第9話 千年の愛
◇◇◇
フィガロの物騒な言葉にフェリシエは首を傾げる。
「これ、とても綺麗だけど、そんなに大切なものなの?」
「それはね、『竜の逆鱗』だよ」
「竜の逆鱗……」
「ちょっと貸してくれる?」
「いいわよ」
フィガロは器用に琥珀色の石をペンダントの台座から外すと、
「はい。あーん」
とフェリシエの口許に持ってくる。
「え!?ちょっと待って!えっ!?」
「大丈夫。僕を信じて。ほら、あーん」
フェリシエが渋々口を開けると、有無を言わさず口の中に放り込まれる。だがその瞬間、えもいわれぬ甘美な甘さが口の中一杯に広がった。
「え、甘い……」
「ふふふ。甘いでしょ。それね、人間界では不老不死の妙薬って言われてるんだよ」
「んんんっ!」
「ちょっと!大丈夫!?」
むせそうになったフェリシエに慌てて、水を持ってくるフィガロ。
「ふ、不老不死って!」
「っていっても、僕のそれは、フェリシエにしか効果ないけど」
「どういうことなの?」
「竜の逆鱗はね、竜が愛する人に同じ命を分け与えるためのものなんだ。だから、対となる運命の番にしか効果はないんだよ」
「もし、運命の番じゃなかったらどうなるの?」
「ただの綺麗な石っころとしての価値しかないだろうね。ただし、竜にとっては命より大切なものなんだよ」
「そうなんだ……でも、そんな大切なものをどうして私に預けたの?もし私がジョルジュ王子と結婚してたら……」
「ふふ。もちろん国を滅ぼしても君を手に入れたよ?あの王子は命拾いしたね。何しろ君は竜玉をその身に宿した、竜の乙女だし。最初から君の代わりなんていないからね」
「竜の乙女?」
「竜の乙女は、千年に一度くらいの割合で人間の中に現れる僕たちの番なんだ。僕たち竜は、同族の中に番がいなかった場合、竜玉を頼りに自分の運命の番を探すんだよ」
「最初から、私はあなたのものなのね」
「違うよ。僕が君のものなのさ」
フィガロが甘えたように額を寄せるので、フェリシエはいつものように頭を優しく撫でてやる。
「それで、私は不老不死になっちゃったの?」
「正確に言えばいつかは死ぬけどね。僕と同じくらい長い時を生きる。嫌だった?」
「もう。食べさせた後でそんなこと聞くなんてずるいわよ」
「君が死んだら僕も死ぬけど、もっと君と一緒にいたいんだ。愛してる。千年でも足りないくらい」
「わたしも。愛してるわ」
フェリシエは大好きだった母の言葉を思い出す。「いつかきっと、あなただけを愛してくれる素敵な王子様が迎えにくるわ。だからそれまで、大切に持ってなきゃだめよ」そう言って、あのネックレスを渡してくれたのだ。
最初からあなただった。
今日もフェリシエは愛しい竜王の愛に包まれている。愛しくて愛しくて堪らない。たった一人の運命の恋人。
優しい檻のような愛に囚われて、フェリシエは幸せだった。
ちなみに竜の乙女を失い、竜の加護を失ったオリテント帝国はその後激しい気象変動により緩やかに衰退し、やがて地上から姿を消してしまった。
あとにはただ、竜と乙女の伝説が残るのみ。
おしまい
竜王陛下と最愛の番 しましまにゃんこ @manekinekoxxx
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