9話 合流、そして

「無事か、ユキアっ!?」


 しっかりと地面に降り立ってすぐに、近くまで走ってきていたメアに肩を強く掴まれた。衝撃のあまり倒れそうになったが、バランスは崩さなかった。


「怪我はないか? はぁ、無事でよかった……」

「だ、大丈夫だから……離れてぇ……」

「早ぇんだよメア! もうちょっとゆっくり……って、いたぁ!?」


 メアが離れたところで、シオンとソルも後続してやってきた。

 私の姿を見た途端、シオンが間抜けな叫び声を上げる。


「テメェ、ユキア!! お前どこほっつき歩いてやがった!? 探したんだぞ!?」

「私だって不安だったんだけど!? 目が覚めたときには一人だったし!!」

「まあ、仕方ない部分はあるけどね」


 ソルはいつも通り冷めたまま。ブレが少なくて助かるけど、せめてこの事態を収拾するのを手伝ってほしい。

 とはいえ、これで四人揃ったのでよかった。見知らぬ世界に放り出されて、ようやく本当の意味で落ち着くことができた。




 誰もいない夜の街を歩きつつ、情報交換をした。

 私たちは、正体不明の仮面の男によって、この人間たちの住む箱庭に連れてこられた。

 メアの話によると、あいつはどうやら転移中に、不慮の事故で私だけを途中で落っことしたらしい。だから私は当初一人だったわけだ。

 仮面の男の目的は、私たちにこの箱庭に潜む魔物を倒させることらしい。魔物を倒す前にあいつに出くわしたら、殺される。

 そうでなくとも、私は既に命を狙われることが確定しているわけだけど。


「てか、殺されかけてよく無事だったな。助けてくれた奴がいたのか?」

「うん。アスタって小さい子。と言っても、素性がわかんないんだよね。あいつの攻撃を回し蹴りで防いだり、屋根の上にジャンプしたり、挙句の果てに私の跡をつけてきたり────」

「…………そいつ、本当に信じていいのか?」


 隣を歩くメアが、猜疑に満ちた目で私を見ていた。

 怪しむ気持ちはわからなくない。実際、私もあいつを信じ切っていいかどうか図りかねているし。


「少なくとも、私に危害を加えるようなことはしてこなかった。だから、ある程度は信じてもいいんじゃないかな」

「……ったく、お前は相変わらずお人好しだな」


 呆れたように呟くシオン。思わずムッとしてしまうが、思えばこれもいつもの光景だった。メアは仕方がなさそうに微笑み、ソルはいつも通り無表情。

 夜の街は、本当に静かだった。昼間の賑わいが嘘のように思える。民家の明かりがすべて消え去り、私たちのゆく道を照らすのは淡い星の光だけだった。


「……そうだ、ユキア。お前はこの街に潜む『殺人鬼』の話は知っているか?」


 不意に、メアが尋ねてきた。


「うん、この街で会った人から聞いたよ。『真夜中の殺人鬼』でしょ?」

「ああ。夜はその殺人鬼が出てくるという話を、噂で耳にしてな。早めに寝る場所を確保したいんだが」

「そういや、寝るところってどうするの?」

「いや……私たちも探したんだがな。宿泊できる場所がなくてな……」

「え? この街なら宿屋とかありそうだけど……?」


 もしかして、三人揃って宿泊費が足りないから野宿確定とか?


「私の所持金足したら、みんな泊まれないかな? お金はある程度持ってるから」

「そういう問題じゃねーよ。あれだ、こっちの金とあっちの金はちげーんだよ」


 割り込んできたシオンの言葉で、なんとなく理由を察せた。


「……通貨が違うから、お金が使えないってこと?」

「うん。一回、僕たちの持ってるお金で宿に泊まろうとしたんだけど、この街じゃ使えないからダメだって」


 さすがに、神の世界の通貨とこちらの通貨を両替する方法はないだろう。

 つまるところ、私たちの持っているお金じゃこの箱庭の施設は利用できないということだ。

 私たちが住んでいた箱庭にも人間の街に近い場所はあるから、使い方自体はわかってるんだけどなー……。


「それは困ったね……殺人鬼に出くわしたらまずいんだけど」

「てか、食い物はどうすんだよ? これじゃパンすら買えね────」

「あら?」


 私たちがあーだこーだと話しているとき、道の先の路地から声が聞こえた。

 幼い少女が、白い家の壁からひょっこりと顔を出すようにして現れたのだ。

 ────肩までつく髪と、右目を覆う白い眼帯。かなり見覚えがある。


「アンナちゃん!? どうしてここに!?」

「知り合いなのか?」

「そもそも、私が『真夜中の殺人鬼』の話を聞いたのはこの子からだよ!」


 何度見ても、間違いないと思わざるを得ない。

 アンナちゃんの方が一歩だけ歩み出て、微笑みかけてきた。


「あなたがユキアちゃんね」

「そ、そうだよ……何言ってるの。さっき、私たち会ったよ」

「……そういえば、そうね。あらやだ、アタシったらうっかりしちゃったわ」


 舌を出しておかしく笑っている。

 なんだか言動がおかしい。顔を初めて合わせた人のセリフだ。

 何より、アンナちゃんはあんな風に笑わない。目の前にいるのは、本当に私の知る女の子なの?


「そうだわ。せっかくだし、面白いもの見ていかない?」

「……え。待ってよ!」


 アンナちゃんは再び、路地裏に消える。その後ろ姿を、後先考えず追いかけた。

 路地裏は星光がほとんど届かない。暗闇に足を踏み入れてすぐに、アンナちゃんの後ろ姿があった。

 その先には異様な光景が広がっている。一目見ただけで、異常だということがわかった。

 路地の先には、人間が一人と、人間だったはずのものが一つあった。赤黒い花が壁に咲いている中で、何度も凶器を叩きつける人影を見つけた。


「……ちっ。こいつ骨と皮ばっかだ。ちっとも美味そうじゃねぇよ」


 昼間に聞いた声と同じだと思いたくなかった。

 けれど、闇の中で動く影は────確かに、ぶっきらぼうなあいつのものだった。

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