6話 青髪赤目の兄妹

 別の広い道に出たところで立ち止まった。長時間走ってきたせいで脚が痛い。

 はぁ、一時はどうなるかと思った。もうちょっと休んだらメアたちを────


「はー……やらかしたぁ……」


 とある家の壁に寄りかかって俯く。石畳がただひたすら並んでいた。

 あの女の子にバレた原因は、十中八九仮面の男と対峙したときの言葉だ。あの時は無我夢中で、自分でも無意識に叫んでいた記憶がある。幸い、大人たちは信じていないみたいだけど。

 「神は人を助けるもの」────あの言葉は、「永世翔華神物語」の主人公であるカイザーのモットー、みたいなものだ。神でありながら人間を助け、栄華の象徴となる────そんな彼の姿に憧れている。

 小さい頃に読んだ物語に影響された形で、神と人間の共存する世界を夢見ている。たったそれだけなのに、そんなにおかしいものだろうか?

 昔も、似たようなことで何回も悩んだ。それが災いしてひどい目に遭ったこともたくさんある。


「私、やっぱり間違ってるのかなぁ」

「人の家の前でなーに黄昏れてんだよ」

「────え?」


 聞き慣れない少年の声がした。驚いて顔を上げ、真横を向いた。

 いつの間にか、私よりも少し背の高い少年が立っていた。薄めの短い青髪に、赤く鋭い瞳が際立っている。青のシャツを始めとした身なりは少しボロボロだ。


「……私?」

「お前以外に誰がいるんだよ。早くどっか行け。邪魔だ」

「はぁ!?」


 初対面の相手に対してひどい言い草じゃない!? やっぱり、人間の中にも失礼な人っているのね……!

 しかし、私の中から重苦しい悩み事は吹っ飛んでいたのもまた事実だった。


「……お兄ちゃん? どうしたの?」


 少年の背後にあるドアが開かれ、小さな女の子が姿を現した。

 髪色が青、目の色が赤といった部分は似通っていた。しかし少女の方は髪が肩につくほどの長さで、右目が白い眼帯に覆われている。


「アンナ! お前は中にいろって────」

「お兄ちゃんが家の前で立ち止まってるのが見えたから。……お友達?」

「ちげーよ。誰が女友達なんか作るか」

「ちょっと、あんたさっきから失礼ね!?」

「お前も大概だろうが」


 鬱陶しそうに私に視線を戻す少年。彼にアンナと呼ばれた少女の方は、なぜか微笑みを浮かべていた。

 こんな状況が楽しいのだろうか……?

 アンナちゃんは家の中に戻ろうとする。その際、私の方を振り返った。


「よかったら、中に入りますか? お茶なら出せますし……」

「ちょ、アンナ!」

「この人、疲れてるように見えたから。ちょっとだけ休ませてあげようよ」


 ふと、周囲から視線を感じた。複数のものだ。

 見ると、数人の民衆が私たちに目を向けていた。何かひそひそ話をしている者もいる。

 それを見て、少年は深くため息をついた。


「……はぁ。お前、休んだらすぐに帰れよ」


 少年も家の中へ入っていく。

 この空気で断るわけにもいかなさそうだ。大人しくお邪魔することにした。



 彼らが住んでいるらしい家の中は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。

 壁にはあちこち修復の跡が残っていた。木の板が取り付けられたままの場所もある。おしゃれな装飾品といったものもない。

 一度床が抜けたらしい場所もあり、そこには近づくなと少年に釘を刺された。

 私が招かれたのは、家の中で最も掃除が行き届いているであろうリビングであった。四角いテーブルと二つの椅子、そしていくつかの棚しかない。

 私はそのうちの椅子の一つに座らせてもらった。


「どうぞ」


 トレーに乗せられたティーカップのうち一つを差し出された。ありがとう、とお礼をする。

 アンナちゃんは私の向かい側の椅子に座り、少年は近くの壁に寄りかかって腕を組んでいる。


「そういえば、自己紹介してませんでした。わたしはアンナリア・ジルヴェスター。アンナで構いません」

「よろしくね、アンナちゃん。私はユキア・アルシェリア」

「ユキアさんですね。よろしくお願いします」


 ぺこりと軽く礼をされた。

 私よりも背が低く、幼いように見える。しかし表情の変化が少なく、とても大人しい子だ。

 そこに寄りかかってるぶっきらぼうとは大違い。


「……何だよ?」

「別に。それより、あんたの名前は?」

「……ティルだ」


 目を合わせようとしてこない。とことん失礼な奴である。

 下手したら、まだシオンの方がマシかも……。


「アンナちゃんはあいつの妹?」

「ええ。十歳差です。わたしが今、八歳なので……」


 ゲッ、年下かい。

 私は今年で生まれて二十年くらいなんだけど……あ、でも神と人間じゃ寿命の概念が違うのか。

 ちなみに、メアたち三人も私と同い年。神の中ではとびっきりの若造だ。


「……お前、街の大通りで何か叫んでた奴だろ。血まみれの親子と一緒にいた……」

「ええぇ!? 待って!? あれ見てたの!?」

「偶然通りかかったときにな。てか、見てなかったらさっきお前に話しかけてねぇよ」


 余計な情報を付け加えないでほしい。どうせならあのまま放っておいてほしかった。

 うわー、なんか恥ずかしくなってきた。本心で叫んだことだから余計に。

 穴があったら入りたいけど、隠れられる場所もない。


「神がどうとか言ってたけど……本当なのか?」

「…………」


 これ以上、人間に正体がバレるわけにはいかない。だんまりを決め込むことにした。

 しかし、沈黙は長くは続かなかった。


「まあ、神なんかいるわけねぇよな。もし存在してたら、こんな目に遭ってねぇし」

「……え?」


 少年──ティルは、壁から身を離して別の部屋へと引っ込んでいった。急に不機嫌になったみたいで、少し気分が悪い。

 神の存在を信じていないことよりも、その後の言葉が気になった。少しだけ冷めたお茶を口にしながら考える。

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