152話 操者の行方(2)
「あんた……この間ノーファの前に現れた奴ね」
「ああ、覚えていたんですか」
自分の予想が間違っていないかどうか、確かめるまでもなかった。声も、喋り方も、昨日見た奴とそっくりそのままだ。
「時を止めたのかなんだか知らないけれど、よくもトルテさんを連れ去ってくれたわね。あんたのことは叩き潰そうって思ってたところよ!!」
「……はぁ。僕はあなたを殺すつもりなんて、一切ないんですけども」
殺そうが生かそうが、敵の考えなんて知ったこっちゃない。私から見たら、正体がわからない上に攻撃してきた者は全部、倒すべき対象だ。
「……おい。お前、私のこと知ってるよな?」
急に、ティアルがローブの人物──ノルンに話しかける。とても動揺した声だった。
「さあ。僕は知りませんけど?」
「絶対知ってる!! そのローブ切り裂いて、正体暴いてやるっ!!」
ティアルが盾を構えつつ、剣を構えて振りかざす。ノルンにどれだけ回避されようと、黒い布を剥ぎ取らんと必死に食らいつく。
「本当、血の気が多いですね……!」
やがて、ノルンが翠緑のスピアを片手に召喚し、ティアルの剣をいなす。ティアルの胴体めがけて槍を突き刺そうとするも、赤い盾で防がれる。そもそも、ティアルは普段から鋼鉄の鎧をまとっているから胴体を狙うのは難しい。
首元に狙いを変えたところで、ティアルも相手の動き方がわかっているのか回避し、追撃として剣を押し出す。
「っ、〈
ノルンが小さく詠唱し、ティアルから大きく距離を取った。
〈
そもそも、前提がおかしい。あれは神にも人間にも危険な力じゃなかったの?
「彼方の未来、我が眼に映せ、『《
かなり早口で詠唱した後、青白い光がノルンが包み込んだ状態でスピアを構える。再びティアルに突っ込んできたので、彼女も応戦した。
しかし、ティアルの剣がすべて避けられたり、スピアで防がれたりする。まるで、動きをすべて読まれているみたい。
「ティアル避けて! 〈ルクス・ブラスト────」
「わかってますよ」
「うっ!?」
スピアの切っ先で頬を切られ、詠唱が中断されてしまう。双剣の片方を突き出そうとしても、スピアでみんな防がれてしまう。これでは私もアスタも、まともに近づけない。
「ぐっ!? ど、どこに……早すぎる!?」
動きが予測できなくなってきて、盾を攻撃される位置に持ってこられない。ティアルのまとう鎧の中でも、装甲がない部分や装甲の継ぎ目といった柔らかそうな部分を集中的に突いていく。
「『クロノス・オペレーター』〈アクセル〉」
「────ぐああぁッ!?」
何か魔法が発動した瞬間、ティアルについた傷すべてが一気に開いた。鮮血が噴水のごとく溢れ出し、辺りの壁と地面を一瞬で赤く染めた。
身体が爆発したかと思った。ティアル自身の身体は、まだ原型を保っている。
「ティアル!! 〈ルクス・ヒーリングサークル〉!!」
「う、うう……すまねぇ、ユキア……」
血の海にうつ伏せで倒れたティアルを光で包み、止血して傷を治そうとする。「戦女神化」した状態だから、いつもよりも治る速度は早くなっている。
アーケンシェンを一度で出血多量に陥らせるなんておかしい。ただ槍で攻撃しただけでは、辺り一面が血の海になるほどの惨状にはならないはずだ。
「あんた、ティアルに何したの!?」
「簡単なことです。攻撃を加えてすぐに、傷口の開き方と血流の時間だけ加速させました」
「……確かに、やりようによっては一気に出血させられるかもね。結構えげつないことするじゃん、キミ」
アスタの冷たくなった言葉を聞いているだけでゾっとする。そんな恐ろしい方法を使うなんて、本気で殺すつもりとしか思えない。
相手は私よりも遥かに長く生きていて、それなりの惨劇を経験しているような……そんな気がした。
「お前……トゥーリだろ」
血の海の中から這い上がり、上半身を起こしたティアルの言葉に、返事はない。私たちも、言葉を失っている。
「『クロノス・オペレーター』……私やカルデは何度も見てきたからわかる。トゥーリの固有魔法だ」
「……だから、どうしたというのです?」
「お前はトゥーリの偽物か!? そうならそうと言ってくれ!! トゥーリがこんなことするわけない!! あいつは穏やかで優しい奴で……何よりイレギュラーに弱いお前が、こんなことできるはずない!!」
感情をそのまま叩きつけるように叫び、血溜まりから這い上がって汚れた頬に涙を伝わせていた。
ノルンを包んでいた青白い光が、薄っすらと消えていく。光がすべて溶けたとき、大きくため息をつきながらフードを掴む。
「イレギュラーに弱いのは事実です。でも、いつかはこうなるだろうと思っていましたし、予測の範囲内です。甘く見られては困ります」
フードを引っ張り、黒い布が大きく舞った。その向こうには、キャッセリアの神ならよく知る姿が見える。
特徴的な中折れ帽は見当たらなかった。けれど、赤と緑のオッドアイという、アーケンシェンとしての明確な証はすぐわかった。
仮にも神々を統率するはずの存在が、黒い布の下で同じ立場の神を傷つけていたのだ。
「……本当に嘘吐きだったんだね。トゥリヤ」
アスタの低くなった声が、路地裏に響いた。
トゥリヤは懐から、懐中時計の装飾がついた中折れ帽を取り出し被った。そこで確信せざるを得なかった。
ノルンという名を持つ、ノーファの仲間────その正体は、アーケンシェンとして「
「なんなのよ、あんた……アイリスやみんなに認められたアーケンシェンのくせに、こんな真似するなんて! 何もかも裏切って、何をしようっていうのよ!!」
「ちょっと、黙っててもらっていいですか」
トゥリヤが一本の漆黒のナイフを握り、私めがけて突進する。あんな武器まで持ち合わせているのか。
私は双剣で防ごうと構えるが、間に合わない────そのとき、私とトゥリヤの間に人影が割り込み、当然のようにナイフが彼の腹に突き刺さる。
「かはっ……ユキ、だいじょーぶ……?」
「アスタ!?」
「やっぱりそうしましたか、アスタさん」
私は思わず武器を捨てて、後ろから彼を抱き留めた。トゥリヤは血液をまとった黒いナイフを片手で持ち、私たちを冷え切った目で見下ろしている。
「ユキアさんを狙えば、必ず庇うと思ってました。だって、アスタさん……あなたは友達想いの優しいひとですもんね」
「トゥーリ……! お前、なんてことをっ!!」
ティアルが片手剣だけを握ってトゥリヤに斬りかかるも、軽々と回避されてしまう。
私はアスタの身体が再生して、もう一度立てるようになるまで待った。だが、アスタは何度も咳き込んでは、口を押さえた手を真っ赤に染めている。
「ううっ!? ごふ、こふっ……ま、待って、血が止まんない……!!」
「再生するんじゃないの!? なんで!?」
「あのナイフ、変だよ……アストラルが使えない……うぐぅっ!?」
「アスタ、しっかりして!!」
何度も何度も血を吐き続けて、今度は刺された腹を押さえていた。どんどん呼吸が不規則になっていく。あまりにも痛ましくて、必死に抱き寄せた。
死なないと安心しきっていたのが間違いだった。神でも人間でもないこの子も、生命の一つに変わりはないんだ。
「トゥーリ……そんな物騒な代物、どこで手に入れた?」
「言うわけないでしょう。僕が処分されてしまいますから」
「……本当に、本当に私たちを裏切ったっていうのかよ……どうしてだよ!!」
ティアルがこちらに背を向けた状態で立っているので、どんな顔をしているのかわからなかった。相対するトゥリヤは、見たこともないくらい鋭い目で私たちを睨みつける。
「理由ばかり求めて、何になるんですか。僕には、敵の力を使ってでも────やらなきゃいけないことがあるんですよ!!」
ナイフを持っていない方の手を、私たちへ向ける。指にまとわりついた血を振り払うことさえしない。
「刹那よ、我が望みに応えたまえ────」
冷然とした詠唱が進むにつれて、周囲に異様な魔力が発生する。稲妻のような光とともに空気が激しく揺さぶられ、大気が不安定になり始める。
これは……もしかして、トゥリヤの神幻術?
「ユキア、トゥーリたちは私が止める! お前はアスタを連れて離脱しろ!」
「ティアルは!?」
「正しき流れを狂わし、時の裁きを下す力を今ここに────」
異様な魔力はやがて、周囲の空間が裂けて穴が空く。穴の奥は黒しか存在せず、入ったら奈落の底まで落ちてしまいそうだった。
「っ、私がやらなきゃいけないんだよ!! これ以上奪われたくねぇんだよ、どっか行け!!!」
聞いたこともない激しい怒声に圧倒されないわけもなく。私はアスタを抱え、その場から走った。
一応、「戦女神化」した状態はまだ保てている。前よりも長く持っているのは嬉しいけれど、喜んでいる場合じゃない。
「……ユキ、お願い……ヴィーのところに、連れてって……!」
「ヴィータね!? じゃあデウスプリズンに行くわよ!」
アスタの意識が朦朧としているみたいで、今にも気絶しそうだった。もう四の五の言っている場合じゃない。自分に未だ宿っている力を放ち、急変した空へと飛び上がる。
────その直後、何か重たく固いものが私の頭に激突し、激痛で失ってはいけない意識を手放してしまった。
視界が暗くなる直前────私を見上げる、黒いローブがいくつも見えた。
*
変身した姿が光に包まれ、元に戻っていくと同時に身体が落下していく。アスタを腕に抱えたまま、ユキアはいつもの姿に戻って地面に投げ出される。その近くには、ユキアの頭に投げつけられた黒いメイスが転がっていた。
建物の陰に隠れていた「黒いローブの集団」が、地面に転がった二人を囲むように現れる。
「その子は『五番目』ね。早く回収して」
黒いローブの集団の中にいる一人の命令で、他の者たちが動き出す。気絶して動かなくなったユキアの身体を引っ張り上げ、彼女が抱いていたアスタを落とし蹴り飛ばした。
さらに転がされた子供を尻目に、ローブたちは会話する。
「『二番目』と『六番目』はどうします?」
「そうだねぇ、六番目を優先して。二番目はなんだかんだ逃げ延びてるし、あとでとっ捕まえて見せしめにしちゃおう」
「『三番目』はすでに捕らえていますしね。『二番目』を釣る餌にしますか?」
「そうだね。まあ、居場所を突き止める前に私たちが殺してもいいかもね」
不穏な言葉ばかりがアスタの耳に入る。止めどない出血と激痛に苛まれながらも、アスタは身体をひきずり、司令塔らしきローブの人物の足首を掴んだ。
「っ、近寄らないでよ化け物!」
すぐに振り払われ、さらに地面を転がった。足首を掴まれた人物は蹴り飛ばした子供を、拾い上げたメイスで殴りつけようとするが。
「放っておきましょう、リコリス。『黒刃』を刺したのなら、しばらくは追ってこれないのでしょう?」
「……そうだった。もう行こう」
周囲の人物に諫められ、回収されたユキアの身体を抱えて路地裏へと逃げ込んだ。
アスタは、遠ざかる人影たちに向かって手を伸ばすしかできなかった。謎の負傷さえしなければ、傷なんてものともせず敵を追いかけることができるのに。
「待って……ユキを、かえ、せ……!!」
震えながら伸びる手から力が抜け、地面に落ちると同時にアスタの意識も失われる。
────そんな一連の様子を、ひとりぼっちの黒い影が見守っていたことなど、誰も気づかなかった。
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