第2話:生け贄と秘密の契約

 リッチ(lich)とは、超常的な力により死を超えてなお、生前と変わらぬ能力を備えたアンデットである。

あのバケモノの正体かもしれない。だとしたらゲームやネットでの知識を総動員させても、一般人の俺が戦える相手じゃない事は分かる。魔物図鑑と書かれた本を棚へ戻しながら、目を伏せた。


なんなんだ、あれは……


 今、図書館にいる。昼メシなんかを食べる気力はない。あの時の事は、まだ夢なのではと疑っている。

 昨夜、失ったはずの腕を天井にかざした。魔法なんて都合の良い話は、夢見たことがある。超常現象には理解あるつもりだ――。

 だけど、失った身体の修復は二度と味わいたくない。まだ自分の腕ではない気がする。バケモノは死にかけていた俺に粘着した液体を飲ませて、介抱してくれた。もぎとられた腕も生えてきた。我ながらキミガワルイ。


 バケモノから幽霊屋敷に連れてこられた後、ヤツは俺に普段通りの生活をすることを許した。許したというより、いつも通りの生活をするように強要した。

それと、奴はどうしても契約の内容を知ってほしいようだった。

 

『契約を果たしてもらおう』

 

「契約ってなんなんだよ!」

ぶっきらぼうに応えてみたけど、力関係は変わらない。バケモノにもそれが分かっている。


『話したくはない』

頭の中が凍りつくかと思った。

『お前は奴の血族だろう。話を聞いてるはずだ』

苛立つような感情がぶつかってくる。

奴とは、俺の祖父「三輪 ワタル」のことだろう。


「知らない!聞いたこともない!」

俺は正直に答えた。祖父のことは知らない。

成金としかわからない。

祖父がバケモノと契約したせいで、こんな目に遭ったとしたら、絶対に許せない。

 

『しらないだと……』

頭に呪文が浮かんで、脳の中をかき混ぜられた気がした。脳の中を遠慮なく検索している。何もかも丸裸にして、探りを入れてくる。


俺は情報の代わりに再び吐き出した。胃の中が空っぽだから、だ液が垂れ流すだけだったけど。


『おのれ。どこに肉体を隠してるかさえわかれば甦らせてやるものを、くちおしや』


 恨み言を響かせて、ひと通り俺の中身を漁り終わったのか頭の中から不快感はひいていく。

それと同時に、俺の意識も途切れた。

 

落ち着くまで、バケモノは観察していたようだ。

『心せよ、我には敵がいる』

倒れ伏した俺を見下ろしながら、化け物は頭の中で囁く。

『正しくは、我々にだ』

このバケモノは、何かに追われているのだろうか?

俺は少しだけ希望を持った。

このバケモノを滅ぼしてくれるなら、なんだっていい。

 

『太陽の光も、森羅万象何物も、我が世界を揺るがす事はない』


早く滅びてほしいと願ってた。バケモノは、俺の想いを知らないふりをしているのか、言葉をつづけてくる。


『いつも通りにふるまうといい』

事を荒だてたくないのかもしれない。

『我はお前を見ている』

バケモノとの会話はここで終わった。

その後、幽霊屋敷の一室をあてがわれた。

ボロアパートから荷物を持ち込んだのか、俺の私物が散らかっていた。


 思い出して気分が悪くなった。何年も過ぎたような気持ちで、教室に戻った。

 授業も頭に入らない。もともと勉強は嫌いだ。それでもなんとか続けてきた。でも全部ムダだった。今の俺は、バケモノを滅ぼせる知識がほしい。人智を超えた存在に出遭うだけで、ここまで価値観が変わるのか。

 あのバケモノが本気になって暴れただけで、

このクラスのみんなは生き残れない。

俺がなんとかしなきゃいけないんだ。

そう思いながら、ユメコちゃんの横顔をながめていた。彼女は美しい。ショートボブヘアに端正な横顔をしてる。

 

 唐突に頭痛が襲い掛かる。次の瞬間、教室の窓の隙間から小さくて黒い生き物が飛び込んできた。それからこっちへと飛来してきた。コウモリだ。通りすぎながら俺の頬を爪で引っ掻いてきた。

そのままユメコちゃんだけを狙い、キーっと鳴き声をあげたかと思うと教室の中を旋回して外へと出ていった。

 教室がざわついたが、しばらくして先生が怒鳴り声をあげて皆をしずまらせた。


『いつでも見ている』と声が聞こえた気がした。


バケモノは俺に癒しの時間さえ与えないんだろうか!


ずっと監視されている怖さ。何かをするたびに、怯えなきゃいけない辛さ。死んだ方がマシだ。こんな思いをし続けるくらいなら。


帰りたくなかった。


このまま消えてしまいたかった。校庭から門までとぼとぼと歩いていた。なるべくゆっくりと歩いていた。

 

「昨日のこと、そんなに辛かったの?」

俺はユメコちゃんの方に顔だけむけた。心配そうにこっちを見る彼女は優しくみえた。昨日の告白がウソのようだ。

「目、クマができてるよ。そんなに、アタシのことを考えたのかなって……思っただけ」

 

「それだけ……」はにかんだように笑う彼女の口から八重歯が少しだけ覗いた。

あらためて俺はユメコちゃんが好きなんだと感じた。

「ユメコちゃん、おれ……」と声に出して踏みとどまった。

 

教室の出来事を思い出した。彼女を巻きこんではいけない。


「どうしたの、トキくん?」と彼女から声をかけられた。

 

「なんでもない……」とだけいって門へと早足でかけた。

「花の香り……?」と後ろから声がした。


 今度こそ俺は彼女の方を向かず、幽霊屋敷へと歩いた。必ず日常を取り戻す。

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