第24話 気持ちを新たに
「あ、あああああの、滝田くん」
僕は挙動不審になりながらも勇気を振り絞ってクラスの人に話しかけた。
「ん? 何か用か、室井」
「あのっ、もし、邪魔じゃなければ……お昼を一緒に食べてもいいかな」
僕が必死になって考えた台詞はこんなものだった。残念ながら山吹先輩の提案は没だ。僕は教科書を忘れたりしないし、講義を欠席したりもしないから……。
滝田くんは顔を上げた。
「お昼? おう、いいぜ。今日は小林と金子も居るけど、良いか?」
「そっ、それはもちろん……。というかむしろ、僕の方が邪魔になっちゃう……かな」
「んなこたねぇよ。なあ」
小林くんと金子くんは鷹揚に首肯した。
「別に一人くらい増えたところでどうってことないし」
「室井っていっつも一人で行動してるイメージあるから意外〜。でもそういうことなら構わないよ」
「ほらな。じゃあ一緒に行くか」
僕たちは教室を後にしてカフェテリアに向かった。小林くんと金子くんが先を行き、滝田くんと僕はその後に続く。滝田くんは気を遣ってくれているのか、やたらと話しかけてきた。
「今日の講義ダルかったよなあ」
「そ、そうかも……。次回はまた、グループワークが始まるし、思ったより大変な講義だね……」
「あれなー。グループの中で意思疎通が図れないと、バラッバラになるもんなあ。グループのメンバーは先生が決めちゃうしさぁ」
「でも勝手に決まっている方が、あぶれる心配がないから楽だな……」
「室井は引っ込み思案だなあ。心配しなくても、そう言う時は俺らと一緒に組めばいいじゃないか」
「えっ? いいの?」
「別に断る理由は無えだろ」
「そっか……そっかぁ」
僕はちょっと嬉しくなって、表情を綻ばせた。学食で僕らは並んで席を確保し、並んで料理を取り、順番に会計をして、一緒に昼食を摂った。滝田くんたちは忙しなくお喋りをする。僕は主に聴き役になっていたが、思いのほか楽しい時間を過ごせた。
放課後、僕は早速あやかし研究会の部室に行って、山吹先輩に報告した。僕が知り合いに、どんな風に声をかけて、どんな会話をしたのかを。
「ほうほう。仲良くできたか。上等じゃないか」
「山吹先輩が背中を押してくださったお陰です」
「それでも実行に移したのは室井くんだよ。勇気がいることだったろう。よくやった」
山吹先輩はクッキーの箱を開けて中身をつまんだ。
「友達ってのは、どっちかというと、いた方が楽しいだろう?」
「そうですね。新鮮な感じがしました」
「これで私が卒業して、あや研が室井くん一人になったとしても、安心だな」
「……」
僕が眉尻を下げると、山吹先輩は大袈裟に笑った。
「そんなしょぼくれた顔をするなって。分かっていたことだろうに。いずれ私があや研からいなくなることくらい」
「そうですが……実際に想像すると寂しいですよ、やっぱり」
「そう言ってくれるか。懐いてもらえて嬉しい限りだね」
山吹先輩はもう一枚クッキーを口に放り込んだ。
「……やっぱり山吹先輩はお優しいですね」
「ん?」
「僕の今後の交友関係のことも心配してくださるなんて」
「せっかく入部してくれた後輩の面倒はちゃんと見る。それだけの話だよ」
「でも本当に僕は山吹先輩に助けられています。ありがとうございます」
「……そう面と向かって素直に礼を言うんじゃないよ。照れるだろうが」
「すみません。山吹先輩でも照れることあるんですね」
「あるわ。いや、別にいいんだがね……」
そんなことを話しながら、僕らがクッキーをもぐもぐしていると、突如として、部室の真ん中から眩い光が出現した。
「ん!?」
僕らはびくっとしてそれを見やった。
「何だこれは。室井くん、分かるか?」
「ええっと……ちょっと陰の世界を見てみます」
「その必要は無いぞ」
光の中から聞き覚えのある声がした。
そして部室に姿を現したのは、紛れもなく、先日お会いした広目天様だった。常に全身から淡い光を発していて、いかにも神々しい。
「広目天様」
「えっ、こいつ……じゃなくて、この方が?」
「はい。あの、どうしてこちらに……?」
「何、汝らのことを見ていると、愉快だからな。少しちょっかいをかけようと思ったまでだ。これもただの気まぐれよ」
「気まぐれであちらを留守にしちゃっていいんですか……?」
「よいのだ」
「はあ……」
僕は広目天様に隣の席を勧めた。
「とりあえず、お座りになってください。大したものはございませんが」
「この菓子はクッキーと言ったかな?」
「はい。召し上がったことはないのですか」
「ないな。どれ、少し頂くとしよう」
広目天様はクッキーを一枚取ってしばらく見つめた後、ぱくっと頬張った。
「うむ。悪くない」
「それは、良かったです」
「……広目天さん」
山吹先輩が話しかけた。
「僭越ながらあなたの過去を読ませてもらったが……室井くんのことで随分と苦労したようですね」
「おお、分かってしまったか。実はそうなのだ」
「えっ? 僕のせいで何か……?」
「室井駿太。汝が言っていたように、私が汝に力を与えたせいで、汝が被害を被ったのでな。仏教の界隈では私を咎める声も上がったのだよ。軽々しく力を貸すなど軽率だ、とな」
「それは……!」
僕は慌てて言った。
「僕がヘマをしたせいなので……広目天様のせいではありません」
「だが私がきっかけを作ったのは事実だろう」
「でも……」
「よい。汝は気にするな。とかく、非難を浴びてからと言うもの、私は汝のことにたまに注意を払うようになった。だが昨今では、汝はそこの娘はもちろん、大学の子らとも、うまくやっているようだと分かってな。良きことだと思い、もう一度会いとうなったのだ」
「そうですか。お気遣い、ありがとうございます」
「よい、よい」
広目天様はまたクッキーをつまんだ。気に入ったらしい。
「室井駿太。それに、山吹律子よ。今後とも汝らの部室に遊びに参ってよいか」
「えっ? 広目天さん、暇なんですか? 意外だ」
「ちょ、山吹先輩」
僕は慌てて山吹先輩をたしなめたが、広目天様は気にしていないようだった。
「暇ではないが、室井駿太は私が初めて契約を取り交わした人間だ。様子を見るのも悪くないと思うてな。それに、山吹律子の動向も、室井駿太の良き刺激となっているようで、愉快で大変よろしい。私は汝ら二人の活躍をそばで見とうなったのだ」
僕は山吹先輩の顔を窺ってから、広目天様の方に向き直った。
「あの……わかりました。いつでもお越しください」
「そうか。それは良かった」
広目天様はふくふくと笑った。
「陽の世界でのことならば、須弥山の他の神仏たちや下々のあやかしたちにも、良い土産話になろうて。しばしの間楽しませてもらうとしよう」
こうして、陰の世界では、あやかし研究会の噂が再び駆け巡った。あの広目天様が目にかけるほどありがたいパワースポットかつ素晴らしいお悩み相談所として、評判は信じられない勢いでV字回復したようだ。
僕たちは気持ちを新たに、あやかしたちへの対処に精を出した。
「これは本格的に新入部員を勧誘する必要があるかもしれんな」
今日もやってきたあやかしの相談に乗った山吹先輩は、やれやれといった様子で言った。
「そうでしょうか」
「だって忙しいじゃないか! 勉学に秀でた私ならともかく、じきに室井くんの手には負えなくなってくるぞ」
「……先の心配よりも」
僕はちょっとだけむくれて言った。
「僕は今の活動を楽しみたいです。新入部員の問題は後でもいいと思います」
「……そうか?」
「はい。僕、山吹先輩とサークル活動するの、楽しいですから。今はそれでいいです」
「そうか……」
ふっふっふ、と山吹先輩は笑った。
「それならあと約一年半の間、大いに楽しもうじゃないか」
「是非」
その時、トントンとノックの音がした。
「またお出ましか」
「ちょっと見てみますね」
僕は来客の正体を見極めるべく、束の間瞳を閉じた。
おわり
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