まあ食え。
そのカウンター客の隣に虎太朗が座り、彼は松丸をそのまた隣の席に座るよう促した。二人の席の間には突き出しなのか、すでに小皿に盛られたエビせんべいが置いてある。虎太朗は松丸が席につく前からそれを口に放り込み始めた。
「お兄ちゃん、酒の持ち込みはご遠慮願うよ」
店長にそう言われて、松丸はあっと思った。彼の片手にはいまだ飲みかけの酒缶が握られたままだった。
「店長、いつもの」
しかし、そんなこと意に介さず虎太朗は常連らしい口振りで注文をすると、続けて松丸を指差して言った。
「コイツにも同じの出してやって。あとお冷や」
「あいよ」
店長はすぐに忙しく動き回り始めた。
店内の壁には「唐揚げ定食」とか「佃煮定食」とか手書きされた縦長の紙がずらっと張られている。椅子に腰をおろしながら、あの中のどれが来るのだろうと松丸は気を揉んだ。
「おい、早くそれ飲んじまえよ」
虎太朗はせんべいをバリバリやりながら、発泡酒の缶を顎で指した。
「捨てたらもったいないだろうが。そんで、お冷やで口すすげ。これから食う料理が不味くなる」
そんなことをしたらまた店長にたしなめられる。
と思いつつ、虎太朗の気迫に負けて、松丸は店長が背中を向けている間にサッと缶の中身を飲み干した。そのタイミングで、店長がくるりとこちらを向いてお冷やを差し出す。入れ替わりに、たった今空になったばかりの缶が無言で回収された。
「まあ食え」
松丸が水をゴクリと飲み込んだのを見届けて、虎太朗はもうほぼ残っていないせんべいを勧めた。松丸は全てを諦めて、素直にそれをボリボリつまんだ。
香ばしさと深い旨みが舌の上に広がる。
エビせんなんてしばらく食べていなかったが、こんなに旨いものだっただろうか。
まぶさっているシーズニングがまた食をそそるガツンときいた居酒屋風の味で、七味がせんべいのほのかな甘みをピリッと引き締めている。アルコールに合うこと間違いなしだ。
と思ったところで、ゴトッと音がした。松丸が顔を上げると、二人の前にはジョッキが置かれていた。大ジョッキは透明の飲料で満たされ、輪切りのレモンが添えられている。細かな泡が内側についているところを見るに炭酸だろう。
待ってましたとばかりに虎太朗はジョッキをつかむと、「はい。カンパーイ!」と言って松丸に突き出してきた。仕方がないので、松丸もジョッキをつかんで応じ、それを一口飲んだ。
途端に、鼻から炭酸と共にフルーティーな香りが抜けていく。柑橘系の香りはもちろんだが、何か青リンゴのような匂いもして、奥行きがある。今まで飲んだことのないサワーに、松丸は思わず目を見張った。
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