第4話:決闘と片乳
誰から戦いを始めたかは分からない。
破裂音が響いて、ハンターさんが隠し持ってた杭が、カケラが弾けて、こちらまで飛んできた。頬を少し切ったのか、痛みと血が肌を伝う。
彼は、下がりながら腰に巻いたベルトを鞭のように引き抜き、バケモノの頭部に向かって打ち据えた。
パーンっと音が室内に響き渡る。
それのフードが捲れ上がり、ドクロの頭部が露わになった。
一瞬、俺とヤツの視界が交わった気がした。
『これがお前の答えなんだな』
頭の中の声が、響いた。
どことなく、ヤツには力がなかった。
落胆した気持ちが俺の中でも広がる。
「少年!魔物を見るな!操られるぞ!」とハンターさんから怒鳴られてなければ、俺はバケモノを裏切った気持ちに耐えられなかっただろう。
ハンターさんは、トレンチコートの下にあった銃をホルダーから引き抜く。バケモノのアゴに向かって銃で殴りつけて、そのまま発射させた。
それに、着弾し、破裂する。
硝煙が漂っている。バケモノは動かない。
「隠れておけ!」
ハンターさんには余裕がないのか、怒鳴り声になっていた。俺は、どの部屋にも逃げられないから、この戦いを見守るしかなかった。
外では野犬が吠えたて、遠吠えをあげていた。
窓ガラスからの光が細くなっている。
複数の小さな赤い眼がチラつく。コウモリたちが身体を打ち付けてくる。どうして、こうなった。
さっきまで、喫茶店で肉を食べていたばかりなので、戻しそうになる。
ハンターさんの攻撃は苛烈だ。もっている道具を使ってバケモノに叩きつけている。
それは、避けようともしない。たじろぎもしない。
物理攻撃が効いてないわけではない。
ヤツの予備の外套が千切れオッパ――乳房が見えた。
ここで、俺は初めて奴が女だと気づいた。けっこう大きい。しかし彫刻のように整った形は、触れても温かみは感じないだろう。灰色に染まっていた。
ふと、ユメコちゃんのことを思い出した。
あの日から彼女を避けている。このバケモノが退治されたら、言い訳でも考えよう。
こんな時に何を考えてるんだ、俺は。
雑念に囚われてはいけない。何か役に立つことがあるかもしれない。戦いを見ることに集中しなければ。
ハンターさんは液体をバケモノにかけるとライターを投げつけた。火が疾る。
絶対的な存在は、回避を忘れるんだろうか。
『いいや、必要ないんだ』
一瞬だけ周囲の冷気が強まり、俺たちは身体を硬らせて動きを止めた。
火はパラパラと光を発しながら消えていく。
爆発も燃え上がることもない。
バケモノは、俺の方に手をかざすとグッと引き寄せる素振りをみせた。初めて遭遇した時のように、俺には抵抗出来なかった。ヤツの剥き出しになってた片乳に顔面から飛び込む形になる。ラッキースケベではない。断じて違う。柔らかさや温かさは一切感じない。金木犀の香りが良かっただけ。
「お遊びは、ここまでだ」
バケモノが女性特有の高い声をだした。
「我々の住処を破壊されたら困るからな」
ハンターさんには、聞こえないからだろうか。
おっぱいから顔を離され、彼と向き合わせられる。
「ご苦労だった。久しぶりに楽しめたぞ、人間」
労いの言葉を、この場にいる俺たちに向けたのか。
バカにされたと思い、ハンターさんは顔を赤くする。
「きさまぁ……」と罵詈雑言を吐こうとしたようだけど、口を開けたまま止まっていた。
『蠅を仕留める時の気持ちだよ。トキスケ』
頭の中の声が大きくなる。息ができない。
『カンタンなことだよ』
『誰かを支配するなんてのは』
ヤツは、今度はハンターさんに手のひらを向けた。
「やめろぉ、バケモノめ!」
見えない巨大な手に掴まれたかのように、男の両腕は奇妙な方向に曲がる。そのまま、バケモノの方向に引きずられる。
なんなんだ……
あれが俺たちのそばにいたのか――。
勝てない。勝てるわけがない。
嘲りを込めたように、バケモノは声を出す。
「そんなに怖いか――?」
時折、奥歯がカチカチと鳴る。俺は逃げ出したいけど、しっかりとヤツに肩を掴まれている。
男は、俺を見た。
恨まないでほしい。逆に俺に変な希望をもたせたことを謝ってほしい。巻き込まないでほしかった!!
男は無造作に帽子を外され、バケモノに頭を掴み上げられる。
「変わるのが、そんなに恐ろしいか――」
ミシミシと骨が砕けるような音が聞こえた気がした。
悲鳴と血反吐、掻きむしる音。
『目を逸らすな。お前が招いた結果だ』
目を開けた。男の吐息が、顔が近くにある。
『お前には見届ける義務がある』
ぶら下がった男が変貌を遂げていく。
苦痛の、表情から快楽へ。
高笑いが玄関ホールに響き渡った。
変化は止まらない。男は、鋭い犬歯を生やして口から血を流していた。目つきがさっきまでとは違う。
もはや人間性を感じさせない。
「おめでとう、常闇の眷属よ」
その言葉が終えると同時に、それは男の頭を手放した。力なく後ろから倒れていく様子を一緒に眺めた。
「Happy re-birthday 」と男に対して優しげに声をかけるバケモノは変な気がした。
男は立ち上がると、服従のつもりか片膝をついて平伏する。動こうとしない。躾ができた飼い犬のようだ。
『お前たちは殺さない。安心しろ』
掴まれた肩に、ほんのちょっとだけ力がこもった。
『だが、我を裏切った報いは受けてもらおう』
冷や汗が止まらない。
『どうした?新しい家族が、お腹を空かせている』
俺は両膝を震わせながら、階段を転がり降りた。
バケモノは、その場から一歩も動かずに俺たちを見下ろしていた。
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