第3話: 希望と人類の挑戦
数日が過ぎると、辺りは すっかり寒くなってきた。
幽霊屋敷には野犬がうろつくようになり、夜中には遠吠えをし始めた。オオカミがいるとまで、学校でウワサが流れた。ただでさえ人通りが少ないのに、更に誰も近寄らなくなった。
だが、メリットもあった。俺の生活水準が変わったのだ。皮肉にもバケモノが生活費を出してくれたおかげで。
ある時、バケモノに呼び出された。奴の部屋には様々な理科室で見るような道具が並んでいた。ここで何をしているんだろう。その答えは、すぐに分かった。
ヤツは俺の顔の前で拳を握って見せた。
その手はボオっと白く発光して、その拳の間からサラサラと砂のようなものが流れてきた。
『砂金だ……我は錬金術をたしなむ。これくらい容易い』
という事で、俺は手元にあるスマホを弄る。換金業者との連絡は欠かせない。
それ以外にもバケモノは本を読んだり、テレビを見たりして、
この時代の、
この国の情報を取り込み始めた。
それが何を意味してるか俺には分からない。
自分の部屋を見回す。大きなテレビ、新品のベッド、ベージュのカーペットそれに水色のカーテンを揃えた。学費も食費も不自由のない生活が約束されている。お腹がすけば、買ったばかりの自転車で近所の居酒屋に行き、食事を用意してもらえる。銭湯にも行ける。
あれ――、俺って養われてる――。
このまま、バケモノに飼い殺しされていくのか――。
そんな苦悩した頃、俺はあの人に声をかけられた。
休日。クリーニング店の美人の受付のお姉さんからヤツの外套を受け取った後の帰宅途中。青空の下にて、その人は幽霊屋敷の方を眺めていた。
「君はここに住んでいるのか?」
西部劇の保安官のような格好、トレンチコートをはおり、帽子を目深にかぶっている壮年の男性。俺の方をゆっくりと振り向いて話しかけてきた。
手入れされた口髭の先が、ピンと天を向いている。
「いや、言いたくなければ言わなくていい――」
片手を俺にかざして、言葉を止めた。
「君には死相が見える」
死相。アンデットに関わってるだろうか――。
「いい喫茶店を知っている。そこで話そう」と言って、半ば強引に引っ張られて店まで連れて行かれた。
そこは焼きたてのステーキを出す喫茶店だった。
ちょうど昼時なので、男はステーキを2つ頼むと、俺にも食べるようにすすめてきた。
「私にも君くらいの孫がいる。この街にね、だから君をほっとけないんだ」
そう言いながら、フォークで肉を突き刺しかぶりついていた。
この建物に入った瞬間、なぜか気持ちが軽くなった気がする。香辛料のかおりが、気分を紛らわせてくれるんだろうか。俺が不思議そうな顔をしているので目の前の男は笑いながら答えた。
「ここは特別な店でな。バケモノたちが干渉できないんだ」
男は肉を食べるのをやめて、自己紹介を始めた。
「私はピエール・シュガーという。職業はハンターをしてる。獲物は、君のいうバケモノ専門だがね」
彼はそう言うと再び肉を切って食べる作業を始めた。
バケモノ専門のハンター――。
胡散臭く思えたけど、俺も黙って食事をした。
食べ終わると、満足そうに笑う。よく笑う人だ。
「あれは今頃怒り狂ってるだろうよ。君を私にかっさらわれたからな。いやぁ、それとも眠っているのかな、ハハッ」
この人の自信ある笑い声を聞くと、信じた方がいいと思えた。
だから、俺はできる限り正確にバケモノがどんな容姿をして、どんな事がやれるのかを話した。自分で話していても、まるで夢の中でのことに聞こえる。だんだんと恥ずかしくなった。ハンターさんは、うなづき、時折笑った。
「腕をもぎとった?そりゃものすごい怪力だ。
そんなことができるのは、なかなか上位の吸血鬼だな」
吸血鬼? 太陽の光が苦手で、血を吸う魔物?
そのバケモノが吸血鬼ではないと話してみた。
「すみませんが、あの化け物はリッチなのでは?」
「バカな」とハンターさんは即座に否定した。
「そう見せかける吸血鬼だろう」やれやれとでも言いたげに、首をすくめてた。
「バケモノどもは浅知恵を働かせる。弱さを隠したがる。君のように犠牲者を怖がらせるためにな。リッチという魔物は迷宮奥深くにいる伝説のようなものさ」
そう思いたい。だけど、あのバケモノには底しれない「何か」がある。
「少年よ、怖いのはわかる」さっきまでの笑顔が彼から消えた。
「私はバケモノたちとの戦いで頭を割られた事がある。大切な家族も失った。この世には、もう孫娘しか家族はいない」ゆっくりと彼は言葉を続けた。
「あれを放置しておくと、君だけじゃない――」
「多くの善良な魂がヤツに囚われる――」
「退治するのを、協力してくれないか? 手伝ってほしい――」
昼食を終えた後、俺たちは幽霊屋敷へと一緒に向かった。
道中で野犬やコウモリの群れが襲い掛かることはない。
彼らが夜行性ゆえなのか、俺と一緒だからなのか、どっちでもいい。
庭に潜んでるそれ以外の何かも、俺たちが屋敷に戻るのを邪魔しない。
「バケモノの怖いところは、殺されるだけじゃない。覚えておけ、少年。バケモノはバケモノを作り出す」とハンターさんは俺に話してくれた。
レンガが積まれた西洋建築。大きな玄関扉を開けると玄関ホールにでた。
二階へと続く階段途中に、それは待ち構えていた。
外套をゆらゆらなびかせて、ジッとこちらを見てきた。
俺たちの背後の扉が勢いよく閉まる。ホラー映画でいうと、逃げられない状況だ。
「まだ、昼間だぞ……もっと君の話を聞くべきだったよ――」
その声に震えを感じ取って、俺はうろたえそうになる。
「少年よ、すまない。楽観的な希望は今捨てるんだ――」
「我々は死ぬ。殺されるんだ」
い、嫌だ!そう言い返そうとして、口をつぐんだ。
それでも、ハンターさんの目は死んではいなかったからだ。
彼は帽子を目深に被り直すと、一歩一歩力強く、魔物に向かって歩き出した。
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