クエストクリア!ゴブリンなんて余裕だぜ!

 夜になった。


 僕とカシクは村長が印を付けてくれた場所に移動して、物陰からゴブリンが来るのを待ち伏せることにした。ゴブリンは畑の作物が目当てのようで、毎年、甚大な被害が出ているらしい。今年は特にそれが酷く、村人だけでは対処しきれないので、冒険者へ依頼した……という流れだ。


「中々現れないね」

「そうだな。ゴブリン共の活動時間はそろそろなんだが……。他の場所に移動してみるか?」

「う~ん。もう少しだけ待ってみようよ」

 僕は小声でカシクに言った。季節は秋。昼間は暖かいが、やはり真夜中にもなると少し肌寒い。その後、十数分ほど待ってみたが何も起きなかった。動かずに待っているので、体が冷えてくる。


「現れないね。移動しよう」

 カシクに提案した、その刹那、遠くに赤く光る宝石のようなものが見えた。ゆっくりと近づいてくる。光っているのは、ゴブリンのだった。数を数えると、3匹。これなら余裕で対処できる。


「お!来たか……」

「だね。不意打ちしよう」

「分かった。俺は向こう側から一気に攻める。それにタイミングを合わせて、お前も攻めてくれ。挟み撃ちだ」

「うん」

 カシクは忍び足で、僕の居る場所から少し離れた場所へと移動した。


 月明りに照らされて現れたのは、ゴブリンの中でも知能が低く、戦闘能力も弱い種族……劣等種ノービスだった。武器も持っていない。先程確認した通り、3匹。ゴブリンたちは、さくを超えて、畑にある作物へと一直線に歩き始めた。


 カシクが一気に物陰から飛び出して、ゴブリンたちの背後を取る。手にめていた鉄の爪が、一瞬で紅く染まった。一番後ろを歩いていたゴブリンの頭を突き刺したのだ。カシクにやられて、1匹のゴブリンが息絶える。バタリ……と倒れたのを確認して、カシクは残りの2匹に向かって行った。


 それに気付いた残りの2匹のゴブリンが慌ててカシクの方へ身体の向きを変える。こちらから見ると、完全に隙だらけ。僕も物陰から飛び出して、背中に背負った大剣をゴブリンの頭に目掛けて、力いっぱい振り下ろした。パン!という破裂音が鳴って、1匹のゴブリンの頭がはじけ飛んだ。


 残り1匹。


 二人で挟み撃ちにしたゴブリンが、慌てて逃げ出そうと明後日の方へと走る。勿論、見逃す筈はない。二人して追いかけて、トドメを刺した。カシクがゴブリンが絶命したのを見てから、僕に微笑みかけた。


「な!ゴブリン退治なんて余裕なんだよ。別の場所の警備にも出よう」

「う、うん」

 緊張はしたけど、確かに楽勝だった。ゴブリンたちから一撃も食らわなかったし、カシクの言う通り、余裕もあった。


「フェイさんも、俺らならゴブリン退治はクリア可能って言ってたろ?どんどん退治していこう!」

 カシクは初めての戦闘に少し興奮しているようだ。かく言う僕もカシクと同じく興奮状態で、別の場所へと移動する。


「よし!さっきみたいに挟み撃ちでいこう」

「うん!じゃあ、また少し待とうか」

 かくして僕達は、その日、何匹ものゴブリンを退治した。




 朝日が昇った。


 僕とカシクは全部で十数匹のゴブリンを討伐することが出来て、大満足でクエストを終えた。返り血でドロドロになったまま、村長の家へ向かう。


 村長の家のドアをノックすると、直ぐに村長が顔を覗かせた。僕達を見るなり、クエストが成功したことを確信して、笑顔で頭を下げる。


「セイルさん、カシクさん、この度はありがとうございます」

「いえ……まだ何匹か居るとは思いますが、これで畑への被害はかなり減ると思います」

 村長は、もう一度頭を下げて、僕達にお礼を言った。


「で……ゴブリンの巣は?」

「あ、巣の駆除はしてなくて……」

 僕がそう言うと、カシクがフンと鼻を鳴らして間に入ってきた。


「村長さん。もう少し時間をくれないか?そうしたら、明日にでも巣の駆除をするよ」

「本当ですか!流石です。ありがとうございます」

「いいって事よ。俺らにかかれば、ゴブリンなんて雑魚中の雑魚だ」

 腕組みをして高笑いするカシクを横目で見ながら、僕は、はあ……と溜息をいた。この自信家なところがなけりゃなー。


 村長にクエストの報酬を手渡された後、宿泊施設に戻って、風呂に浸かることにした。体中がゴブリンの返り血でベタベタだ。シャワーで洗い流し、石鹸で念入りに体を洗う。体を丁寧に拭いて、風呂から上がると、既にカシクは風呂を出ていて、部屋で武器の手入れをしているところだった。


「ねえ、カシク」

「なんだ?」

「ゴブリンの巣のことだけどさ」

「……止めたいのか?」

 急に目つきが鋭くなったカシクを見て、僕は真面目な顔をして言った。


「カシク。フェイさんもゴブリンの巣の駆除は止めとけって言ってたろ?もうクエスト自体はクリアしたんだ。無理をする必要なんてないよ」

「……セイル。何度も言うけど、俺達はもう冒険者なんだぜ?お前はどうか知らないが、俺はいつかドラゴンや魔王を倒すつもりだ」

 カシクはあごに手をやって、言葉を続ける。


「ゴブリンくらいでグダグダ言ってちゃ、そんな目標なんて達成出来やしないんだよ」

「自信を持つのは悪いことじゃないし、カシクが人知れず努力してることも、僕は知ってるよ。でも……」

「でも、とか言うな。とにかく、今夜、巣に向かうぞ」

「……分かったよ」

 こうなるとカシクは梃子てこでも動かない。昔から頑固なところは直らないな、と思いながら、僕は今日、何度目になるか分からない溜息を吐いた。






「少し休んで昼になったら、ゴブリンの巣へ行くぞ」

 カシクは吐き捨てるように言って、ベッドに入った。ゴブリンの活動時間は夜から朝方にかけてなので、昼間に襲撃するのが良いからだ。不機嫌になっているカシクに、はいはいと返事をして僕もベッドで横になる。ゴブリン討伐で疲れていたのでだろう……目をつむって数秒で泥の様に眠りに就いた。


 昼前に目覚めると、カシクはもう部屋に居なかった。何処に行ったんだろうか?寝ぼけまなこのまま部屋を出て、階下の食堂に行くとカシクは昼食を取っていた。


「おはよう、カシク」

「おう。ここの昼飯、美味いぞ」

「そうなんだ」

 食事を取って、機嫌が直ったのだろう……カシクは笑顔で僕に言った。僕も昼食を注文して、カシクの前に座る。


「飯食ったら行くか」

「そうだね。体力も十分回復したし、準備万端だよ」

 昼食を取りながら、作戦を立てる。ゴブリンの巣の場所は、村長が地図に印をつけてくれているので把握しているが、巣の中の構造は分からない。昔、坑道だったとは聞いているが、何階層になっているのか、どんなゴブリンが居るのだろうか……。僕が不安になっているのを感じたのか、カシクは大丈夫だ、と僕に話し掛けてきた。


「ゴブリンなんて、非力で頭の悪いただの小鬼だ。昨日の戦闘で分かったろ?ビビる事ない」

「うん……まあ、そうだけど」

「だろ?」

 カシクは机の上にあったコップの水を飲み干して立ち上がった。肩を回して、そのまま伸びをする。


「まあ、食後の運動程度にはなるだろ。準備して向かうぞ」

「分かった」

 部屋に戻って、武器や荷物を持って宿泊施設の外へ出た。偶々たまたま、村長と鉢合わせして、挨拶すると村長は深々と僕たちに頭を下げてきた。


「セイルさん、カシクさん、よろしくお願いします」

「ああ……まあ、夕方までには戻って来る。期待してて待っててくれ」

 カシクは自信満々に村長に言い放って、スタスタと歩き始めた。僕は村長に、行ってきます!とお辞儀をしてから、カシクの後について行く。


 村を出て、1時間ほどでゴブリンの巣に着いた。


 古い坑道とは聞いていたが、その名残はある。坑道が崩落する落盤事故を防ぐための朽木がしてあったし、線路やトロッコもあった。坑道の入り口には、うたたねしているゴブリンが2匹居る……見張りだろう。


「あの2匹を目覚めさせずに殺す必要があるな……」

「そうだね。物音を立てないようにして、一気にやろう」

「そうするか。俺は右のやつをやる」

「わかった」

 僕はソロリソロリと左側にいたゴブリンに近寄って、武器が届く範囲になった瞬間、カシクとタイミングを合わせて大剣を突き刺した。


「グッ……」

 と、小さい断末魔を上げて、ゴブリンが絶命する。カシクも成功したようだ。


「よし、じゃあ行くぞ……」

「うん」

 先程と同じ様に出来るだけ物音を立てないようにして、坑道の中に入った。


 中は、横にほぼ水平に入る道。ランタンがしてあって、明るく、視界は良好だったが、足元は地下から湧き出る水でグチャグチャだ。湿度も高くて、不快感がある。こういった環境をゴブリンが好むのは理解していたが、実際に経験すると種族の差って大きいんだな、と理解させられた。


 坑道には何匹もゴブリンが居たが、その殆どが眠っていて僕たちは読んで字の如く、ゴブリンたちの「寝首をいた」。たまに起きていて、僕たちに襲い掛かって来るゴブリンも居たが、難なく退治することが出来て、僕は安堵した。この調子なら、カシクの言った通り巣の駆除も楽勝かも知れない。


 そう思っていた矢先のことだった。


 狭い坑道を抜けて、少し広めの部屋に出た瞬間、何かが飛んでくる音がした。僕は慌ててソレをかわす。ドン!と壁にぶつかった音の正体は、大きな木のこん棒だった。


「なんだよ……あれ」

 僕の視線の先には巨大なゴブリンが、ゆっくりと立ち上がる姿があった。劣等種ノービスが身長1メートルにも満たないのに対して、そのゴブリンは2メートルを優に超えている。


「セイル。あれがここの主みたいだな」

 カシクは戦闘態勢に入っている。僕の本能は危険だ、と叫んでいた。しかし、どうせ逃げ切れやしないだろう。覚悟を決める事にした。


 カシクが真っすぐ、巨大なゴブリンに向かって行く。僕は右側から回り込んで、大剣で巨大なゴブリンの腹を狙った。


 刹那、巨大なゴブリンが咆哮ほうこうを上げた!あまりの声量に頭がクラクラして、思わず僕たちの動きが止まってしまう。それを見逃すはずもなく、巨大なゴブリンはカシクに拳を振りかざした。


「カシク!かわせ!」

 しかし、僕の声が届く前に、巨大なゴブリンの拳が、カシクの右肩にヒットした。数メートル吹き飛ばされたカシクは立ち上がることが出来ずにいる。


「うおおおおおおおお!」

 僕は思いっきり大剣を振り上げて、巨大なゴブリンの頭を狙った。クルっと振り返った巨大なゴブリンは、僕の大剣を軽く受け止めて、そのままカシクの方へとぶん投げた。大剣ごと、僕の体はカシクに重なる。


「セイル……すまん……すまん……」

 カシクが息絶え絶えに僕にささやいた。このままでは、待っているのは死だ。しかし、逃げようにも逃げられない。ましてや、この巨大なゴブリンを倒すことなんて不可能だろう。


 フェイさんのアドバイスを守るべきだった。


 そう思った時、僕は荷物の中にフェイさんから買ったマジックアイテムの存在を思い出した。『帰還の羽根』……一番最後に訪れた村まで瞬時に帰還することの出来るマジックアイテム。


 僕は痛む身体を無理矢理動かして、荷物の中から『帰還の羽根』を取り出した。早くしないと!巨大なゴブリンはそうこうしてる間にも、こちらに向かってくる。


 やっと荷物から『帰還の羽根』を取り出す事が出来た。それを力の限り、頭上へぶん投げた。







 気付くと、僕たちはルソン村の宿泊施設に居た。



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