第10話 孤独を買った男
あるところに努力家で寡黙な男がいた。
・・・そう、書きたいところであるが、実際のところ、これは多くの人間が彼に貼った負のレッテルであり世間の過大な評価だ。
彼は実は才能もなければ地位もない、金もなければ他人を率いていくカリスマ性にも大きくかける。いわばダメ人間である。
先述の否定はやはり一部取り消そう。彼は努力家ではあるのだ。
彼は何をしても失敗ばかりをするし、みなに置いていかれるばかりなので、「マイナス100をゼロにする」努力をしてきた。彼の本当の実績を見れば、誰だって鼻で笑うであろう。
努力したとはいえ、盲目な人々は数字ばかり見ている。努力が報われるという言葉は、運のいい者が発言をし、それ以外は黙って現実を見るしかないから広まっている言葉だ。
さて、そんな彼はあるものを買うために金をため尽力していた。
今月の給料でやっと買えると、男は四六時中興奮していた。
仕事が終わり、ATMで金をおろし、浮かれ足で向かった先は年季の入った廃墟のような商店だった。
「やっと買いにこれましたよ。まだ、あります?」
店に立っている老婆は静かにうなずき、右手を男の前に差し出した。
「30万でしたっけ。」
老婆は首を振り、手で2だと何も言わずに伝えてきた。
「20万でしたか。親切にありがとうございます。じゃあ、これで」
男はキャリーケースの中から10万円の札束を取り出し、あとを店のカウンターに置いた。
「これだけでいいんですか?『孤独』は買えたということで・・・?」
老婆は何も答えずにキャリーケースを奥にやり、自らものれんの奥へとのそのそ消えていった。
男は今までにないくらい喜びながら、家路についた。
次の日、会社に行くと昨日あれだけ仲良さそうにつるんできていた同僚たちはあまり男と関わらず、必要最低限かつ業務的に男と接した。
彼はその変わり様にとても喜んだ。
生きるために必要なコミュニケーションが心理的に圧迫し、生きる阻害となるのはとても皮肉な話だ。
彼の場合、あまりに期待されすぎたそのプレッシャーが、彼の命を
なので彼は『孤独』を買ったのだ。
誰の目も気にせず、気楽に生きられる・・・
普通の人間であればそれが逆にストレスとなり、死にたがりになるだろうが、彼はそんなことも気にしなくていいぐらい追い詰められていたのであろう。
彼は80まで生きて、自宅で静かに眠った。
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