151話 操者の行方(1)
アリアの力は、系統魔法を使っているとはいえ規格外に近いと思う。あちこち壊れていたはずの建物が、すべて元通りになっていた。
おかげで道も歩きやすくなっており、邪魔な瓦礫がなくなったから探し物もしやすい。いくら眺めても、昨日ここで戦闘が起こる騒ぎがあったとは思えないくらい片付いてしまっている。
「そういや、クリムの調査ってもう終わってるの? 全部元に戻しちゃったら、調査とかできなくなるんじゃない?」
「昨日の時点でほとんど終わってたらしいぜ。クリム自身が一部当事者だったってのと、有力な証言があったらしくてな。アイリス様を撃ち殺そうとした犯人は、ほぼ特定できたそうだ」
「はやっ!? クーってやっぱり優秀なんだね」
そりゃあ、元々生真面目バカな神だから、役割はほぼ完璧にこなすだろう。
それよりも、アイリスを撃ち殺そうとするなんて、言いたくないけど無謀だ。そんなことをしでかすなんて、きっとろくな奴じゃない。
ティアルはその犯人を知っているのか、そう尋ねようとしたとき────突然、ティアルが向かって右の路地裏の方へ身体を向ける。
「どうしたの?」
「アスタ、先に私についてこい。お前ならそう簡単には死なないんだろ」
「わかった。ユキ、ボクの後ろから出ちゃダメだよ!」
ティアルが赤い刃を持つ片手剣と、赤い装甲が施された盾を召喚する。剣を右手に構え、路地裏の中へと走っていく。アスタも短剣を構えてティアルの後をついていった。
私はわけがわからないまま、とりあえず片手剣を召喚して右手に構えつつ、アスタの後ろをついて走る。
路地裏は当然ながら薄暗く、この中でティアルが何を見つけたのかわからなかった。魔物でもいたのか、それとも行方不明になった誰かがいたのか────
「待て! 私はアーケンシェンのティアルだ、なんで逃げるんだよ!?」
路地裏の角を何度も曲がる中、そう叫ぶ声が聞こえた。わざわざ名乗っているということは、少なくとも魔物ではない。
ある程度走ったところで、ティアルとアスタが立ち止まる。その先にもう一人、誰かが立っていた。
「お前、誰だ。そのローブを取ってくれ」
「……あたしから、奪いに来たんですか?」
黒いローブの人物が、フードの下からそう答えた。どこかで何度も聞いたことがある声……かもしれない。
「私は何も奪わない。ただ、お前が誰なのか知りたいんだよ。お前はここの神だろ?」
「……よく、わかりましたね。さすがはティアル様」
妙に暗いトーンの声で答えつつ、その人物がフードを取った。私たち三人は、一斉に息を飲む。
私たちの前に立つ、赤い茶髪のポニーテールの女性。光を失った虚ろな赤い瞳は、見ているだけでこちらの心を痛ましくさせてくる。
「えっ……トルテさん!? なんでここに────」
「『マテリアル・ウィールダー』〈ディフェンス〉!」
私がトルテさんへ手を伸ばそうとしたとき、突然ティアルの前の地面が四角い石の壁となりせり上がった。
その直後、壁の向こうから弾丸の嵐が襲ってくる。なんとか踏ん張るが、あまり時間が経たないまま防壁にひびが入り始める。
「ボクが止める、『〈
アスタが防壁を駆けのぼり、自身の幻体を生み出した状態で攻撃の嵐に突っ込んだ。銃か何かの発射音に混じり、エネルギー弾のようなものが炸裂する音が聞こえてくる。むやみやたらと放たれてきた攻撃が、いきなり収まったのだ。
防壁は守る力を失い、一気に崩れ落ちる。その先にアスタと、攻撃を行ってきた人物三人が対立する形になっていた。
一人は、赤いメッシュが入った金髪をリーゼントに仕上げ、暗い金色のバイクに乗っている青年。その後ろに、幼い頃から知る顔ぶれが見えた。トルテさんは、三人に守られるように後ろに佇んでいる。
「シオン、ソル!? ここにいたの!?」
「ユキア待て、危険だ!」
思わず近づこうとするも、ティアルに止められる。冷静に観察すると、三人の目には何の感情も宿っていないように見えた。ソルはともかく、シオンやオルフさんまで無表情なのは明らかに異常だ。何も喋らず、トルテさんと同じ光のない目で私たちを見据えるだけ。
『……ユキア……アスタ……ティア、ル……』
今聞こえた声は、オルフさんが乗っているバイクの赤い宝石に宿る魂によるものだ。
何かを警告するように宝石をチカチカと光らせ、掠れた声を漏らすバイク──いや、ルマンさん。いつも話していたときと、雰囲気が違う。
『ダメ……だ……早く……に、げ────』
オルフさんがハンドルを強く握る。一緒に力をかけられたクラッチレバーがカチッと小さく音を鳴らしてまもなく────私たちの前に立っていたアスタ、ただ一人を銃弾の雨に晒したのだ。
「待って!? やだやだ痛い痛いっ!!」
「『マテリアル・ウィールダー』〈ディフォーメーション〉!!」
小さな身体が銃弾に何度も貫かれる中、ティアルが周囲に転がった石を大小問わずかき集め、槍型の弾丸に変形させたものをオルフさんへぶつけようとする。そこで銃弾は一度撃たれなくなったが、シオンが戦斧で石の弾丸を弾き飛ばしてしまう。
アスタは一度に何発も撃たれたことで大量に血を流し、その場に座り込んでしまう。
「アスタ、大丈夫!?」
「ううっ……気をつけて! みんな容赦がなくなってる!!」
「〈ヴェントゥス・エアーカッター〉」
シオンが攻撃を防いですぐに、ソルが私に向かって風の刃を放った。なんとか横跳びして刃の射線上から逃れたが、壊れかけた石の壁に刃がぶつかって粉々に砕けた。
オルフさんたちの背後に立つトルテさんは、虚ろな目で私たちを見つめるのみだった。虚ろでありながら、どこか狂ったような微笑みを浮かべている。
「あたしのお菓子の虜たち……あのひとたちを殺して」
そう告げたトルテさんを守るように、オルフさんとシオン、ソルが立ちはだかる。
戦いたくない。なら、戦わず済むような対処がいる。
そうだ、オルフさんは一人じゃ戦えない。ルマンさんが抵抗できたりすれば、戦えなくなるのではないか?
「待って! ルマンさんは自分の意思を持ってるはずでしょ、どうにかして止められないの!?」
「ルマンはあくまでオルフの武器だ! オルフに操作されている中で、あいつが命令に逆らえる機能はない!」
さっき、ルマンさんの言葉が聞き取りにくくなったのもそのせいみたいだった。
ティアルは苦虫を噛み潰したような顔になり、剣のグリップと盾の取っ手を強く握りしめる。
「ちっ、こうなったら四肢の一本でも潰すか。最悪、殺すしか……」
「嫌だ! よりにもよってシオンとソルまで……私は殺したくなんかない!!」
「そんなこと言ってる場合か! このままじゃお前らの命も危ないんだぞ!?」
誰に言われようと、殺して終わらせるなんて絶対に嫌だ。カイザーはそんなことしない。何か方法があるはずだ。
……? 待って。昨日のノーファの言葉を思い出してみろ。戦闘の最中で、私は記憶を辿る。
────星幽術で作られたお菓子を食べた者たちは、みんな彼女の虜となり、思い通りに動く人形となる────
あいつの言葉が正しいとするなら、トルテさんが生誕祭で作っていたお菓子にはアストラルが含まれている。そのアストラルの作用によって、限定スイーツを食べた者たちは奇妙な行動をし続けているということではないだろうか。シオンとソルは実際に食べていたのだから。
ならば……そのアストラル自体を取り除いたら?
「〈
「戦女神化」を発動させ、自身の姿を大きく変え超強化する。片手剣から双剣に変わった武器を構え、彼らの動きを見据える。
オルフさんがルマンさんに跨ったまま、アスタへと突っ込んでいく。アスタが轢かれないように壁を軽く駆け上り、上から短剣を突き刺そうとしているところに、私が叫んだ。
「アスタ! アストラルを取り除く星幽術、あったでしょ!?」
「えっ? ……あ、うん! じゃあボクはこっちから!」
私の言いたいことが伝わったようで、地面に降り立ってすぐにオルフさんへと突っ込んでいく。手元に淡い光を集め、一気に距離を詰める。
虚無に等しかったオルフさんの顔に焦りが表れる。急いでルマンさんに取り付けられた銃口の束で迎え撃つも、軽々と飛び上がったアスタは難なく背中に回り込んだ。
「『〈
淡く光る手のひらをオルフさんの背に押し付けた。オルフさんの身体から力が抜けていき、ルマンさんのハンドルに倒れ込んだ。
私もやらなきゃ。シオンとソルの前に立ち、剣を構え直す。二人は依然として、私を冷たく見つめている。
「……諦めが悪いのね。その二人はもう、あなたを忘れているのに」
彼らの向こうに立つトルテさんもまた、冷ややかな目つきをしていた。
なんだ、私のこと覚えていたんだ。逆に絶望したくなったけど。
「トルテさん。どうしてこんなことをしたのか知らないけど、罪はきっちり償ってもらうよ」
「ユキアちゃんからそんな言葉が出てくるなんて……むやみやたらと現実を突きつけないで」
冷たい言葉が聞こえた直後、戦斧が私に向かって振りかざされる。後退し、私が立っていた場所に刃が振り下ろされる。ソルも風の刃で追撃してくるが、双剣で斬り裂きかき消した。
私の場合は詠唱があるから、アスタほど早く終わらせるのは難しい。詠唱の隙を突かれたら厄介だ。
「ティアル、二人を捕まえて!」
「お、おう!」
私は双剣を一旦しまい、前方に魔法陣を展開する。この間に攻撃されないようティアルに突撃してもらう。二人の注意は、ティアル一人へと集中した。
ティアルは石の壁、石の弾丸で二人を牽制してくれる。この路地裏は狭いし、シオンとソルなら逃げようにも逃げられないと思う。戦っている間にテレポートの類の魔法を使われる可能性もあるだろうが、今のソルにそんな考えが浮かぶとはあまり思えなかった。
まあ、逃げられる前に術を使ってしまえば、何も問題はない。
「歪められし生命よ、在るべき形に戻れ! 『〈
魔法陣が輝き出し、放たれた白い光がシオンとソルだけを包み込む。すぐに動きが止まったわけではないが、みるみる表情が眠たそうなものになり、その場に崩れ落ちた。
そこから起き上がる気配はなく、寝息を立てている。オルフさんも、ルマンさんの上でいびきをかいていた。
「お前らすげぇな。何をしたんだ?」
「シオンたちの中にあったアストラル……異物を取り除いたの。私の見立てが当たってるかわからなかったけど、殺さずに済んでよかった」
「だな。助かったぜ、ありがとな」
感謝されるのはいいけれど、安心している暇はない。
トルテさんは戦えないはずだが、得体の知れない星幽術を習得しているらしい。使える星幽術が複数かつ攻撃系だったら、ティアルの身が危ない。
「ああ……やっぱり、あたしじゃダメなのね」
だが、攻撃する動きは見えない。私の杞憂だっただろうか。
私が前に出ようとする前に、アスタがトルテさんへと近づこうとする。数歩歩いて彼女に「来ないで!」と拒絶されたところで立ち止まった。
「トルテ。キミはノーファに騙されてる。そっち側にいちゃいけない」
「黙って。あなたたちに何ができるというの。レオーネを取り戻すことなんて、あなたたちにできるわけないでしょう!?」
路地裏に怒鳴り声が響き渡る。レオーネ、という名前はここに来るまでに何度か聞いた。トルテさんの大切なひとの名前だ。
「あたしにはノーファ様しかいないの。アイリス様を殺さなきゃ……ノーファ様の望みを叶えなきゃ……」
「そんなことしなくたって、私がトルテさんを助けるよ! レーニエ君と約束したんだから!!」
私たちに虚ろな目を向け、爪が食い込みそうなくらい拳を強く握っている。
正直、どうしたらいいかわからない。でも、あのひとを助けたい。私に好きなものをくれたトルテさんを────
「ねぇ、ノルン! 来て!!」
突然、トルテさんは空を仰いで誰かを大声で呼んだ。返事は、すぐに降ってきた。
「あちゃー。懸念が当たってしまいましたか。まあ、仕方ないですよね」
降ってきた声は、知っているものだった。
トルテさんの前に、黒いローブを着た人物が降り立った。フードで素顔はわからないけれど、彼女よりも背が低い。
明確な特徴は掴みづらいが、覚えている。あまりにも憎たらしかったから。
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