150話 守護騎士の教え

 *


 私たちは宮殿を離れず、空いた部屋に簡易的な布団を敷いて眠りについた。私とメアは一緒に寝転がって、すぐそばにステラとアルバトスが一緒に眠っている。他のひとたちはわからないけれど、私はあまりよく寝つけぬうちに、窓から射しこんできた朝日で目が完全に覚める。

 私が朝日に照らされる中で身体を起こすと、壁際で座りながら眠るアスタの姿を見つけた。布団にくるまるどころか、何もかけずに眠っているから、とても寒々しく見える。

 メアたちを起こさないように立ち上がり、アスタの肩を揺らした。すぐに目を薄っすらと開けるも、少し揺らした程度じゃ眠気はすぐ覚めないみたいだ。


「待って……待ってよロミー……ボクも一緒に……」

「何寝ぼけてんのよ! 起きなさい!」

「わぁっ!?」


 思い切りデコピンをかますと、大げさな声とともに額を押さえた。これだけで、ちゃんと目を覚ましてくれたみたいだ。


「あれ……ユキ? おはよ?」

「あんた、アイリスの寝室で様子見てたんじゃないの?」

「カトラスが見てるだろうからいいの。ていうかもう知らないよ、あんな奴!」


 どこか投げやりな口調でそう答えたところを見ると、また喧嘩でもしたらしい。本当懲りないな。


「ん……ユキア? もう起きてたのか?」

「むにゃむにゃ……おねーちゃん……」

「ぐぅ……ステラ様……」


 メアは起きてしまったが、ステラとアルバトスは眠ったままなので、三人でエントランスに向かった。

 エントランスには、避難してきた神々が何人か立っている。みんな不安そうで、落ち着かない様子で辺りをうろうろしていたり、壁際に寄りかかって様子を窺ったりしていた。


「はぁ、はぁ……あ、ユキア! ちょうどよかった」

「ティアル!」


 歩いていると、ティアルが宮殿の二階から戻ってくるところに出くわした。

 どうやら、カルデルトが路地裏で倒れているのを見つけたようで、アイリスの治療もあるので彼女の寝室に運び終えたのだという。カルデルト自身は、朧げでは意識があるようで、ゆっくりと自分の処置をしつつアイリスの治療を行うそうだ。


「トゥーリをどっかで見てないか?」

「まだ見つかってないの?」

「そうなんだよ。安否がわかっていないのはトゥーリだけなんだ。こんな状況であいつが戻ってこないなんてありえない、きっとどこかで動けなくなっているんだ」


 一般神の一人である私から見ても、アーケンシェンは全員揃ってくれていた方が嬉しい。むしろ揃っていないと不都合が出てくるだろう。


「ユキア、一緒にトゥーリを探してくれないか?」

「え、私?」

「お前らもいなくなった仲間がいるだろ? それに、今日またいなくなった奴もいるみたいなんだ。早めに原因を特定するためにも、こういう事情に精通した奴も同行させた方がいいと思ってな」


 確かに神隠し事件以降、よく事件に巻き込まれるようになったけども。こうやってアーケンシェンからじきじきに頼まれるようになるなんて思わなかった。


「わかった。今すぐ行こう」

「おう。メアとアスタも来いよ、人数は多ければ多いほどいい」

「いや、ちょっと待つのじゃティアル」


 二階から降りてきたカトラスさんに出くわし、ティアルがああっと声を上げた。


「カトラスさん! アイリス様の容態は平気か?」

「今は眠っておる。お主もちょっと休めばいいのに、慌ただしいのう」


 カトラスさん曰く、アイリスはどうやら、夜の間少しだけ意識が戻ったらしい。朝が訪れる少し前にまた眠りについて、そこからまた眠りっぱなしだそうだ。体調がかなり不安定な状態みたいだ。


「私たち、これから行方不明者の捜索に行くんだ。宮殿のこと頼んだぜ」

「だから待てと言っている。メア、お主はここに残った方がよい」

「えっ……な、なぜ!?」

「例の病気の経過観察中なのじゃろう。カルデルトから聞いておる。無茶はいかん」


 カトラスさんが顔をしかめ、メアにそう告げる。静かに唇を噛みしめる親友を見ていられなかった。だけど、メアの黒幽病が悪化でもしたら、私も後悔するに決まっている。


「メアはステラのそばにいてあげて。シオンたちは、私たちが必ず見つけ出す」

「…………わかった。私が言えることじゃないかもしれないが、無理はしないでくれ」


 レーニエ君の言っていた通り、私たちにできることは限りがある。その限りの中でどれだけ最善を尽くせるか、それが一番大事なこと。今のメアにだけできることがあるはずだ。

 私の横で、複雑そうな顔のアスタがそっぽを向いていた。カトラスさんがそれに気づき、仕方なさそうにため息をついた。


「アスタ。ユキアを守りたいのじゃろう? ならば今は、ユキアのことだけ考えて行動せい」

「……なんでわざわざ言うの? 言われなくともそうするし。カトラスはアイリスだけ守ってれば」

「意地を張れるほど余裕がある状況じゃないじゃろう。……まあいいわい。今に始まったことじゃないな」


 なんだか、今までよりも深刻な言い合いをしたみたいだ。私はあまり介入したくない。

 メアとカトラスさんに見送られながら、ティアルの後をついていく形で宮殿を出る。




 雨はもう止んでいるみたいだった。けれど、街の姿はあまり変わっていない。瓦礫もほとんど片付いていないし、壊れた屋台や装飾もそのままだ。


「心配するな。アリアももう起きてるだろうから、すぐ直るぜ」

「……あれ? あっちはもう大丈夫なの?」

「あー! ティアルにユキアに……アスタだー!」


 ずっと眠っていると思っていた人物が、瓦礫が散乱する現場から走ってきた。アリアが私たちを見つけ、特にアスタへと飛んでいった────が、本人に回避され「ぷぎゃあ!」と間抜けな声とともに地面にぶっ倒れた。すぐに身体を起こしたけれど。


「も~! 避けることないじゃない!」

「だ、だっていきなり抱き着こうとしてきたんだもん!」

「なんだ、普通に調子良さそうじゃねーか」


 さらにアスタへ詰め寄ろうとするアリアの首根っこを掴んだティアル。しっかりとアリアを立たせたことで、彼女も多少は興奮が落ち着いたらしい。


「街を直すところだったのか?」

「そうだよ。なんか知らないうちにひどいことになってるね~。アイリス様もずっと眠ってるし」

「アリアは何があったのか覚えてないの?」

「う~んと……昨日、クリムをボコボコにしようとしたシファって奴を倒そうと思って……そこから覚えてないなぁ」


 そこまで壮絶な記憶がなんで抜けているんだ。それにシファとクリムがやり合ったなんて話も初耳だ。本人は何も言わなかった上、あまり怪我していないように見えたから気づけるはずもない。

 

「とりあえず、私は街の損傷を元に戻すよ。ティアルたちもやることがあるなら行きなよ」

「おう。ここが終わったらアイリス様のところへ戻るんだろ?」

「うん! アスタ、カトラスさんから聞いたよ。アイリス様のお世話してくれて、ありがとうね」


 手をひらひらと振りながら、瓦礫と化した建物の方へ向かっていく。アリアの武器である薄桃色の両手剣を召喚し、晴れた空へと掲げた。


「〈ルクス・クリアフィールド〉!」


 アリアの周囲に黄金の光が満ちて、壊れた建物が密集する一帯をまぶしく包みこんだ。

 街中が光り輝き、散乱していた瓦礫が建物の方へ集まっていき、元々建っていた形に戻っていく。光が消えていく頃には、壊れた建物たちがほとんど元通りになる。まるで、悲劇があっという間になかったことにされていくように。

 街が完全に元通りになると、アリアはすぐさま宮殿の方へと向かっていった。


「……あれ? ユキ、アリアって系統魔法使うの?」


 綺麗になった繁華街を歩きつつ、アスタがそんなことを聞いてくる。私は昔からアリアに剣術や戦い方を教えてもらっていたから、何の疑問もなかった。


「アリアは昔からそうだよ。私もあのひとから戦う方法を教わってるし」

「ん~……? でも、クーが系統魔法使ってるの、見たことないよ? クロウリーだって────」

「あ? お前らなんか言ったか?」

「な、なんでもないよティアルっ!」


 アスタがクロウリーの名前を出した瞬間、心なしかティアルの顔に青筋が立ったように見えた。慌てて私が遮ったおかげか、いつも通りの明るく陽気な態度に戻ってくれる。


「私も詳しいことはわからないんだが、アリアは百年前のデミ・ドゥームズデイで深い傷を負っちまったんだ。その後遺症で本来の力を使えなくなったから、めちゃくちゃ頑張って系統魔法を覚えたらしいぜ」


 デミ・ドゥームズデイを経験しているだけあって、アリアも結構苦労しているらしい。いつもの本人からそういった苦労の色は見えないから、余計にそう思う。


「私たちアーケンシェンは、元から系統魔法を使えないんだ。その代わり、一般神にはない特殊な力が使えるんだぜ。私は自然や物質の力を操れるとか、トゥーリは時間を操作できるとか、そういう感じにな」

「あ、だから固有魔法が強いんだね。他の一般神にはそんな大規模な固有魔法使えないだろうし」

「アリアにもあるんじゃないの? クーだって固有魔法持ってそうだよ」

「アリアは自分や周りの神の力を底上げできる、いわゆるバッファー系なんだけど。クリムは逆に、神の力を一時的に封じることができるんだ」

「……え? それはさすがにずるくない?」


 系統魔法はともかく、固有魔法だの神幻術だのを封じられたら大半の神が万事休すに違いない。私も鍛錬しているとはいえ、ちょっと身の危険を感じた。


「でも、今は二人とも固有魔法が使えなくなってるんだ。クリムはクリムで、色々大変だったからな……」


 クリムには悪いが、正直ほっとした。もし今でも使えたら、絶対敵に回さないようめちゃくちゃ丁寧に接さなきゃいけなくなるところだった。


「そういえば、系統魔法って誰が作ったの? 古代にそんなものはなかったよ」


 アスタはさらに疑問が生まれたのか、ティアルにさらなる質問をしていく。ティアルは快く答えてくれた。


「アイリス様が開発したんだ。神が生まれるとき、神幻術は大人になる頃に必ず発現するけど、固有魔法はそうじゃない。かといって神幻術だけだと、詠唱が長いものもあるから結構不便なんだ。そこで、神なら基本的に誰でも使える魔法を作る必要があったらしいぜ」


 へー、系統魔法にはそういうルーツがあったのね。実を言うと、グレイスガーデンで習うのは固有魔法の使い方や術式なので、系統魔法自体の歴史はあまり説明されなかった。


「逆に聞くけど、古代の魔法ってどんな感じだったんだ? アスタは使えるのか?」

「ううん、観測者は星幽術以外使えないんだ。ボクが見たことのある魔法は、もっと術式が短かったよ。その分自由度は低くて、自在にコントロールするのは至難の業だったみたい」

「ふーん……? 使いやすいのか使いにくいのか、判断しづらいな」

「多分、その点は現代の方が洗練されているんだと思う。ヴィーなら古代の魔法もよく知っているから、いつか聞いてみたらいいんじゃないかな」


 なんか、二人だけで話を進めて私だけ置いてきぼりにされてない? 私だって、カイザーが実際にどんな魔法を使っていたのかとか、どんな戦い方をしていたのか実際に見てみたいとか思ってるんだけど。

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