第1話:青春の告白と母の失踪
「あ、愛してます!ずっと側にいてください!」
俺は魂から吐き出すように、彼女に向かって叫んだ。
突き出した片手が震えてる。高校二年の三輪トキスケ、生まれて初めて勇気を出します!
夕方頃、校舎から出てきたクラスメイトの佐藤ユメコちゃんを校門前で呼び止めて、そのまま告白した。
告白の方法は何通りも考えていたけど、けっきょく男ってのは真正面からぶつかるもんだ。
根回ししてから、目的を達成しようとする奴には俺の気持ちは分からないだろ。
人の思考が鈍くなる夕闇を背にしての告白は、偶然だから気にしないでね。
しばらく空白の時間が流れてる。
目の前のユメコちゃんは今まで見たことのないような冷たい目で、こちらを見て答えた。
「トキくんは、将来は何を目指すの?」
俺は公園のベンチに座り込んでた。
すっかり暗くなった。心も、景色も。
さっきまで血のように赤く感じた夕焼けは、
黒く蒼く染まっていた。
もう帰ろう。そう思いながらも、母のいるボロアパートに足を向けては、何度も立ち止まる。
一人になりたかった。
俺は告白のやり方を間違えたのか思い返す。
ユメコちゃんが、彼女があんな風に聞いてくるのには訳がある。俺たち家族には金がない。情けないことに、収入がまったく入ってこない。顔も知らない父の生命保険金で長らえてる。
母さんは おっとりとした性格で、パートにもいかずに家で主婦をしてる。働いたら負けだとも平気で口にする毒親だ。それでも父方の祖父は成金だった。この街では知られている金持ちの一人だった。名を三輪ワタルという。
今でこそ、幽霊屋敷と呼ばれているけど郊外には洋館を持っている。手入れができなくて放置してるらしいけど。
あの両親がバカみたいに財産を食い潰さなきゃ、俺にもチャンスがあったんだ。上流階級として生きていけたんだ。ふられなくて済んだんだ。
俺は なんて可哀想な星のもとに生まれたんだ。
「ただいま。めし!」と声をあげて、電気のついてない自宅に戻ってきた。
「あれ……、なんで電気が付いてないんだ?」
母さんは買い物にでも行ったのかな。
和式仕様のボロアパートの俺たちの部屋だけは、生活音はしなかった。
ここには長く住んでるけど、この日ほど気味悪く感じたことがない。なんだか部屋に入るのが怖い。
秋の始まる季節のせいなのかな。
寒気を感じて、天井照明にたれてある紐に腕を伸ばした。とにかく温かい光を浴びたかった。
俺の伸ばした腕が、手首が、闇の中で「誰か」に掴まれた。ものすごい力でグイっと引っぱられる。
抵抗しようにもムダだった。
俺は、そのまま腕ごと身体を吊り上げられて
相手の顔を見るハメになった。
冷気の圧が心臓を凍らせてくる。ギュッと身体が縮み込む。全身の皮膚がチリチリとした。
もっとも恐ろしいのは
闇の中でも分かるほど、ハッキリと。
生きてる人間ではない骸骨の顔がそこにあった。
窪んだ眼窩で、俺を見ている!
『時は来れり、我が下僕よ』
声にださないまま、「それ」が俺の頭の中に直接話しかけてきた。
『契約に従い、その身を捧げよ』
「それ」は興奮してるのか掴んできた手に力がこもってた。
俺の腕から急速に感覚が失われていく。
枯れ木の枝をへし折るように、腕が抜けた。
痛みはない。
恐怖。
体が震えて、悲鳴が途切れ途切れにでる。
息ができなかった。
腰も抜けて立ち上がれない。
それは俺の腕と俺を交互に眺めると、
そっと、俺の腕を丁寧に床に下ろした。
『脆い、もろいな。こうもモロいと約束が果たせないまま、お前は死んでしまう』
俺は呆れられてるのか?
俺は殺されないのか?
俺の腕が!!!
アタマの中がパニックになる。
やっと出した言葉は、こうだった。
「死にたくない、死にたくない」
目の前の「それ」は俺の頭に手を置いてきた。
それは、金木犀の香りがした。腐敗臭を隠す為のものなのだろうか?
こんな状況になっても、そう考える自分をほめてやりたい。
『だいじょうぶ、お前は強い子だから』
遠い昔に母さんから言われたことだった。
母さん。この化け物とあったなら、もう……。
「お前は、何者なんだ。母さんをどこへやった?」
「母さんに何をした!」と声を荒げた。
怒りが込み上がってくる。毒親だとか言ってきたけど、こうなると母の事ばかり考えてしまう。仇討ちもできないけど、一発ぐらいは報いたい。
「それ」は俺の頭から手を離すと、黙ってしまった。
不穏な空気だ。俺は「それ」を見上げた。
『場所を変えよう』
目の前が暗くなったと思ったら、
闇に引き摺り込まれた。ズルズルと引き伸ばされるようにして、身体がバラバラになった気がした。
おさまったかと思ったら、胃の中のものが全部出た。
なんでもないように、「それ」は俺に語りかける。
『話がしたい。お前の祖父との契約についてだ』
倒れたままの俺と話をしたいだって?
こっちは腕をもぎ取られて、変なことされて、
死にかけているのに?
「それ」は生き物の取り扱いもうまくできてないようだった。
俺はこの街で唯一、幽霊屋敷と呼ばれる場所に連れてこられた。
ちくしょう、吐き気が止まらない。バケモノめ!
この出会いが、祖父とバケモノの「浅はかな契約」のせいだとは今の俺には分からなかった。
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