あげるから
尾八原ジュージ
別れ話
付き合ってる彼女が、突然うちにやってきた。
「急じゃん。とにかく入りなよ」
と誘うと、ぶんぶん首を横に振る。それからやにわに「別れて」と言われた。
「は? なんで?」
驚いて尋ねると、彼女は暗い顔をして口の中で何やらブツブツ呟く。
「あのさ、はっきり言えや」
「――いるから」
「は?」
「あんたん家、女がいるからっ!」
いきなり怒鳴られた。
うちに女などいない。俺は一人暮らしで、それは彼女も知っているはずだ。納得がいかず、言うだけ言って帰ろうとする彼女の肩を「待てって!」と掴むと、「ぎゃーっ!」とまるで死人に捕まったみたいな悲鳴を上げられた。
「触んな! 別れる! 別れるからっ! あんたにあげるっ!」
彼女の視線は俺ではなく、俺の後ろを見ている。
彼女は勢いよく俺の手を振り払って走り出し、カンカンカンカンと足音を立ててアパートの階段を下り、すごいスピードで駅の方に向かって走っていく。
「なにあれ……」
とにかく納得がいかないので、スマホにメッセージを送ってみると、すでにブロックされている。電話もつながらない。
突然の別れに呆然としながら居室に戻り、ベッドに寝転んだ。視線の先にはパソコンのモニターがある。今はスリープモードで、画面には鏡のように室内の様子が映っている。
そういえば「女がいる」ってどういう意味だ? などとボンヤリしている自分の間抜け面をモニター越しに漫然と眺めていると、横向きで寝ている自分の背中の後ろから、突然女がガバッと起き上がってこちらを向いた。
知らない女だ。骸骨のように痩せている。
女は四つん這いでベッドの上から駆け下り、ずるりとベッドの下に潜り込む。その一部始終を、俺はモニター越しに目撃してしまう。
おそるおそるベッドの下を確認すると、もうそこには誰もいない。服や本の入ったケースがぎっしり並んでいる。
女ってこれかい。「あんたにあげる」とか言うなや。勝手に。
あげるから 尾八原ジュージ @zi-yon
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