7話 殺人鬼の噂

「……ユキアさんは、この街で起きている事件をご存知ですか」


 お茶を半分飲み切ったところで、アンナちゃんが切り出す。

 黙って首を横に振った。


「この街……アルフィアでは、『真夜中の殺人鬼』の噂が後を絶たないんです」

「真夜中の殺人鬼?」


 そういえば、さっき私に男の特徴を聞いてきた兵士も似たようなことを漏らしていた。例の殺人鬼がどうとか、今は昼間だからとか、うんたらかんたら……。


「その名の通り、夜になると現れる人殺しのことです。夜に街を出歩く人を無差別に襲い、無惨に解体してしまうらしいです」

「ひっ……」

「なので、今のアルフィアでは人が夜中に出歩くのはよくないことになってます。酒場といった夜のお店はことごとく閉店していき、活気を失ってきているんです……」


 ここに来た当初は平和だと思っていたけれど、まさかそんな恐ろしい存在がこの街に潜んでいただなんて。そんなことも知らず、私はのこのこと一人で好き勝手に歩いていた。

 そういえば、この街の人々の中には最近の世の中が物騒だと口にする者もいた。あれはこういうわけだったのね。


「……人を殺すって、どういう感覚なのでしょうか」


 ふと、アンナちゃんがそんなことを言いだした。

 そんなもの、私の方が聞きたい。仮面の男の考えていることなんてわからないし。

 ただ……一つだけ言えることがある。


「自分の欲望のために人を殺しているとしたら、そいつはまともじゃないよ」

「……そうなんでしょうか」

「少なくとも、私はそう思うよ。誰かを殺していい理由なんて、どこにもない」


 命を奪うという言葉の意味は重い。きっと、「真夜中の殺人鬼」はその重さを自覚していないのだろう。

 もし会えるものなら止めてやりたい。それで、一人でも多くの命を救えるのなら。


「……あ。もうこんな時間」


 アンナちゃんは壁時計に目を向けていた。外を見ると、街並みが橙色に染まろうとしている。

 時間が経つのは早いな────そう思っていたとき、ある部屋の扉が開く音がした。


「お前、まだ帰ってなかったのかよ」

「お兄ちゃん?」

「アンナ、早くそいつ追い出しとけよ。もう外に出ても何もねぇだろ」

「……っ、あんたねぇ! どこまで失礼なのよ!?」


 追い出すってあんまりじゃないのか。さすがに腹が立ってきた。

 しかし、向こうは言い返そうとする気配がない。代わりに私に背を向けて、一瞥した。


「……お前みたいな奴にはわかんねぇよ。俺たちがどんな世界で生きてきたのかなんて」


 凍り付きそうになるくらい冷たい言葉を吐き捨て、部屋の扉を強く閉めた。

 そこから彼が出てくる気配はなかった。


「……ごめんなさい」

「アンナちゃんは謝らなくていいよ」

「…………。ユキアさん、帰りは気をつけてくださいね……」


 帰りはアンナちゃんが見送ってくれた。玄関の扉を開け、夕暮れの街へ出る。

 家から離れるときにも、まだ周囲に人が残っていた。またひそひそ話をしていたが、今回は内容が聞こえた。


 ────さっきまでいた子、何だったのかしら……人の家の窓なんか覗き込んで……。

 ────あの家、兄妹の二人暮らしでしょう。親戚だったりするのかしら……。

 ────まさか。あの家の子たち、頼れる親戚なんていないでしょう。でも、あの服装はこの辺りでは珍しかったわね……。

 ────もうこの話はやめましょう。あの家は不吉なのよ。


 ……陰口の対象がわからない。

 でもやっぱり、人間の世にも失礼な奴が一定数いるのは確かだ。

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