第20話 学園祭の始まり
学園祭では僕と山吹先輩は別行動を取ることになっていた。
あやかし研究会のブースに、なるべく説明係の会員がスタンバイしている必要があるので、僕と山吹先輩は交代で教室に居ることになっている。
「いやー、室井くんがいて良かった! 私は去年も一昨年もずーっと一人でスタンバイしてたから、実はろくに学園祭を見て回ってないんだよな! ま、そんな客は来なかったがな! とりあえずこの機会に色々と食ったり飲んだり遊んだりして来るよ!」
山吹先輩はうきうきしているように見えた。
「お役に立てて良かったです。楽しんできてください」
「おう、ありがとう!」
「いえいえ」
山吹先輩は意気揚々とブースのある教室を出て行った。秋らしい茶色のワンピースをひらひらさせながら。
僕はパイプ椅子に座って客を待った。
客は来ないと言われたばかりだが、本当に展示ブースというのは思った以上に客が来ない。そりゃあ、皆、こんな地味なブースより、他の部活がやっているような食べ物の屋台とか、軽音部やダンスサークルのやっているパフォーマンスの方が、興味があるだろう。こちらで閑古鳥が鳴いているのは仕方のないことだ。
だが、人が来ないと、非常に暇で退屈であった。
尤も、客人がゼロ人というわけではなかった。学園祭実行委員の学生と、学生自治団体のメンバーの学生は、あやかし研究会がちゃんとした活動をやっているかどうかを確かめに来た。彼らはそれなりにあやかし関連の展示に興味を示し、僕らの作った冊子をめくったりしていた。彼らからは特に質問なども無かったので、僕はただただ姿勢を正して座っているだけだった。
僕は、客人がいない間に、こっそり千里眼を使ってみた。ブースに展示をするタイプの部活の展示場は、どこもガラガラで、あや研と似たような状態だった。鉄道研究会に、電車好きらしい子どもがいるくらいである。
僕はそのまま、山吹先輩がどこにいるかを探した。山吹先輩は、大きなクレープを手に持ちながら、誰か知らない学生と楽しそうに喋っていた。
友達がいるのも悪くなさそうだな、と僕は改めて思った。
十一月にもなって、僕は大学に一人の友達も作れていなかった。
誰かに話しかけようとしても、嫌がられたらどうしようとか、誘いを断られたらどうしようとか、そんなことばかりが気になって、臆してしまって、咄嗟に言葉が出ないのだ。
「君は性格がすこぶる良いし、私とのコミュニケーションは全く問題が無い。だから、もっと堂々と他人に話しかければいいじゃないか。それでもしうまくいかなくても、落ち込むことはないぞ。何事もトライアンドエラーだからな」
山吹先輩の言葉が蘇る。
そうだ、僕は失敗を恐れている。もし無視されたり断られたりしたら、と思うと、中学生の頃のことを思い出してしまって、胸がつきんと痛み、身が竦む。
……僕には山吹先輩がいるからいいじゃないか。
山吹先輩は良い人だ。学内で一人だけでも、良い人に巡り会えたのは、幸運なことだ。お陰で随分と僕は救われている。
それに二年生になったらゼミも始まる。そこで強制的に一緒に勉学をしていれば、こう、何となく仲の良い感じの空間ができあがるのではなかろうか。もちろん、僕はちょっと頑張って会話とかをする必要がありそうだけれど。
コツ、と靴音がしたので、僕は千里眼をやめて目を開けた。
あやかし研究会のブースに入ってきたのは、二人。知らない学生と、吉村香穂子だった。
「……」
二人は別に知り合いというわけではないらしい。別々に行動して展示を見ている。吉村香穂子は、誰かがブースに入る機会を窺って、わざと一緒に入ってきたらしい。
してやられた。お客が二人いるのに、片方だけにお帰りいただくなんて、気弱な僕にとっては気まずくてやりづらい。山吹先輩なら容赦なく吉村さんを放り出すだろうが、僕にはそんな豪快な真似はできそうにない。
コツ、コツ、と吉村さんが僕に近づいてくる。
「あっ、あのう……」
僕はひっくり返った声で言った。
「吉村さん、あの、僕、山吹先輩から聞いたんですが……あなたのことは、その、で、で、出禁だと……」
「ああー、やっぱりそうでしたか」
吉村さんは肩を落とした。
「山吹さんから変な噂を吹き込まれてしまったんですね……」
「変な噂というか、事実ですけど……」
「あの方はあやかしの力を自分のためにしかお使いになりませんから、私たちの活動を理解していただけないんですよ。それで、あることないことをおっしゃるのでしょう」
「あることないことって……。あの、じゃあ、あやかしを使った実験をしているというのは……」
「どこまであやかしの力を引き出せるかを調べるのは、有意義なことではありませんか? 私もそれに協力していますが、この
「ええっと……」
「私が蛟の力を使いこなすことができたら、水不足の時に役に立ちます。それだけでなく、海外に目を向けたら、旱魃で苦しむ地域に恵みの雨を降らせることだって不可能じゃないんですよ」
「……それは、一理ありますが……」
「そうでしょう。あなたの力だって、色んなことに役立てることができますよ。一人だけ使うだなんて無駄の極みです。是非、世のため人のため、世界の平和のために……」
「……あの!」
僕は勇気を出して、吉村さんの話を遮った。吉村さんは面食らったようだった。
「……何ですか?」
「あの、僕は、山吹先輩のことを信用してますから……あなたの話は……何と言いますか……いえ、何でもないです。お、お帰りください……!」
「ふうん……」
吉村さんは肩に乗っかっていた蛟を手のひらに移動させた。
「蛟、お願い」
ギャアッ、と蛟が鳴いた。途端に、ザアッと外から尋常でない音がした。びっくりして窓を見ると、外はスコールのような大雨に襲われていた。ええっ、とブースにいたもう一人の客が驚いている。
「室井さん。あなたが私たちに協力してくれると言うまで、この雨は止みませんよ。このままだと学園祭が台無しですねぇ? それに学園祭が終わっても、あなたの行く先では必ずスコールが降るようにもできます。さあ、どうしますか?」
僕は椅子から立ち上がって窓の外の様子を見てから、吉村さんを振り返った。
「……あなたはそういうことをする方なんですね、吉村さん」
「あなたほどの実力者を引き入れるためなら、このくらいのことはしますよ。さあ、あなたの力を貸してください」
僕はいっとき瞬きをした。
「……お断りします」
「何故です? このままずっと大雨でも良いのですか?」
「あなたのこの行動が証明しているんですよ」
僕は静かに言った。
「あなたは世のため人のためではなく、自分たちのためにあやかしの力を使って、他人を困らせる人なんだっていうことを」
「大いなる目的のためには、多少は融通をきかせる必要もあるんです」
「僕は脅されて協力なんかしたくありません。脅してでも人を引き込もうとする団体に入るつもりもありません。それに、そろそろこちらへ来ますよ。山吹先輩が」
ガラガラッと、半開きになっていた教室の引き戸が全開になって、山吹先輩があや研のブースに入ってきた。
「げえっ!?」
吉村さんは露骨に嫌な顔をした。若干及び腰になっている。
「蛟……! どうして教えてくれなかったの!?」
「そりゃあ」
山吹先輩はずかずかこちらに近づいてくる。
「蛟が雨の方に気を取られてたからじゃないか? あやかしに怒っても仕方ないだろう。何たって相手はあやかしなんだからか。それよりも、話は聞かせてもらった。なかなか良いことを言うじゃないか、室井くん」
「ありがとうございます」
「待ってな。今、こいつと蛟を呪ってやるから」
山吹先輩は壁際まで逃げた吉村さんに詰め寄って、ぱちんと指を鳴らした。
「クウちゃん、キイちゃん、リンちゃん。この女と蛟に災いをもたらしてくれ。当分は雨を降らせることができなくなるように」
「キュウウウン」
管狐たちが一斉に山吹先輩の肩に乗ったかと思うと、威嚇するように背を丸めて毛を逆立てた。
雨は徐々に止んでゆき、遂には晴れ間が広がるようになった。
「あ、ああ……」
吉村さんは完全に動揺している。
「そんなっ。私の蛟が使えない……!? よくも……!!」
「よくも、はこっちの台詞だよ。室井くんを脅して連れて行こうなんて。やり方が雑なんだよ。やっぱりあんたみたいな雑魚のやることは、高が知れてるな」
「何ですって」
「ほらほら、いいから。あんたは出禁だって前に言っただろ? とっとと出て行きな」
山吹先輩は吉村さんの背中をぐいぐいと押して、開け放たれた扉の方へと連れて行って、吉村さんを教室から蹴り出した。
「ううう……悔しい……! 欲しい……!」
吉村さんはそんなことを言いながらも、廊下を走って逃げて行ったようだ。
「ふう、一件落着。室井くん、待機ご苦労様。時間だから、交代しようか」
「あ、では……」
僕は立ち上がって、山吹先輩に椅子を譲った。
「よろしくお願いします」
「ああ、楽しんでおいで、室井くん」
「……はい」
「ああ、それから」
山吹先輩は付け足した。
「室井くんの未来にまだ吉村香穂子の存在が読み取れる。奴が構内から姿を消すまで、千里眼で見ながらうまいこと避けて行動するといい」
「ああ、分かりました……ご忠告ありがとうございます」
「いえいえ。じゃあ、また後でな」
「はい」
僕は、あやかし研究会のブースを後にした。後には山吹先輩と、何が何だかさっぱり分からない様子の客が残された。
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