【白の王】の黒い渦

「ねぇキョウちゃん、俺は本当に愛されているのかな?」


 それはお互い【半身】の存在がまだ見つかっていなくて、でもそれぞれの役割を担っていた頃の話。


「こりゃまた突拍子もない質問だねぇ、まあ汚れ役の私よりは愛される定めではない?」


「キョウちゃんってばいつもそればっかり言ってる……。」


 当時から私は既に【半身】をとることを諦めていたから、自分を軽視する態度ばかり取っていたのはさておいて、私の答えに納得行かなかったメラクくんは軽く頬を膨らませた。


「ごめんて、まあ真面目に答えるなら史実通りの運命辿るでしょ。【白の王】は【半身】の献身的な支えもあって国内国外の民へ尽くし、更に愛されたと締められている。だから君自身もそういう運命だろうとは言えるよ。」


 模範的な答えに納得いかないと言わんばかりに曇ったままのメラクくんの顔に、私は疑問を持って逆に聞いたんだ。


「ちょっと、どうしてそんな不満そうな顔をするのさ真面目に答えたのに。」


 と。でも彼は諦めたような、取り繕った笑顔をやがて浮かべて誤魔化すように首を振ると、一つ息を置いて笑ったのだ。


「もしそうだとしたら、キョウちゃんと俺が逆だったら良かったのになって、思っただけだよ。」


 それから『愛されているのか。』とは聞かなくなったけれど、何を思ってそんなことを言ったのか未だに分からない事として、やけに心に残った言葉だった。


「印象的なのはこのやりとりなんだけど、メラクくんは自分自身について何か思い詰めている面があるなって思う節は何回か見たことあって……まあそれがアミさん不在と関係あるかはわからないけどね。」

 

「うーん、あ、キョウちゃんを【黒の王】らしくないなって俺も思ったことあるな。破壊の力を使うって言っても武器とか兵器を破壊するだけに留めて誰も殺したことないでしょ?結構優しすぎるよね、そういうとこも好きだけど。」


「……この話からどうしてその思考に行き着くのか……。」


 ダイスケくんの開口一番が恥ずかしいものだったが、至って彼は真剣だった。


「いやさ、キョウちゃんが気になったっていう『逆だったら良かったのに』って言葉、メラク様が自分に【白の王】として相応しいと思ってないと出ない言葉だと思ってさ。」


「……メラクくんが自分が【白の王】に相応しくないって悩んでいるかもってこと?」


「そうだねぇ、それとアミちゃんがいないことと関係あるかと言われたらわからないんだけど。」


 そこの因果関係をはっきりさせたいんだよ、と言いそうだった私の鼻にふわりと花の匂いが香って、陶器が擦れる音と共にダイスケくんの手が目の前を通り過ぎた。


「まあ一旦一休みしたら?お茶淹れたから。」


「……ありがとう、まず一旦私が冷静にならないと、だね。」


 そういえばずっと報告記録に夢中で休みを挟んでいなかったことを思い出して、記録用に据えていた水晶から手を離すと、カップとソーサーを手に取った。


「……ん?そうか、あの言葉といえば、あの笑顔も見なくなったな。」


「あの笑顔?」


 昔を思い出しながら話していたとき一緒に思い出したメラクくんの表情、ずっと前は持ち上げられる度に浮かべていた笑顔だ。


「そうだな、何ていうんだろうか……諦め?自嘲?そういうのが混じった感じの、嬉しそうじゃない方の笑顔。」


「メラク様、人に対して大体笑顔浮かべて接しているけどそういう笑顔は確かに見たことないな俺も。」


「そりゃあトップがそんな笑顔浮かべてたら不安にもなるから、温和ってイメージ重視の笑顔を心がける……そうか。」


 アミさんが長期帰還してないこと、思い出したかつての笑顔、ダイスケくんと話してて、それらを一つ一つ咀嚼して出てきた違和感を掴みとった結論を持って立ち上がった。


「本来、【半身】についての問題は当人同士で解決すべきことなんだけどね、ちょっとダイスケくん、手伝ってもらえないかな?」


「最近は襲撃も落ち着いたからいいけど、何するの?」


「メラクくんと久しぶりにサシで話をしたいから、アミさんが戻るまで当面の間私がメラクくんの護衛に入るね。その間ダイスケくんはアミさんに何があったか聞いてきてほしい。確か元の世界一緒だったよね?一旦戻ってアミさんに話を聞きに言ってほしい、連れてきてもらえたら一番いいんだけど。」


「はあ!?え、キョウちゃんがメラク様の護衛するの!?」


「【白の王の半身】が不在の間【黒の王】が護衛に入ること、これは初代から交わされていた約束でね、勿論、【黒の王の半身】の治癒は【白の王】が出来る範囲で行うことも約束とされている。」


 尤も私含めた歴代の王達はその救いも拒んで独り死んでいったようだけどね、とは口に出さない、蛇足だし。

 というわけでこの状況の介入に戸惑いはなかった。


「そもそも【白の王の半身】不在に私が気づかないのがおかしいんだよね……。」


 このことは忙しかったとか勘が鈍っているとかで済ませられる話じゃない、【白の王の半身】が帰還しないことには意図的な隠蔽が組まれている気がしたのだ。

 私が無意識に低く真剣な声色だったことに何かを察したのか、ダイスケくんは早速槍を空から掴んで光を纏った。


「ひょっとして結構深刻な問題だったりするんなら、なるべく早くアミちゃん連れ戻してくるね。」


「ごめんね、でも無理矢理はダメだぞ。」


「分かってる。」

 

 ダイスケくんが動いたのなら私も早速動くとするか。

 その夜神殿に充てられたメラクくんの私室へ向かい、コンコンと控えめにノックする。はい、という短い返事とともに扉が開くと、白を基調としたシンプルな部屋着を纏って寛いだ姿の彼が驚いた顔をして私を迎えた。


「やあメラクくん、ちょっと君とサシで話そうと思ってね。」


「……なるほど、結構真面目な話だと捉えていいね?」


 私の手元に酒類がないことから、何を話したいか察してくれたらしいメラクくんは私を招き入れテーブルに据え置いた鈴を鳴らした。

 訪れたのは夜で私も女。私に【半身】がいると言えど2人きりなんてあまりいい状況じゃないと思ったのだろう、給仕を担当している神官に紅茶を運ばせて扉の近くに待機させる。と言ってもメラクくんがすぐ指で空を切って音を漏らさない術をかけ、話の中身はあちらには聞こえないようにした。


「私が【黒の王】の呪縛から解き放たれ、【半身】を得られた祝い酒を期待してたかな?残念、君がアミさんの不在を私に知らせなかったことも含めて問い詰めに来た。」


「アミがいないことを報告しなかったのは謝るけど、問い詰められるようなことはしてないよ。」


「あるよ、君がどうしてアミさんを呼び戻さず放置して、私を護衛につけず国交を続けている理由とか。」


「護衛つけているよ、そんな危険地域には行ってないからキョウちゃんが出る幕はないだろうって思っただけ。」


「【半身】が不在な時王同士が護り合う。代々破られなかった制約を『模範的な』王を演じている君が放棄するなんてわかりやすい暴挙……私が放っておくと思った?」


 誤魔化そうとしたメラクくんを遮って言った言葉に、ピクッとカップに近づけた手が止まって警戒を全面に出した表情へ変わった。メラクくんの『素』が既に出始めたとみて取れる。


「今まで制約守らなかった人間に言われたくない台詞だね、それ。」


「過去の行い突かれると痛いけど、今後私はそれをしないよ。」


 カップの中のお茶を飲んで、私は対極にいる【白の王】の出方を見つめた。一向に沈黙を守る彼が浮かべた笑顔を何となく思い出していた。


 【白の王】が戦場へ直接赴くことはない、けれど死が間近にある場所へ行かないとは言っていない。

 初代の白の王が他の国を訪問した時、必ず治せる病も怪我も、財力の乏しい民は治せない実情があると知った。国内で癒そうにも民を自国へ連れていくには相応のやり取りが必要だった、その間にも命を落とす者達は大勢いるリスクもあった。

 そこで【白の王】は自ら国境を越え、貧困に喘いでいる重病と重傷を負った者達の元へ赴き癒しの力を無償で使うと全ての他国に伝えた。地位のある者、ない者問わず白の王の絶対的な治癒の力を受けられると聞けば、他国を統治する王が拒む理由はなかった。

 こうして【白の王】は国外で力を使うついでに貿易関係の会議に代表として赴く、言わば顔役を担うこととなったのは蛇足の話。私も何回かメラクくんの護衛についていったので戦場以上の凄惨さは覚えている。

 寂れた村の古い教会。枯れ木のような細さの手足と青い顔、一部の体に巻いた包帯がところどころ血で汚れた老若男女達。

 整えられた美しい街並みばかり見慣れていた護衛の一部から引き攣った悲鳴が聞こえる、私達の国とは違うところで起きた争いに巻き込まれ、傷ついた人々がそこかしこに横たわっている様相は、彼らにとって地獄のような場所に映っただろう。


「大丈夫ですよ、貴方達の苦しみも痛みもすぐに消えますから。」


 そんな中で清らかな白のマントを翻し、汚れた教会でも清廉さを保ったまま慣れた風に建物内の真ん中へ歩を進めるメラクくんは安心させるよう、優しい笑顔を浮かべた。


「俺は白の王、再生と浄化を司る者。苦しみから解放する力を持つ者。」


 泥や血で汚れた床に構うことなく跪くと【白の王】に相応しい傷一つない美しい両手が触れた。

 触れた手に呼応するように白い光が波紋を作って、教会や人を光の中に包み込んだ。


「おお……足が動くぞ……!!」


「ああ、咳がなくなって息ができる……!!」


「ママ!僕苦しいのなくなった!!すごいすごい!!」


 白い光を全身から浴びた人々から徐々に感嘆の声が広がり、ボロボロだった教会についた泥も亀裂もどんどん消えていく。奇跡だと喜び合う人々にホッとして一仕事終えたメラクくんを見て思わず私もギョッとした。

 彼は喜び合う人々を冷めた感情……を通り越した無感情な色を浮かべて眺めていた。

 思えば、それを違和感として覚えておけば良かったのかもしれない。

 

「はあー……人心掌握も腹の探り合いも隠し方も、俺の方が得意って自負してたんだけどなぁ。」


「これでも私も王を自称しているんだ、それなりに探り合いのあれこれは勉強してきたよ。」


 メラクくんの振る舞いを観察して、とは黙っておく。さて、どう出るかとソファに体を預けて天を仰いだ彼からの言葉を再び待った。


「……キョウちゃんはさ、ダイスケくんの幸せを願える程彼を愛しているんだよね。」


「そりゃあね、今でも彼が望むなら【半身】辞める方法使うのも厭わないさ。」


「重いねぇ……でも、それ程の気持ちをアミに持てない俺よりよっぽど人らしいか……。」


 脈絡がないと思っていた問いだが正直に答えれば、メラクくんは改めて座り方を整える。両目に宿る朝日は光を失い、空の笑いを浮かべていた。


「そもそも俺は自分の中に、人そのものを愛する気持ちが欠けているんだ。だから俺はアミを、【半身】を愛せない、【半身】としては必要だと思っているけど、彼女を幸せにしたいとか共に幸せになりたいといった感情を一切抱けないし、想像ができない。」


 私は黙ったまま彼の言葉を待つ、まるで罪を聞いているような感覚に陥るのは表情にも声色にも、苦いものが混じっているからだろう。


「あの子が俺の力を受け継ぐ【半身】だ、必要不可欠だって感覚はある。でもそれだけだ、なんていうんだろうね……手放したくないし利用したいって気持ちは強いから、手放すことは考えられない。ねぇキョウちゃん、俺を酷い人間の思考と思うかい?」


「私個人としてはそれをアミさんに直接言ってた場合、酷い人間の評価を下すけど。」


 忖度ない私の言葉に、メラクくんが気まずそうに目を逸らした。この態度、言ったんだなと悟りついついため息を長く吐いた。

 そりゃ帰るわ、とアミさん長期不在の理由の輪郭が何となーく見えたけれど、説教など偉そうなことはするつもりはなく、淡々と問い続けることにした。


「で?アミさんにどうしてそれ言ったわけ?」


「……あの日のキョウちゃん達を見たから。」


「あの日……?」


「君がダイスケくんを元の世界に帰そうとして禁術を発動した、あの日だよ。」


 明かされた理由に、流石に驚いた。

 本当は私も欲していた幸せを、渇望していた【半身】を得たその日にまさか、絵に描いた幸せを辿っていたメラクくんがそれと真逆な思考を抱えているとは思ってもいなかったから。


「あの儀式は公式的なものじゃないけれど間違いなく【半身】の儀式だった。でも光は俺達の間で見ることのなかった加護の光で、ダイスケくんは歴代と異なった【半身】の証となる装いと力を得た。」


 メラクくんは顎に指を添えて続ける。


「もしああなる条件が互いをきちんと想い合う、とか……愛し合う気持ちが関係していたなら、俺の【半身】であるアミにキョウちゃん達みたいな現象が起こらない。だって俺はアミを【半身】として必要とはしているけれど、愛しているとは思っていないからって。」


「ねぇまさか、それもアミさんに言ったの?」


 メラクくんは長い話のちょうどいい区切りだったのか、口を噤んで首を縦に振った。もうため息しか出なかった。


「君も大概、馬鹿だね……?」


「キョウちゃんよりかは馬鹿じゃないだろ。言っていいことと悪いことの区別はきちんとある。だから今挙げたことはあの子に言うべきじゃなかったことだって分かっている。でも、それくらい言わないとアミは俺のための努力を続けると思ったんだよ、何も実らない無駄な努力を……。」


 そこで言葉を切ったメラクくんが僅かに眉根を寄せた。最近の私……ではないな、ダイスケくんの活躍を聞いた神官達の噂が彼の耳に届かないわけがないこと、そして伝承を守り伝えてきたと自称した連中に何か言われたことはその態度で明白だ。


「【白の王】贔屓の連中から、伝承以上の力を出せとか言われた?」


「その通り、けれど仮説が真実だとするなら、俺はアミにその力を与えることはできない。どうにもならない努力をさせるだけ無駄だって早々に教えてあげた方が幸せって奴じゃない?」


「……話はわかった。それでも君の【半身】はアミさんで、覆らせない運命だ。当面の間、彼女が戻るまで護衛は私がやるよ。でもアミさんが戻った後、その努力が無駄かどうかきちんと話し合って理解を深めることだね。」


「……わかった。ごめんね手間かけさせて。護衛が必要なことがあったらちゃんと申告出すから。」


 収穫はいくつかあったし、これ以上は多分メラクくんは話しないだろうと当てをつけて私は彼の部屋から出た。


「それにしたって無自覚にも程があるだろ……。」


 自室に戻る最中、話している時のメラクくんの表情や声色を思い出す。人間は基本、嫌われて構わないと思う覚悟で本心を曝け出す行為は、本当に相手を信頼しないとできないものだと私は思っている。


「メラクくんの性格の拗れっぷりがここまでと思ってなかった私にも落ち度があるか……。」


 改めて視野の狭さというものは恐ろしいと、私は反省しきりになるのだった。


 後はアミさん側の話や気持ちを聞いて……なんて悠長に構えていた私だったのだが、ダイスケくんと共に戻ってきたアミさんの話と、直後怒った事件によって、メラクくんの歪み方が予想以上だと知ることとは思わずに。

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