ハロワの求人見てみろよ。コオロギの世話の求人載ってっから。
そういうことを虎太朗は説明したが、松丸はショックを受けたままだ。虎太朗は焦れったそうにまた口を開いた。
「今時はみんなでセミ採りした後、素揚げにして食べるイベントとかあるんだぜ? それに、ハロワの求人見てみろよ。コオロギの世話の求人載ってっから」
見かねて口を挟んだのは紳士、改め狂った異端者の男性だ。
「コタ、言いたいことはなんとなくわかるけど、その言い方は暴力的すぎる」
「そうだぞ、コタ。昆虫食がメジャーなもののように語ったって、そっか! じゃあ食べよう! ってなる奴はいないぞ。それと、コオロギのバイトは人用じゃなくてペットの餌用の養殖場だ」
どのタイミングからか会話を聞かれていたのだろう。突然テーブル席の中年たちも話に入ってきた。
「それに都会っ子なら虫と接する機会も少なかっただろう。苦手意識が強いのも当然だ。……昔はもっと自然が豊かでさぁ、オレらが子供の頃は野山を駆け回って毎日のように虫取りをしたもんだよ。家の中にも手のひらサイズの蜘蛛やらカマドウマやらいてさあ」
中年の話が、途中から自分語りにすり変わる。
「いや、僕、地方から仕事でこっちに越してきたんで……」
茫然自失に陥ったまま、松丸の口からは律儀に訂正が漏れた。
それが聞こえているのかいないのか、中年は構わず自分語りを続けた。
「コオロギといえば捕まえるのも飼うのも簡単だったからよく育ててたよ。小さいやつは大きくなってくると段々鳴くようになってさ、嬉しかったね」
「ああ。餌が野菜クズだから、何から何までタダで、子供にはピッタリだったね」
「天然の生ゴミ処理機だ。ガハハ」
頭のバグった奴らの巣窟だ。
松丸は気が遠くなった。
目の前の人たちは全員、昆虫を食べることをおかしいと思っていないようだ。こんな店の常連なのだから当たり前だろう。この中では松丸の方がマイノリティーなのだ。
周りのあまりにも平然とした様子に、むしろ自分が過剰反応しすぎなのか? と、松丸の頭もバグり始めた。
「それはそうとコタ、ルール違反じゃないか。松丸さん、虫だって知らずに食べてたんだろう?」
いつの間にか狂人紳士に名前を把握されており、松丸はヒエッと縮み上がった。
それに虎太朗が不貞腐れて答える。
「甲殻類食えるか聞いたらオッケーだったから大丈夫だろ」
「いや、それはそれで重要だけど、虫だってきちんと説明せずに食べさせるのはルール違反だよ。私達の感覚は世間から見たらズレているんだから」
狂人紳士が至極真っ当なことを言い始めたので、松丸の頭は更にバグった。
虎太朗はなおも不服そうだ。
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