダイスケくんは私と喋る回数がどんどん増えたし、見る世界も広がってきたと客観的に見ても大丈夫だと言えるようになってきた。


「キョウちゃん。」


「ん?どうしたんだい?」


「いつも色々とありがとう、キョウちゃん。」


 サンドイッチを頬張って、ふんわりと気負いない笑顔を私に向けてくれるのももう何度目だろう?ダイスケくんの表情から闇が晴れていく様相は嬉しくもあるけど、私の胸に苦しみが増えていく比例なんて、彼は知らないままでいい。


 ……王達の持つ再生と破壊の力は衰えなかった。それどころか年を増すごとに膨れ上がって、放っておけば彼らの身体に問題が生じるとされた。

 自分達の力が国を危機に晒す、その事実に王は嘆き悩んだ、彼らの憔悴を憂いた初代の伴侶はそれぞれの王の力を受け入れ、白と黒の王にない力として行使する方法を編み出して、安定を図った。

 結果、力に耐えうる器を持っていた者が伴侶達は王の力を真逆の性質に転嫁して使えるようになった。そして初代以降、同じ条件を持った者が自国で生まれたり他世界から呼び寄せる術を編み出してしまった故に、今も【半身】制度が続いている。


「白の王はともかく、黒の王は2代目以降別の方法を取るべきだったろうにねぇ。」


 神殿を守護する外の番人以外が寝静まった夜、王以外が立ち入ることのできない書庫で私は分厚い紙束を眺めていた。暗めの照明が揺れる中、歴代の王と、その伴侶の名前と死因が綴られたものをダイスケくんが現れた日からずっとずっと繰り返し読んできたそれを、また指で飽きずになぞった。


「戦死、自殺、戦死、修道院、戦死、自殺……本当、黒の王と【半身】の死は悲惨だわ。」


 いつも腕まで黒い手袋の内側は切り傷だらけで、見せられるものじゃない。

 私がいつも身に纏っている首から足まで覆う真っ黒いドレスは破壊を司る王を示す権威の意味もあるけれど、その下は戦禍でついたあらゆる傷を隠す意味合いが強かった。

 唯一傷がない指が、自分の名前で止まる。今代の白の王メラクくんの横には【アミ】という名前が記されているが私の隣には誰の名前も連なっていない。今後も記されることはない、何故なら私はダイスケくんを【半身】にはしないから。

 メラクくんが片割れを感知して異世界より呼び出した少女アミさんと共に『手違い』で現れたと周りから評価されたダイスケくんこそが、私の、黒の王の【半身】だ。

 でもダイスケくんは【半身】の制度がなんなのかを説明されている時メラクくんを見つめていて、私は映っていなかった。

 でも召喚された時点で【半身】は決まっていて、メラクくんもまた彼女に惹かれているような気配だった。

 【半身】の儀式後きっと傷心を負うだろうダイスケくんが幸せになる方法を召喚されてからずっと考えていた。

 彼の一番の幸せは元の世界に戻すことだろう、しかし異世界と異世界を繋ぐには天候、月の周期、魔力のコントロールやら時間の秒単位まで綿密な計算がいる、そもそも異世界を繋げられる月の周期は大分待たないといけない。

 ならこの世界で働き場所を提供するかと考えたって、戦士として育ったダイスケくんは貴重な戦力になってしまったから手放すには惜しい人材となった。

 本当にどうしようかと悩みながら適当に取った本を捲ると、辿った文字のそれで、普通の書物じゃないことに気づく。いちいち冒頭に日付なんて書かないし、書き損じをインクでわざと滲ませない。これは個人の日記だ、それも戦禍の内容が事細かく書かれていると言うことはとどんどん読み進めて、予想通りいつぞやの黒の王の日記だと気づいた。

 そしてある日付で書かれた一節の文に、私は希望を見出した。


「これだ……!!」


 思わず椅子から立ち上がった。

 こうしてはいられないと手近の紙とペンを寄せて、見つけた文を書き写すと、王の書物庫にある魔術書を漁って足りないだろう理論を練り上げていく。


「これが完璧に発動すればダイスケくんだけじゃない、誰も彼もが幸せになれる!!」


 ……ある青空の日、平穏が続いても槍の鍛錬を怠らないダイスケくんの元にふわりと降り立った。


「やっほおダイスケくん、今日は君に朗報を持ってきたよ。」


 愛する人の為に、最後まで私は戯けて笑う。

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