第8話 金持ちの失ったもの

あるところに、貧乏な男がいた

貧乏な男は、いつも欲しいものを思い浮かべて眠りについていた

ある日、男は気まぐれに宝くじを買った

あまりに春の昼が暇すぎたのかもしれない。金の無駄になることは承知で買った

3日に一度飯が食えない日があるほど貧乏な男だが、新聞だけは購買していた

男は宝くじの当選日をカレンダーに書き、その日を何をするでもなく待っていた

当選日の朝は、新聞がポストに投げ入れられる音で目覚めた

期待する気持ちに下らぬと自嘲しながら新聞の面を開いて、宝くじの欄を見た

男が買ったクジは当たっていた。一等の7億円だった。男は何度も数字の羅列を見直し、当選を確信すると、寂しい懐の有金を全て使ってご馳走を自分に用意した

男はまずその7億でマンションを建て、住んだ

今まで続けてきた安月給のバイトはやめた

男は夢見ていた真っ赤なスポーツカーを買った

眠る前に思い浮かべていた年代物のシャンパンや、真っ白な別荘、豪勢な家具や超高性能パソコン。全てを買った。

男の周りには金目当ての女が集まって、好意を装い結婚を迫った

男は余った金で運送会社を立ち上げた

男は金も名誉も女も、全て手に入れられた

「神様ってのはおそらく金のことなんだろうな」

そうした生活を続けて20年、妻との晩酌で男はそう呟いた。

男は自殺しようかと考えていた。

巨万の富でなんでも手に入ってしまうため、生きる意味を無くしてしまったのだった。

欲が人を生かすのは有名な話で、かつての彼もそれだった。

ある日、男の経営する運送会社が大事故を起こした。

運転手の飲酒運転で起きた事故だった。

会社は責任を負うため多額の賠償金を払い、倒産した。

それを見た妻は夜逃げした。

マンションの住民も4年でいなくなった。

男はボロアパートでため息をついた後、わずかに笑った。

元に戻った安心感と、生きる意味を再認識できた喜びからだった。

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