5話 間一髪

「────すたーどろっぷきーっく!!」


 駆け出そうとしたところで声が聞こえ、立ち止まってしまう。

 なんと、空から男の脳天に蹴りをかます人影が現れたのだ────


「っと、あぶね!?」


 男がさらに後退したことで、人影は私と彼の間に降り立った。

 その隙に、子供が私の方を振り返る。微笑みを浮かべた幼い顔がそこにはあった。


「キミ、大丈夫?」


 空からドロップキックを喰らわせようとしたのは、私よりもかなり背が低い子供だった。薄橙色の短い髪を持っており、少年のような見た目をしている。

 何より、大きく丸い青の瞳が印象的だった。昼間なのに、星空を想起させるような美しさを持っている。

 驚きのあまり何も返せなかった。謎の子供の登場により、仮面の男の顔つきが渋いものになる。


「……ちっ。今日はつくづく運が悪い……」


 舌打ちとともに鎌を構え直す。子供から微笑みが消え、男を向く。

 わけがわからない私に向かって、黒い鎌を振り上げ駆け出してきた。


「ぶっ殺してやる!! 『イロウシェ────」

「させないっ!」

「っ、邪魔だぁ!?」


 鎌の刃に黒々とした光が宿ろうとしたとき、子供の回し蹴りが鎌に当たる。

 詠唱が中断されたことで、鎌から闇の気配は消えた。


「クソが……覚えてろよ!」


 男は私たちに背を向け、そのまま民家の屋根にジャンプする。そこからいくつもの屋根を飛び移っていった。


「あぁっ、待てー!!」

「ちょ!? 危ないわよ!?」


 子供も同じような方法で男を追っていった。

 ……何だったんだろう。空中からドロップキックかましてきたのもそうだけど、並大抵の身体能力じゃないと思うのだが……。


「あの、お姉ちゃん!」

「っ、そうだった……!」


 小さな女の子を見て思い出す。そういえば、この子の母親はどうなったのだろう?

 見ると、小さくうめき声を上げながら、ゆっくりと身体を起こそうとしていた。


「うぅ……あれ、私……」

「ママ!!」

「っ! 無事だったのね!? よかった……」


 女の子が私から離れ、血まみれの母親へ抱き着いた。

 よかった、彼女の傷はきちんと治せていたみたい。思わず私も安堵した。


「あのね、このお姉ちゃんが魔法でママを助けてくれたんだよ!」

「あらあら、魔法なんて。でも……見ず知らずの私たちを救っていただいて、ありがとうございます」


 母親に深く頭を下げられてしまう。ここまで感謝されることは少なかったので、照れくさい。


「何かお礼ができればいいのですが……」

「あ、全然大丈夫です。お二人が無事なら、私はそれで十分ですから」


 相手は申しわけなさそうな顔をしていたが、女の子の方はずっと笑っていた。

 やがて、城の方向から兵士が何人かやってきた。騒ぎを聞いて駆けつけたのかもしれない。

 親子は兵士と何かを話しながら、城へ向かっていく。その中で、一人の兵士が私に近づいてきた。最初に城に行ったときにあった人とは別人だ。


「君が親子を守ったそうだな。感謝する」

「ああ、いえいえ」

「ところで、少し聞きたい。犯人の特徴を教えてはいただけないだろうか?」


 言われた通り、あの男の特徴を伝えておいた。黒い髪に黒いフード。仮面を被っていて、黒い鎌を持っている。

 特徴を大体伝えたところで、兵士は怪訝そうに眉をひそめた。


「うむ……やはり、例の殺人鬼とは違うようだな。そもそも今は昼間だし……」

「……殺人鬼?」

「おっと、すまない。こちらの話だ。ご協力感謝する。あとで城に来るといい、何か報酬を渡そう」

「い、いえ、気にしないでください!」

「む? そうか……では失礼」


 兵士は踵を返して歩き出してしまった。

 遠くまで歩いて、ほとんど小さくなってしまった女の子がこちらを振り返っていた。私と目が合うと、大きく手を振ってきた。


「神様のお姉ちゃーん、ありがとー!」


 気をつけてね、と意を込めて手を振り返したが、違和感が頭を突き刺し、動きが凍りつく。

 その頃には、歩き出したはずの兵士が立ち止まっていた。

 

「神様……?」

「こ、子供の戯言じゃないですか!? あはは……」

「まあ、そうだろうな。とにかく、今回はありがとう」


 兵士も城の方へ戻っていった。

 この場に留まっていると色々とめんどくさそうだ。民家が立ち並ぶ狭い道の方へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る