8話 星空と再会

 箱庭に訪れて初めての夜がやってきた。

 だが、未だにメアたちは見つけられない。人通りも昼間に比べてかなり少なくなった。

 手がかりを見つけることすらできず、不安で胸がいっぱいになる。もしかしたら、この箱庭に投げ出されたのは私だけなんじゃないか────そんな考えが頭をよぎる。


(というか、夜になっちゃったよ。さすがにまずいな……)


 真夜中の殺人鬼に出くわしたら大変なことになる。一応防衛手段は持ち合わせているが、人間相手に使うのが気が引ける。

 アンナちゃんの言っていた通り、本当に街から人が消えてしまった。このまま地上にいるのは危なさそうな気がしたので、魔法で屋根に登った。

 昼間よりも涼しい空気の中で、星々はいつもよりも澄み切って見えた。神の世界で見ていた星空とは、どこかが違う。この場所と向こうには、それほど見た目に違いはないはずなのに。


「……はぁ」


 疲れた、といった一言すら出てこない。

 メアたちと一緒に魔物を倒したところまではよかったのに。仮面の男に出くわして、わけもわからないまま人間の箱庭に放り出されて、挙句の果てに命を狙われて。

 今の神には人間と関わることが許されていない。戻れば、罰を受けることになるのだろうか。そもそも、私たちは元の場所に帰れるのか。

 人間の世界には憧れていたはずなのに……素直に喜べない。


「やあ、こんばんは」


 空に目を奪われていた意識を引き戻したのは、幼い声。気づけば、私の立つ隣の屋根に誰かが立っていた。

 薄橙色の短い髪に、周囲とはどこか浮いた服装。何より────この星空の下で、子供の双眸は昼間よりも美しく輝いていた。


「君……もしかして、昼間の……」


 相手は何も言わずにっこりと微笑みを浮かべる。

 ……そうだ。この子に言わなければいけないことがある。子供に向き直って、一歩踏み出した。


「あの、昼間はありがとう! 私をあいつから守ってくれて」

「ううん。無事でよかったよ、ユキ」


 ……ユキ?


「私の名前、ユキアなんだけど?」

「うん、知ってるよ。だから、ユキ!」

「というか私、君に名乗った覚えないんだけど?」

「キミから直接は聞いてないよ。偶然聞いたんだー」


 あれ? 私がこの街に来て名乗った場面って、かなり少ないと思うんだけど。

 そういえば夕方に耳にした人々の会話も気になっていたんだった。子供が窓を覗き込んでいたとかなんとか。

 色々と考えを巡らせていくうちに、望まぬ方向へ合点がいってしまう。


「……まさかあんた、私のストーカー?」

「ひどっ!? ボクはそんなんじゃないよ!?」

「じゃあ、何をどうしたら偶然私の名前を聞けるのよ!? あれ家の中での会話だったんだけど!?」

「うっ……!」


 これは図星か。

 ティルたちの家の窓に張り付いていたのはこいつだったのか。どうやら、変な奴に気に入られてしまったらしい。しかもかなりアホ。全然気づけなかった私もアホだけど。

 あれから接点もなかったはずなのに、どうしてこんなことを……。


「だって、ユキが心配なんだもん」

「え?」


 さっきとは打って変わって寂しい声だった。

 星の光に照らされた幼い顔は、僅かに憂いを帯びているように見えた。


「あの仮面の男に逃げられちゃったの。もし、ユキの身に何かあったら嫌だったんだ」

「えっ……ちょっと待ってよ。あんたが追ってった奴よね!?」

「そう。あいつには気をつけて。だから、一人になっちゃいけないよ」


 好きで一人になったわけではないのだけれど……。

 しかし……目の前にいる子供は、私の知らない何かを知っている。それだけは確かだった。

 見た目は私たちよりも小さいけれど、こちらにはないものを持っている。

 それに、あの時私を助けてくれた……悪い奴とは思えない。


「あんた、名前なんていうの?」

「ボクはアスタ。そう呼んで」

「アスタね。一応覚えとく」

「えへへー。よろしくねー、ユキ!」


 そう言いながら、子供──アスタは隣の屋根から飛び移り、その勢いのまま抱き着いてきた。

 命の恩人であるとはいえ、危ないし鬱陶しい!


「ちょ、離れなさいよ! 歩けないでしょ!」

「今からどこか行くの?」

「友達を探してるの。助けてくれたことには感謝してるけど、正直あんたと遊んでる暇なんて────」

「おーい! ユキアー!」


 微かな呼び声が耳に入る。

 この声は、メアだ……! アスタの腕を振りほどいて、急いで屋根から降りることにした。


「お友達?」

「うん、近くにいる。あんたとはここでお別れね」

「えー……あ、そうだ。最後に一つ」


 私に背を向けたと思ったら、こちらを一瞥した。


「殺人鬼の秘密を追ってごらん。きっと、キミたちの望むものを見つけられるはずだよ」


 私が呼び止める間もなく、路地の闇に飛び降りて姿を消してしまった。

 ……気になることは多いけど、今は合流が最優先。屋根から通りに飛び降りて、無事着地する。

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